Episode.030 俺の国って決裁が積んでるよなっ?

 和睦わぼく会議は、皇帝カルロスの進行のもと、穏やかな空気の中で進められた。


(これもカリスマ性が、なせるわざか?)


 戦争は俺の提案に従い、捕虜の返還をってただちに和睦わぼくが成立した。

 そして正式な相互不可侵そうごふかしん条約文書の調印ちょういんへと、スムーズな流れで進んでいった。

 覇権帝国は戦争の首謀者しゅぼうしゃを辺境伯の一存いちぞんと切り分けた説明であったが、戦後賠償ばいしょうについては別途べっと、事務レベルの協議にゆだねることとなった。


「あとは反逆者ワルダーの処遇であるな。貴国に於いて好きに処刑するもし、貴殿にゆだねよう」

 皇帝カルロスは侮蔑ぶべつの表情を隠すことなく、冷めた視線をワルダー辺境伯に向けていた。


「お、お待ちください、皇帝陛下。私は筆頭秘書官のエヴィルダークに、ただただだまされてったのです……」

 ワルダーはこのに及んで、何か口走くちばしって必死に弁明や命乞いのちごいをしている。

 

「お前が始めた戦争で、どれだけの戦死者が出たか分かってるのか! それもロレーヌ王国は小さな国だ。兵士一人一人がみんな顔馴染かおなじみなんだ! せっかく助けた獣人たちにも、多くの犠牲が生まれてしまった。その中にはまだ幼い少女だって含まれているんだぞ!」

 俺は腹の底からのいかりをぶつけていた。


「そして、一度犠牲になってしまった人達のとおとい命は、二度と取り返すことなんて出来ないんだ……」

 最後は力なく、ただ本音が言葉としてこぼれ落ちていた。


「その上で皇帝カルロス殿に、この者の処罰を一任したいと思う。覇権帝国の法に照らして、処断してくれ」

 俺は皇帝の顔を、ぐ見詰めていた。

 お互いの視線がからみ合う中で、二人のあいだには言葉にはあらわせない何かが、確信に昇華しょうかしていくのを感じた。


 皇帝カルロスの指示の下で、簀巻すまきにされたワルダーは、背後に控えていた伝令兵でんれいへいに担ぎ上げられて会議室を後にした。

 案内役として、パテックもまた随行ずいこうするように会議室を後にした。

 残されたのは俺とカレンとシャラクと、皇帝カルロスと貴公子ラインハルトの五名だけとなった。


「話は変わるが、キャサリン……いや、カレンよ。父の仇討あだうちは、もう済んだのか?  いまだマーセラ公爵の地位と公爵領はそのままにして、貴殿の凱旋がいせんを心待ちにしておるのだぞ」

 皇帝カルロスは、カレンの顔とシャラクの顔をジッと見詰みつめながら、重々しく語りかけた。


「はい、カルロス叔父おじ様。どうやらアタシにとって、敵討かたきうちは幻想のようなものだったみたいですわ。今は新たなあるじけんとして、生涯を生き抜く所存しょぞんです」

 カレンは短い言葉で、首肯しゅこうした。


「カレンよ。ならば今後ラウール殿のことを、殿下でんかと呼ぶのはめなさい。これはあくまでも、帝国内の教育の弊害へいがいであるな。新たにあるじさだめたのならば、『陛下へいか』と呼ぶ対象はちんにはあらず、今後はラウール殿に対して使うが良い」

 そして改めて俺の瞳を見詰めて、言葉を続けた。


「ラウール殿、このキャサリンと婚約し……いや忘れてくれ。改めてカレンのことを、よろしく頼む」

 皇帝カルロスは、頭を下げていた。

 その姿はまぎれもなく、肉親のソレであった。

 俺はその言葉に対して、力強くうなずく事しか出来なかった。



◆    ◇    ◆    ◇    ◆



 皇帝カルロスはイースター砦から外に出ると、周りの風景を目に焼き付けるようにして言った。

「ラウール殿よ。自然も豊かで国民も活き活きとして暮らしておることが、手に取るように分かる。誠にき国であるな」


き国の王に、俺はなる!」

 俺は力強く、皇帝カルロスにちかってみせた。


「そうじゃ。もしも獣人の扱いに於いて、『深き森』におもむくことが在らば、遠慮なく使者を送るが良い。必ずや便宜べんぎはかるでのぅ」


「ご厚意、有難くいただきます」

 俺は短く答えた。

 そうだ俺には、まだまだ遣ることがたくさん残されているのだ。


 皇帝カルロスは、深々とうなずいて見せた。

「それでは、ロレーヌ王国の若き王よ! いずれまた会おうぞ。アディオース・アミーゴ!」


 別れの言葉を残して、皇帝は馬首ばしゅめぐらし、帝国軍へと駆け抜けていく。

 後を貴公子ラインハルトひきいる、捕虜一万が続いて進む。

 やがて覇権帝国皇帝カルロスひきいる全軍は、捕虜にしていた兵一万を加えて一路いちろ、帰国のについた。


 俺はその光景を、静かに見送っていた。

 振り返ると、カレンがそこにいた。


「キャサリン公爵殿、これで良かったのか?」

 揶揄からかうように言ったが、本心からの言葉であった。


 カレンはその言葉の意味を、理解しているかのように答えた。

「アタシは、いつまでもラウール陛下へいかの騎士兼専属侍女のですわ」


 いつしか覇権帝国軍の姿は、地平線のてに消えていった。



◆    ◇    ◆    ◇    ◆



 その後のことを、少しだけ語ろうと思う。


 王都に凱旋がいせんした俺を待ち受けていたのは、あいすべき王国民の姿であった。

 人々は俺達の帰還きかんに対して、惜しみない賛辞さんじと歓声がき上がり、それらの手からはおびただしい花びらや紙吹雪かみふぶき空高そらたかく舞い広がっていた。


(まるで凱旋がいせんパレードだな)


 すると、隣のシャラクが声を掛けてきた。

「ラウール様、これが凱旋がいせんパレードで無いのじゃとしたら、なんと申せば良いですのかのぅ?」


「また読心どくしん魔法を使ったな。この老いぼれジジィが!」

 俺は久しぶりに、シャラクをたしなめた。

 それでも沿道えんどうの人だかりは、延々と途切とぎれることは無かった。


「それでも王都民には、本当に戦争終結のお知らせしか発布はっぷしてないんだけどなぁ」

 俺は照れ隠しに、そんな風にひとちていた。

 王都民の顔を一人一人見詰みつめるが、みな幸せに満ちた笑顔であった。

 そんなみんなの姿につつまれていると、弱小王国の王様も決して悪くないと思えてくる。


カラーン、カラーン、カラーン……


 中央広場沿いに建設された教会からも、戦勝を祝う鐘の音が幾重いくえにも広がる。

 俺達は中央広場を抜けると、なつかしの王城へと戻るのであった。



◆    ◇    ◆    ◇    ◆



チュン、チュンチュン、チュン、チュチュチュチュチュ……


 朝焼あさやけの陽射ひざしが穏やかに窓辺を揺らがせて、純白のレース越しにまぶたの上を優しくでるように柔らかく照らしている。

 どこからともなく耳慣れた小鳥のさえずり?が耳元に木霊こだまする。


「もう朝か……」

 薄く目蓋まぶたを開きながら、漆黒の瞳がなぜか枕元にそそがれる。


「お目覚めに成られましたかな? ラウール様」

 そこには、シャラクが控えていた。


「今日はいったい、どんな魔法を睡眠学習させたんだい?」

 俺は重たいまぶたこすりながら、シャラクに問うた。


「実は儂が若い頃にお世話になった、素晴らしい魔法がございましてのぅ。相手の服だけが透け透けになる魔法ですのじゃ」


「道理で珍しく、肌色成分の多い夢だと思ったよ」

 俺はあきれたように、シャラクに伝えた。


「本来はこの魔法は、相手が武器を隠し持っていないか? 調べるためにもちいますのじゃ。若い内は使いたくなるでしょうが、決してパーティー会場で女性に向けて使ってはいけませんのじゃ」


「何でだ?」


「女性には夢と幻想が、あのコルセットの中にギュウギュウめにされておりますのじゃ。美しい外面ときよらかな内面を見定めることも、王家の者としてたしなむべき審美眼しんびがんとなるのやも知れませんのぅ」

 シャラクは、遠い目をしながらつぶやいていた。


(結局、欲望のままに魔法を使ったってことじゃないか?)


 するとカレンが、ティーセットを両手にやって来た。

 俺は素早く、枕を投げつけてみた。

 それをカレンは『伸身しんしん新月面しんげつめん宙返ちゅうがえり』で避けて見せて、10点満点の着地を決めると、その両手には波紋はもん一つ立たないテーカップが載ったティーセットを持っていた。


伸身しんしん新月面しんげつめん宙返ちゅうがえり? はて、何のことやら)


粗茶そちゃですが」

 カレンは何事も無かったように、サイドテーブルに置いて言った。

 俺は朝のモーニングティーを、一口飲み込む。

 口腔内こうくうないは、バラの香りに満たされていく。

 きっと、今朝はフローラルティーか?

 紅茶に、ローズオイルを垂らしたのか?


「うん。良い味だ」

 俺は満足げに、カレンに向かって伝えた。

 シャラクから薄手のガウンを受け取ると、早速執務室に向かう。

 執務席には書類が、山のようにうずたかく積まれている。

 それにはちょっとした理由わけがあるのだ。


 やがて、静かに扉をノックする音が聞こえた。

 俺は目線でカレンを扉口に向かわせると、外に聞こえるように応えた。


「おはよう、クリスティーナ。入ってくれ」

 その言葉に合わせて、カレンが扉を開いた。


「おはようございます。旦那様」

 クリスティーナが、静かに入室してきた。

 そして、いつもの祝福の聖印せいいんを切ってくれた。


(俺ってヤッパリ、この『祝福の聖印せいいん』に救われてきているんだろうなぁ)


「旦那様の20歳の誕生祝賀のも、あと一ヶ月ですのね」

 そう! 眼の前に広がる書類の山の半分は、祝賀儀式関連のものだ。

 こう何と言うか、誕生日はサプライズでおこなって欲しいものだが、祝賀のの段取りやら、来賓者らいひんしゃやら、警備体制やら、全て自分で決裁けっさいするのだからマッチポンプ感がぬぐえずに、どこか悲しくなる。


「わたくしも祝典の日を指折ゆびおり数えて、楽しみにしておりますのよ」

 クリスティーナは軽く口元に手を当てて、クスクスと笑って言った。

 

「そろそろ朝のミサの時間だね。行ってらっしゃい」

 俺の心の中では、複雑な思いであふれかえっていた。


「それでは今日も、聖女の務めを果たして参りますわ」

 クリスティーナは聖女らしく優しく微笑みながら、王妃らしく優雅にカーテシーを取り一礼して外出して行った。


 昼を迎える頃になると、元気いっぱいな調子で扉をノックする音がする。

 俺は執務の筆を止めると、扉口に控えるカレンに合図を送った。

 シャラクは隣の執務席で、行政執行の補佐にてっしている。


 カレンが扉を開くと、いつもの様に妹のサーシャが入室してきた。

 俺の座る執務机に近づくと、うずたかく積まれたお見合い写真のたばを見てウンザリしながら言った。


「お兄様、あたしはお見合い写真なんて見るのも嫌ですわ!」

 そう言うと真っ赤な舌を出して、ベェッ! っとつぶやいていた。

 もはやミツコーシとか、パロッズとかの老舗しにせ商会にも、全く関心が無さそうであった。



(俺の国って決裁が積んでるよなっ?)


 ―― 第二章 【覇権帝国の侵攻】 完 ――

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【2300PV感謝!】 俺の国って絶対に詰んでるでしょ? ☆弱小王国を建て直す若き王の奮闘譚☆ そうじ職人 @souji-syokunin

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