アイドルはうんこしない
[桐山ミミの場合]
ヤバい。お腹が痛い。
今すぐにトイレに行きたいけど、ライブのパフォーマンス中に姿を消すわけにはいかない。
私はプロなアイドルだから。
っていうか、アイドルはうんこしない。
まだ地下で活動しているけど、絶対に仲間達とファンのみんなで武道館に行くんだ。
[ギリッギリのハートでブチかましたいの!]
私の所属する5人組アイドル・『カミサマ、ねぇ』の楽曲『ダイヤモンド』の歌詞を叫ぶ。
たしかに、うんこはブチかましたいよなぁとか下らないことを考えている自分に気合いを入れ直す。
今は本番中だぞ。あと、もう1回言うけどアイドルはうんこしないから!
せっかく、変わったグループ名なのに普通の曲しか歌わないってことで、アイドル界隈で有名になってきているんだ。今は頑張り時なんだ。
大好きなアイドル活動を、10年後にも続けられるように我慢して最高のパフォーマンスを披露する。
\
「みんな、今日もありがとー!! 愛してるよー!!!」
リーダーのユメが今日のライブの締めセリフを叫び、舞台の幕が落ちる。
さて、これからチェキ撮影会もあるけど、トイレに行く時間くらいはあるだろう。
「ごめん、みんな。ちょっと光合成してくるね」
「トイレって言えー。しかも、その感じうんこでしょ?」
ガサツだけど優しい『カミサマ、ねぇ』のお笑い担当のチナミに失敬なことを言われる。
「もう! アイドルは光合成で健康管理してるの!」
「そんなん言ってるのミミだけだから」
この娘は実力はあるのにアイドルとしての心得が成ってない。少しくらいお説教しなきゃ。
しかし、口を開こうとしたところで、2人の女の子に話しかけられ止められる。
「うんうん。そうですよね。ミミさんはうんちなんかしないですよねー」
「だから、これからのチェキ回のために、早く光合成してきてください! ファンの皆さんも待ってます!」
「アヤカ! サラ! さすが2人は分かってる!」
私の設定‥‥‥失礼。魔法を理解してくれている可愛い後輩ちゃん達だ。
「分かった! ファンのみんなのために光合成してくるね。‥‥‥今日雨だけど」
小声で付け足した自虐に、メンバーは笑ってくれた。
頼りになるリーダー。
皮肉屋なクール美少女。
初々しい新人2人。
そして、プロ中のプロである私で構成されている『カミサマ、ねぇ』は魅力的だ。
私は気持ちいい気分で、トイレに向かう。
ほら。外は雨だから、トイレで光合成するのが丁度いいかなって。
\
ブビッ‥‥‥ブブバッッッ。
さっきまで、キラキラした曲を歌って踊っていたアイドルの身体‥‥‥っていうか肛門から下品な音が鳴り響く。
地下の奥の奥にある女子トイレは薄暗く、ちょっと怖い雰囲だ。『カミサマ、ねぇ』のメンバーはもちろん、スタッフもあまり近づかないエリアだ。
でも、そんな不人気のトイレだからこそ、この音と匂いを他人に聞かれるリスクが少なく済む。
仲間に知られるのも恥ずかしいのに、ファンに知られたら死ねるから。
まあ、ここは関係者以外立ち入り禁止エリアだから、その心配はないんだけどね。
「ふぃ〜」
出すものを出した爽快感から、そんなマヌケな声が出る。
それもこれも、誰にも聞かれていないと思っていたからだ。
しかし、その予想は裏切られる。
「え!? ミミッチ!?」
トイレから出たら、流し台の前に女の子がいた。
高校生‥‥‥下手したら中学生だろうか。とにかく若い女だ。
だ、誰だろう。スタッフさんの娘さんとかかな。
分からないが、とにかく笑顔だ。笑顔は全てを良い方向に持っていける。
ニッコリと笑う。
少し遠くにある鏡で自分の表情を確認する。よし。口だけではなく目も笑えている。
さすが私。
「お! お初の子だね! 誰かの娘さんかな?」
女子中学生(仮)は私の問いにアタフタする。
相手が落ち着くまで観察してみたが、このキョドり方、見覚えがある。
大がつくほどのファンは私を前にすると、こういうキモ‥‥‥懸命な雰囲気になる。
もしかして‥‥‥。
「え、え。え、えっと、私、ミミッチの大ファンで‥‥‥!」
「‥‥‥」
その答えに、私の頭は真っ白になる。
聞かれた。嗅がれた。
あの下品な音を。クサい匂いを。
心の乱れを隠すために、とりあえず口を動かす。
「そ、そっかー。でも、なんでファンの方がこのトイレに?」
「あ。はい、えっとえっと、私、ブログみたいなことをしていて。そこで、生意気ながら『カミサマ、ねぇ』に魅力を書かせて頂いていて‥‥‥それがバズったんです。エヘ‥‥‥やっぱりミミッチが可愛いからかな。で、運営様から直々に仕事を頼みたいって連絡をくれて。それで、私みたいな芋女が皆さんと同じ建物に入るに至ったという経緯です。はい」
いきなりの情報量に脳が処理をするのに時間がかかる。
「それにしても、ミミッチの排泄物の香りを嗅げるなんて、私は幸せ者です!」
やっと理解できたと思ったら、さらにとんでもないことを言い出した。
「イヤイヤイヤイヤいやいやいや。クサいだけでしょ。っていうかアイドルはうんこしないのに、こんな匂いを嗅がせてごめん。ホントごめん」
するとオタク女子中学生(仮)は、その小さな身体から、どうやって出しているんだと疑問に思うほどの大声で言う。
「何言ってんですか!!? 推しの体内から出たものの香りですよ!!? こんなに尊い香りはこの世にありません。どんな香水よりも良い香りです!!! 自信持って下さい!!!!!」
自信は持っている方だと自負していたが、まさかうんこの匂いにまで自信を持てと言われる日がくるとは考えもしなかった。
「あ! 私これから運営さんと打ち合わせがあるので、もう行きますね! これからも応援してるので、武道館に向けて頑張って下さい!」
最初のキョドりはどこへやら。匂いフェチオタク女子中学生(仮)は堂々と去っていった。
「‥‥‥武道館か」
正直に言うと、自分でも半分ネタで言っていた。
でも、あの子は何の濁りの無い両目で、私達が武道館に行くことを信じていた。
「あれが本気か」
今までも本気のつもりだったけど、まだまだだと思い知らされた。
もっと馬鹿になれ。
あの子みたいに、他のことが見えなくなるまで馬鹿になれ。
その結果、武道館のトイレで彼女に再会できたら最高じゃないか。
私は足を動かし、まずはチェキ回に全力を注ぐことを決意した。
トイレ協奏曲 ガビ @adatitosimamura
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