最終話 ♥︎+200から交わすlove
「助けて、響希さん!」
「っ!」
大きな声で叫んだ時。笹岡の手が、ピタリと止まった。怖い顔をしているから、もしかしたら殴られるかも――と目を瞑ったけど、私の顔に触れたのは、笹岡の震える手。まるで赤ちゃんでも触るように。壊れないように、壊さないように。ゆっくり優しく触れていた。
「さ、さおか……?」
「なぁ、丸西。やっぱり婚約破棄されちゃえよ」
「え――」
そんなことをされたら、私もう生きていけないよ。先輩ナシじゃ、どうやって毎日を楽しく過ごしていたか思い出せないもん。私にとって先輩は、なくてはならない、大切な人なの。
「婚約破棄だけは……嫌、だなぁ」
「丸西……」
ポロリと涙を流したのを見て、笹岡は困った顔をした。かと思えば「どっちか選べ」と、二択を迫る。
「今から俺に好き勝手されるのと、城ケ崎と婚約破棄されるの。どっちが嫌か答えろ。もしも前者っていうなら、俺は考えてやっても、」
「簡単だよ。私は、婚約破棄の方が嫌」
「……は?」
即答した私に、困惑する笹岡。ゴクンと生唾を飲み込んだのか、とがった喉仏が上下した。
「婚約破棄される方が嫌に決まってる。婚約破棄されないなら、私はどうなっても構わない」
「お、前……これから、無理やりだぞ⁉」
「嫌だけど! でも……、決めたの。響希さんと心から婚約者になるって。まだ叶えられてない。まだ頑張りきってない。だから絶対、最後まで諦めない!」
「っ! ……そうかよ、残念だ」
言うやいなや、笹岡は私の首元に顔を近づけた。そしてちゅっ、と。何か所にもキスをしていく。
「……〜っ」
嫌だ、響希さん――!
静かに愛しい人の名を呼んだ、その時だった。
ガンッ
「最後まで諦めない――か。
よく言ったね、凪緒」
「ひ、びき、さん……?」
なんと、響希さんが図書室のドアを蹴り壊して中に入って来た。そして、
「いつまで凪緒に乗ってる、早くどけろ。この子は――俺の大事な婚約者だ」
バキッ
「うっ!」
けたたましい音がしたかと思えば、響希さんに殴られた笹岡は、本棚にぶつかりながら吹き飛んだ。最後にぶつかった本棚から何冊も本が落ち、笹岡の頭を直撃する。「あ」という短い声と共に、笹岡は意識を失った。そして響希さんが私の体を起こす。そのタイミングで、安井さんが図書室に入ってきた。かなり走ってきたのか、入校許可証のカードが背中に回っている。
「響希様、凪緒様! よくぞご無事で……!」
「安井、笹岡を連れて行って」
「会社に? それとも警察に、でしょうか?」
「……」
先輩は、少しだけ私を見た後。「会社へ」と指示をした。
「時山家の裏取引の片棒を担いでる可能性もある。警察にとられると情報が降りてこないから、会社で吐けるだけ吐いてもらう。その後は煮るなり焼くなりだ」
「分かりました、急いで別の車を手配します。笹岡は一旦、私の車に乗せておきますね」
言うやいなや、安井さんは笹岡を担いで図書室から去った。残るは、私と響希さんのみ。
「凪緒」
「え……あ、えっと……」
何を言えばいいんだろう。なにから説明すればいいんだろう。っていうか、どうして響希さんがここに?朝は、お父さんと一緒にいたはずだよね?
あ、っていうか。婚約破棄の話はどうなりました?お父さんと響希さんは、その話をしていたんですよね?
「わ、私……」
震える手を、震える手で抱きしめる。胸の前で合わせた両手の上に、涙がポタポタ落ちた。
「時山先輩に協力者がいるって知って……。それは名字の違う血縁関係者じゃないかって、そう思って……。それで図書館で調べてたら、笹岡と時山先輩が来て……。二人は従妹だって知って……」
「……そう」
「わ、私……ちゃんと、見抜けてました、よね? 血縁関係じゃないかって、予想もできました。だから。私……、少しでも、響希さんに近づけましたよね? ちょっとは、つり合えましたよね……っ?」
だから、だからね――
「婚約破棄だけは、しないでくださぃ……っ」
「ッ!」
その瞬間。ぎゅっ、と。温かな体温に包まれる。そして「バカだなぁ」なんて。呆れた声が、耳元で聞こえた。
「ば、バカなんて……ひどい」
「バカだよ。余計なことして、ピンチになってさ」
「余計なことじゃありません! だって響希さんの役に立てないと、私……婚約破棄させられる。そしたら、もう一緒にいられませんっ」
ボロボロと涙を流す私を見て「どこで勘違いしたんだか」と、響希さんは呆れた。
「じゃあ実家で猛勉強してたのは」
「響希さんに追いつくためです。少しでも役に立てるなら……って」
「やっぱ……凪緒はバカだよ。大バカもの」
「ッ!」
ひ、ひどい。
ひどいひどい、ひどい!
私がどれだけ悩んで努力したか、知りもしないで!
「響希さんは、何も知らないから……っ。どれだけ私が、」
「だけど、凪緒も何も知らない。分かってないよ」
「え……、何を、ですか?」
すると響希さんは、私と体を離す。
そして間髪いれずに、
「んんッ」
私にキスをした。
「凪緒は分かってない。俺がキスする度に、凪緒の表情が柔らかくなってることも」
「あ、ぅ……っ」
「俺が〝凪緒〟って呼ぶ度に、嬉しくてピクッと反応してることも。そして――そんな凪緒を見て、どれだけ俺が凪緒を愛しく思ってるかも」
「……え?」
響希さん、今……なんて言った?
愛しいって、私に……?
「凪緒は、何も分かってない」
「響希さん、待って……待って、ください……っ」
必死にキスを止める。その間も、私はボロボロ泣いていて……。目の前が見えにくい。だというのに、響希さんの存在をしっかり感じることが出来るのは……。寄せあった体から感じるから。同じ速さで鳴る、二つの鼓動を――
「役に立つとか、俺と釣り合うとか……、違うんだよ。そんな事しなくても、俺はもう、とっくに、凪緒を離す気なんて、ないんだよ」
「……えっ?」
思わず、自分がはめている婚約指輪を握り締めた。そう言えば、いつの日からか響希さんは、指輪を外さなくなった。以前は家にいる時は外していたのに、だけど玄関になくて。探してみれば、いつも決まった場所にソレははめられていた。
左手の薬指――
そこにチュッとキスした響希さんは「凪緒」と。私の涙をぬぐった後、視線を交わした。
「俺は凪緒が好き。お互いが高校を卒業したら、約束通り結婚しよう。ってか、するから」
「い、いつもの〝形だけ〟じゃなくて……?」
「信じられないなら、何度でも言う。凪緒、俺と結婚して。ずっと一緒にいて」
「……ふ、ふふッ」
幸せで、嬉しくて。さっきまで悲しみで冷えきった図書室は、一気に温かな温度を取り戻す。
「返事は?」
「はいッ! 宜しくお願い致します、響希さん!」
「……はぁ~。今度こそ、俺の勘違いじゃないよね?」
「いつか勘違いしてたんですか?」と聞き返すと、響希さんはプイとそっぽを向いた。
「ねぇ……、響希さん。これは、勘違いなんかじゃないですよ。響希さんと私、やっと心から婚約者になれたんです!」
「――、うん」
私が答えた後、響希さんは一瞬だけ目を細めた。次にギュッと抱きしめて……、まるで自分の顔を隠してるみたい。
「ひょっとして……泣いてますか?」
「なわけないでしょ」
即答された!謝ると「確かめてるんだよ」、とのこと。
確かめる? なにを?
「笹岡に何もされてないか確かめてるの。動くと危ないから、そのままジッとしてて」
「えぇ……⁉」
危ないって、なに⁉物騒なワードに顔を青くしていると「そう言えば」と響希さんの含み笑い。
「俺に隠し事したらって約束、覚えてる?」
「え、あ!」
――もし凪緒が隠し事をしてたら、ウソがバレた日から同じベッドで寝ようか
――それか凪緒のウソつきが判明した瞬間、その場で
外では言えないキス以上のことをしよう――と、私に持ち掛けた話!もちろん、忘れてません!え、でも……
「〝今〟ですか?」
外では言えないキス以上のことを、ドアの壊れた図書室で、ですか⁉
「そ、そそそれはいけません! せ、せめて、お、お家で……!」
「……ぷっ」
両手で胸の前をガードすると、響希さんが吹き出した。次に、優し過ぎるくらい優しい笑顔で、私に向かってほほ笑む。そして――
「じゃあ帰ろうか、二人だけの家にね」
私をお姫様抱っこして立ち上がる。わ、良かった。今日は、家に帰って来てくれるんだ。
家……。そう言えば、響希さんが家にいるのって……久しぶりだ。嬉しくて、ドキドキして。思わず、ちらっと響希さんを見つめた。
すると響希さんは「シないからね」と。まだ何も言ってないのに、私のドキドキを一刀両断した。
「笹岡の事があって凪緒も混乱してるだろうし、今日は何もしないつもり。でも……もし俺が変なことをしたら、凪緒が俺を止め、」
「響希、さん……」
「なに?」
お姫様抱っこをされたまま、先輩の袖を、ちょいちょいと引っ張る。こんな事を言ったら、引かれるかもしれないけど。だけど、どうにも抑えられそうにないから……素直に言いますね。
「久しぶりに響希さんに会えたことに加え、両想いだと分かった日に、一つ屋根の下で二人きりなんて……。先に謝っておきます。襲ってしまったら、ごめんなさいっ!」
「……は⁉」
顔を真っ赤にした私を、真っ赤な顔で見下ろす響希さん。「そう言えば〝もっとキスして〟とか言う子だった」と呟いた先輩は、歩く足をピタリと止めた。
「俺を煽った責任とってもらうけど、いいの?」
「いい、って言ったら……、どうしますか?」
「……」
すると響希さんは、ちゅっと短いキスをした。
そして、
「一度許してくれたら……今夜は朝まで離せない」
「っ!」
伏し目がちに、そんなことを言われて。目から、表情から、言葉から――響希さんの全部から「私が好き」というオーラを出されて。それでも「ダメ」って断る女の子って、きっといない。もちろん、私だって――
「じゃあ……、朝まで離さないでください」
「っ! ん、わかった」
私が何て返事をするのか、緊張したらしい。響希さんが「はぁ」と、長い息を吐いた。
「響希さんでも緊張するんですね……?」
「そりゃするよ、好きな子だもん」
「……あ、ぅぅ」
愛のダメージが、計り知れない……っ。淡々と紡がれる言葉に、これでもかってくらい愛が埋め込まれてる。
響希さん、分かってますか?
その言葉、私にとって瀕死レベルなんですよ?
「うぅ~」と。いつまでも悶える私を横目に、響希さんが窓から何かを見つけた。
「横断幕、四つ揃ってるね」
「そうなんです、花チームも頑張りました! 響希さんは、どれが好きですか?」
「うーん」
見た目だけでは、どのチームが作ったか分からない横断幕。その中で響希さんが「これ」と指さしたのは――
「海が描いてある横断幕、風チームですね。どうして海がいいんですか?」
「……うん」
答えになってない返事をした後。響希さんは私を見て、また笑った。
「俺のは思ったよりも騒がしい〝凪〟だったけど、そのおかげで、やっと心地いい場所に出会えたなって」
「?」
凪って、風がなく海面が静かな事だよね?
騒がしい凪って、どういうことなんだろう?
不思議だったけど、先輩は深く説明しなかった。それより「ん」と、私に手を伸ばす。握り返すと、コツンと当たる婚約指輪。私が卒業したら結婚指輪に変わってる、なんて夢みたい。
「行こうか、凪緒」
「はいっ」
そうして、二人で学校を後にする。すると心から婚約者になれた私たちを祝福するように。風に乗った横断幕が波打ち、夕日を浴びてキラキラ輝くのだった。
❁⃘*.゚
時山家の悪行が、ニュースにて大々的に報道された後。時山先輩は学校を辞めた。噂では、山ばかりの田舎へ移り住んだとかなんだとか。そして笹岡も。自分が行った全ての事を城ケ崎に報告した後、時山先輩と同じく、学校からいなくなってしまった。いなくなったのは、体育祭の前日。笹岡と二人で頑張って来た体育祭は、ついに私だけが見届ける形となる。
「今、花チーム総合二位だって! 一位との点差も十点だし、もうちょっとでトップじゃん!」
同じクラスの皆が、同じ花チームの皆が、こうして楽しく笑い合っているのを……本当は、笹岡も見たかったんじゃないかな。時山先輩の従妹じゃなかったら。ただの、普通の笹岡だったら。もっと楽しい人生を歩んでいたのでは、なんて。そんな勝手なことを思ってしまう。
「一位だ二位だなんて、あんまり今は聞きたくないよね」
「響希さ……じゃなくて。響希」
各チームの点数ボードを眺めていると、突然。響希が現れた。
「まだ慣れないの? その呼び方」
「だって、敬語だって、まだ取れないのに……」
「ベッドの上じゃ、あんなに〝響希〟って呼んだのにさ」
「わー! ストップストップ!!」
実行委員の私が大声で「ストップ」と言ったため、全ての協議が一時中断となる。ご、誤解です! 続けてください!――と叫ぶと、何事もなかったように競技が再開した。
「く……っ、くくっ」
「なに笑ってるんですか! それに、公衆の面前ですよ! あんな言葉は謹んでくださいっ」
すると響希の、面白がる嫌~な笑み。
「あんな言葉って、どんな?」
「そ、それは……っ!」
カッと顔が熱くなる。いま絶対、顔が真っ赤になってる!見られたくなくて、両手で顔を覆った。だけど――
「そんな可愛い顔、隠しちゃダメ」
「え――、んっ!」
わああああ、と。各チームの応援合戦が始まったと同時に。響希から、突然のキス。
「こ、公衆の面前、」
「みんな応援合戦に夢中だよ」
なんて言いながら、キスに夢中になっている響希。王子様で、カッコよくて、優しくて――だけど中身は、女性にルーズで冷徹でクズ男子だった婚約者。そんな人に恋をしてしまって、泣くことも挫けることも、たくさんあった。
だけど、やっぱり響希が好きだから。
やっぱり、この人がいいって思ってしまったから……
「い、今だけですよっ」
「うん。今だけ」
わがままをいうこの人に、応えてしまう。応えたく、なってしまう。こういうのを、なんていうんだっけ。あぁ、そうそう――
「やっぱり響希は、キケンな沼です」
「なにそれ?」
「どうしようもなく、
あなたが大好きってことですよ!」
♡ END ♡
クズで冷徹な御曹司は、キケンな沼です またり鈴春 @matari39
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