最終話 針金細工の贈り物
「これから償わせて。もちろんフラウにも。嫌な思いをさせたよね」泣き止んだ母親が膝をつき、妹を抱きしめる。「辛かったよね、悲しかったよね、親に大切にされないなんて本当に辛いって知っているのに、私が同じことを繰り返してどうするの、本当に……」
ぶわっ、と母親がまた顔を歪めながら目を潤ませて、父親が慌てて妹から母親を引き剥がす。けれど、もらい泣きした妹から彼女にしがみついた。もう始業時間手前で、遅刻は確実だ。はあ、と困った声でため息を吐きながら父親が二人を引き剥がすのを諦める。
「……あ、すいません、フラウの父親ですが、今日遅刻します、すいません……私が寝坊してしまって……」
「クラウも、ずっと我慢させてごめんね。ホテルもやめよう、家族で旅行しようか、好きなもの全部買ってあげる」
「いや、それはそれでダメでしょ……。母さん、反省した?」
「ええ、もちろん」
「じゃあいいよ」
にこっとクラウが笑うと、ついに母親の涙腺が崩壊した。
「クラウ!!!!!」
「……すいません、ええと、まだご飯炊き始めたばかりで、まだかかりそうです、すいません……」
*
「クラウ、」
「スカイ、」
二人とも話したいことが沢山あって、勢いよく寄せた頭をガッとぶつける。
「「ゔっ……」」
「僕ね、過眠症が治ったんだ!」
とりあえずじゃんけんをして、勝ったスカイが嬉しそうに表情を輝かせて言う。クラウが起きるのと同じくらいの七時にはメッセージが来ていて、今日はえらく早起きなんだなぁと思っていたけれど。学校帰りに直行したクラウはソファに座りながらえっと目を丸くする。正面のソファに座りながら、スカイはにひひと嬉しそうに歯を見せて笑った。
「今日なんか目覚ましで起きれたんだよ! 初めて! 最近連続で起きれて、治ったのかもって病院へ行ったんだ。君にメッセージしたのはそれ。来ても、鍵が閉まっていたら驚くと思ったから」
そしたらねっ? と彼が声を高くする。
「僕、寝てる間の数値が朝になってもずっと動かないから起きれなかったらしいんだけど、身体のはたらきが正常に戻ってるって! これからは普通に生活できるし、学校にも行けるって!」
「おめでとう」
「ねーーーー!」
クラウが拍手をして祝うと、いえーーーーっす!! とスカイがテンション高くガッツポーズをする。うるさい、とクラウは耳を塞ぎながら笑った。
「学校は、どこにするの? 僕のとこおいでよ」
「ああ、それだけど、一応受験はしてみるつもりだけど、やっぱり今まで勉強してこなかったから難しそうなんだよね……。それだけが残念。転校じゃないから、入れたら後輩になるのかな? クラウとおんなじ学校、行きたかったけど」
「でも勉強、僕も教えるよ。妹のも見てるから、教えるの得意だし」
「やった、じゃあ問題集今度買ってもらう……違う、自分で買ってくる!」
嬉しげにスカイが言って、クラウは自分のことのように頰を緩めて笑い返した。
次はクラウの番だ。
「僕は、母さんと仲直りしたよ」
「えっ」
今度はスカイが目を丸くする。
「父さんに説得してもらって、やっと母さんが話を聞いてくれたんだ。でも、僕もちょっと気持ちの変化があってさ、ホテルは続けてもらおうと思うんだ」
「えっ、いいの?」
「僕さ、自分の気持ちだけで部屋に人がいるのが嫌だからやめてって思ってたけど、僕もスカイの部屋に来るようになって、ホテルに来る人の気持ちが分かったんだ。僕の部屋に居場所を求めて来る人もいて、僕の部屋は必要とされてるんだなって思って、それが嬉しくてさ。だからホテルは続ける。スカイも家族で泊まりに来てよ。ふふ」
クラウが冗談を言って笑うと、スカイは本当に嬉しそうに笑い返した。
「母さんも反省してくれて、今は逆に親バカ気味なくらい。前、母さんは家でぐうたらしてるって言ったでしょう。今はホテルで父さんの手伝いをしてて、そのうち立ち替わるつもりらしいよ。父さん、元の仕事に戻りたいらしいから」
「そうなんだ。仲直りできてよかったね」
「うん、本当に」
クラウが深く頷くと、スカイが少し口籠もりながら、あのね、と話し始める。
「……やっぱりやめる」
「えぇ、なに? 気になるよ」
「…………、……その……僕が起きれるようになった前の日、夢を見たんだ。クラウがすごく悪夢で苦しんでて、泣いてるのに僕は何もできないっていう夢。それで、僕、悪夢を見るのが君に移ったら嫌だなって思って……」
スカイはソファから立ち上がり、ベッドサイドの引き出しから何かを取り出した。もそもそと後ろ手に隠しながら持ってくる。
「その……君からもらったドリームキャッチャー、僕も作ってみようかなって思って……」
スカイはそう言いながらゆっくりと手の中のものをクラウに見せた。それは、中心の網目がへんなふうに歪んだ、幅広い灰色を使ったドリームキャッチャーだ。多分、少しずつ色の変わる紐を使ったんだろう、白っぽい色から黒に近い色までグラデーションに色が変わっていて、中心のへんてこな網目には白く透き通らない丸い石が飾られている。下に下げる羽根の代わりに細いチェーンに針金細工のミニドリームキャッチャーが下がっていて、しゃらしゃらと光を鈍く反射しながら揺れていた。
「わあ、綺麗!」
「ほんと……? 真ん中のところがやり方が分からなくて変なふうになっちゃって、渡すのやめようかと思ったんだけど、でも他のところはうまくできたから……受け取ってくれる?」
「もちろん、ありがとう! 僕、人からもらうのは初めてだ。すごく嬉しいよ。僕も額に入れて飾る」
彼のベッドの真上の、クラウが贈ったものを揶揄して言うと、わあ、とスカイは微妙な顔をした。
「クラウ、こんな気分だったんだ。やめてぇって叫びそう」
「ふふ。大事にするよ、本当に嬉しい。ありがとう」
「んへへ、ありがとう」
クラウはバックなどがなく、スカイの部屋に余っていたラッピング用のビニールに丁寧に入れて持ち帰ることにした。大切に胸に抱き締めながら、嬉しさににこにこと笑う。
「スカイ、今度僕の部屋に来てよ。額に入れて飾ってるとこ、見せたい」
「やめてぇ、恥ずかしい。もうクラウの部屋一生行けないや」
スカイが恥ずかしそうに顔を覆いながら言って、クラウは可笑しくてさっそく自分の部屋に連行しようと彼の手を握った。
雨のち流星群 日ノ竹京 @kirei-kirei
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