第35話

 豪魔の砦の上に位置する崖に佇むのは、類まれなる力を得た〈いざないし者・グベラトス〉だった。【追放エナジー】により大量のスキルを所持する人間・ララクを取り込んだことにより、その力は【いざないの手】をより強固なものへと進化させていく。


(……まだ、全て力に還元されているわけでは、ないな。抵抗しているということか。

 それだけ、凄まじき力、なんだろうな)


 異空間の状況を、グベラトスはアバウトではあるが感じ取れる。今は、ララクという猛毒を【いざないの手】が中和しているようなものだ。劇薬だからこそ起きている現象なのだと、グベラトスは納得した。


 そんな彼は、この力を使いこなすべく行使しようと考えていた。ターゲットは、人間である戦闘医ゼマだ。


 しかしそれを、彼の友人たちが止めようと動きだしていた。圧倒的戦闘力を誇る豪魔グベラトスに対して、彼女たちが恐れることは何もなかった。


「お前なら分かるだろ。私たちが助けるのを諦めないことぐらい。

 一発ぶん殴るから。ううん、自分を思い出すまで何度だって」


 魔拳ヨツイは、自分の右拳に魔力を込める。そこには、グベラトスに対する強き思いも乗っているかのようだった。


「じゃあ、ボクは蹴り殴るっ! 熱いの叩き込んで、頭を冷やしてあげるよ!」


 矛盾を感じるようなことをいう炎足のパルクー。とにかく彼女が言いたいのは、グベラトスを元の人格に戻したい、ということだ。


「……ここに戻ってくるべきじゃなかった。お前たちに会うべきじゃなかった。

 仕方ない……。取り込む気も、傷つける気もない。

 だから、静かにさせる。ただ、それだけだ」


 グベラトスは両腕を高く掲げると、凄まじい魔力が周囲を震わせる。瞬く間に、彼の背後から無数の【いざないの手】が出現し、空間を切り裂くように広がり、次々と腕が絡み合いながら束ねられていく。黒い手の群れが絡み合い、一つに凝縮され、巨大な手を形成していく。

 その手は、まるで山を削り出したかのように重厚で、さらに同じ手がもう1つ創られ、空中に静かに浮かび上がる。両手が振り下ろされる準備をしているかのように揺らめいていた。


 彼はのちにこれを〈豪集ごうしゅう掌撃しょうげき〉と名付けることになる。


「2人を、捕らえろ」


 グベラトスは、同族の2人へと巨大な豪腕を強襲させる。手で出来た手、という何とも不気味な魔の手が、ヨツイたちに襲い掛かる。

 蛇が密集しているかのようなその豪腕は、凄まじい速度で敵に向かっていく。


 無数の指が絡み合い、逃げ場を塞ぐように空を遮りながら彼女たちに降り注ぐ。すると瞬く間に、ヨツイとパルクーはその手にがっしりと掴まれ、全身を締め付けられる。


「っぐ、離して!」


 ヨツイの身体に、〈豪集ごうしゅう掌撃しょうげき〉の圧力が容赦なく押し寄せる。顔には苦悶の色が浮かび、必死にもがくが、手の力は揺るがない。


「あ、脚が、……動かない!」


 パルクーの黒い脚は炎を纏っていたが、それすらも巨大な手の力で抑えつけられ、動きが完全に封じられる。彼女は力強い足で何とか抜け出そうとするが、その力も【いざないの手】の圧倒的な拘束には無力だ。


 巨大な手は、2人を完全に支配下に置き、その支配力を誇示するかのように、握りしめ続ける。


「これなら、何もできないだろう」


 恐ろしき見た目と効果を持つこの技だが、閃いたのは彼女たちを安全に捕獲しようと考えたのがきっかけだ。以前からこの技を実行できるぐらいの手数は有していた。けれど、これを使用してしまうと、他に利用できなく多様性にたけたはずだ。

 けれど、今ならば、余裕をもってこの大技を連発することができる。


「……次は、あんたの番だ」


 グベラトスは、人間ゼマを改めて補則する。彼女はクリスタルロッドを構えており、迎撃態勢に入っていた。

 ならば、その上からねじ伏せようと、豪集の掌撃を発動する。それも、4つという過剰ともいえる数を。


「……これが、ララクを取り込んだ力、ってこと」


 目の前に展開された大岩のような【いざないの手】に、ゼマは圧倒される。こういった巨大なスキルは速度が出ないのが一般的なのだが、その常識はこれには当てはまらない。手が強化されているということは、それで放つパンチの速度も強化されているということ。

 異空間から伸びた巨大な腕たちは、ゼマを多角的に襲い始める。

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