第36話

 最初の掌撃が迫りくる。ゼマは鋭い目で動きを捉え、瞬時に左へと跳躍。空気を裂く音とともに、掌撃はゼマのいた場所を力強く叩きつけるが、彼女はすでにその場を離れていた。

 地面には拳の後がくっきりと残っており、その威力を物語っている。


「これ、下手したら死ぬやつじゃん」


 驚異的な攻撃に焦りを芽生えさすゼマ。そんな彼女に、2つの掌撃が、左右から地を這うような軌道で襲いかかる。


「挟み撃ちってかぁっ!?」


 ゼマは一瞬の隙を突いて軽やかに跳ね上がり、体をひねりながら空中で鮮やかに回避。掌撃同士がぶつかり合い、砂埃が舞い上がる。


 華麗に回避してみせるゼマだが、空中に跳んだことにより、一瞬だが無謀に状態をさらしてしまう。その隙を、最後の手が見逃さなかった。


 指部分をかっぴらき、張り手のような形で豪集の掌撃が真正面から襲ってきた。


「っぐ、っぞ!」


 ゼマはクリスタルロッドの端を両手で持ち、顔面の前で構えて防御姿勢をとる。そこに、掌撃の付け根部分が「ガン!!」と鈍い音を立てて直撃する。


 本当はこのまま彼女を掴むつもりで手のひらを開いていたのだが、あまりの衝撃にゼマの体は風に流されるように後ろへと飛ばされる。


 空中で障害物もないので、ゼマの体はそのまま地面に転がり落ち、全身を強打する。衣服と体が土まみれになり、素肌の部分には細かい傷ができいる。血を流している部分もあり、衝突のダメージがかなり体に響いている。


「……誤算、だが喜ぶべきだな。

 あの女ぐらいなら、簡単に取り込めそうだ」


 衝撃の凄まじさに、グベラトスも驚いていた。簡単に人を殺せる。それが目的ではないが、多くの者をいざなうためには、それぐらいの力が必要だと考えていた。


「うぅううう、させるかぁ……」


 魔拳のヨツイたちは必死で手の中から出ようとしていたが、握力には勝てずに拘束され続けている。


 この場にゼマを助けてくれる人はいない。

 自分で自分の身は守るしかない。


「……【クイックヒーリング】」


 彼女は回復速度に優れたスキルを発動する。汚れが消えることはないが、擦り傷程度ならすぐにふさがり、出血を止められる。

 あざもできているが、そのうち完全に消えるだろう。


 これぐらいのダメージならば、ゼマはすぐに回復することができる。

 ロッドを上手く使って立ち上がり、諦めてなどいない。


 だが、彼女の目に映るのは希望などではなく、自分の事を簡単に握りつぶせる巨大な魔の手だ。


「……終わりだ。あんたの力は、有益に使わせてもらう」


 じりじりと近づくグベラトス。それに合わせて、4つの掌撃も揺れ動いていく。

 戦える体力はあっても、戦力が圧倒的に足りなかった。

 それは、彼女が一番分かっていた。


「……はぁ、はぁ……。

 まだ終わってなんかない。そうだろ、ララク……」


 彼女は消えてしまった仲間、ララクに対して語り掛けていた。

 豪魔グベラトスに吸収されたが、まだ意思が残っているはずだと、そう信じたのかもしれない。


「無駄だ。もうじき、あいつの力も全て俺のものになる。

 これで、首都襲撃に一歩、いや成功が約束されたようなものだ。

 今の俺を止められるのは、この世にはいないだろう」


 自分の力に慢心しているわけではない。客観的に考えても、それぐらいの戦力を持っていると確信できた。あとは実行するだけだ。


「あの子は、何もかも規格外なんだ。

 おいララク、さっさとしないと、私もそっちに行っちゃうぞ!!」


 いるはずのララクに向かって、ゼマは激励する。声が届くとは思っていないのかもしれない。けれど、このまま終わるとも思えなかった。


「……そうしてあげるさ」


 グベラトスは【いざないの手】の集合体に指示して、同時に攻撃をしかける。今度は絶対に逃せないように、慎重かつ正確に。


 戦闘医ゼマに、豪集の掌撃が襲い掛かった。その瞬間だった。


 火を放たれた蛇のように、密着していた【いざないの手】が次々と散っていく。異空間へと戻るものもあれば、そのまま魔力となって消えていくものもいた。

 これはゼマを襲っていた手だけではない。ヨツイとパルクーを握りしめていた腕も、一瞬で消え去っていく。


「……っな、なにが……。

 っく、力が、急に……」


 グベラトスに痛みではない何かが襲う。苦しくもない。言い表すなら、ひどい脱力感。一気に力を失う、喪失感。彼は似たような経験がある。それは気を失い【いざないの手】で吸収した者たちが解放された時だ。


 だが、今は意識を保てている。

 視界も良好。


 彼は消えゆく【いざないの手】を見ていると、そこにいるはずのないものを発見する。


 ゼマの前に、無数の魔力粒が集結し、人の形へと変化していく。

 そしてそれはすぐに、本当の人間へと変わっていった。


「な、なんでお前が!!」


 今日一番の衝撃が、グベラトスに走る。その黒き瞳で捉えたのは、いざなったはずの少年だった。


「どうも。戻ってこれました」


 少年ララクは戻ってきた。手の支配を抜けて、再びこの地に降臨したのだった。

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G【祝・追放100回記念】自分を追放した奴らのスキルを全部使えるようになりました! ~いざなわれし魔の手~ 高見南純平 @fangfangfanh0608

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