3.冤罪
魔王アルヴァルルの崩御の翌日。
六魔将が一角マナイアレストは、反逆者の烙印を押された。
理由はアルヴァルルを討った人族の少年の隠匿。時が経てば、そも人族の少年が王城まで辿り着けたこと自体、マナイアレストの手引きあっての事だと言われるだろう。
不名誉である。
私は人域侵攻にさして興味も無かったが、アルヴァルルの事は尊敬していた。
私のような魔族を重用してくれた恩義もある。手助けこそすれ、命を狙うような真似は決してしない。そういった陰謀は、六魔将の中でもエルレドールの領分だ。実はこれもエルレドールの陰謀だったりはしないか。考えてから、だとするには筋書きが場当たり的すぎると嘆息した。
「……全く、君のせいで酷い目に遭った!」
私と少年勇者は、王城の廊下を駆けていた。
背後からは、お待ちくださいと呼び止める困惑交じりの怒声。或いは足を止め、事情を説明するのも手だろうか? 否。今まで綻びの存在を信じてくれた魔族は、私の記憶する限りでは、アルヴァルルとラクモエルスの二人だけだった。素直に事情を話したとて、わけが分からぬと一蹴されるのが関の山だろう。私はいまいち信用されていない。
「戦わない、の?」
「戦う理由、ないからね!」
少年勇者は、私の隣にぴったりと付き従っていた。
アルヴァルルを倒した程の腕前だ。彼とてその気になれば、そこいらの魔族程度は鎧袖一触であろうに。一人で兵士に立ち向かうよりも、私と共に逃げる選択をしているのには、なにか理由でもあるのだろうか?
(分からないことだらけだなぁ!)
そろそろ何か一つくらい、分かることが欲しいのだけど。
私が眉を寄せ唸っていると、「あっ」と勇者が小さな声を上げる。
「なんだね!」
「あった、綻び」
「君、そればっかりだなぁ!」
言われてみれば確かに、廊下の角に蒼い綻びが視えた。
この廊下は昨日も一昨日も通ったが……その折には無かった綻びだ。
「……使う?」
それから勇者は、短く問うてきた。
「綻びをか!?」
綻びに触れれば、何かが壊れる。この場合、王城の廊下が崩れ落ちるのだろうか。
アルヴァルルが大事にしていた城だぞ。反駁しかけて、考えを改める。そのアルヴァルルは死んだ。彼とて、自分が死した後の城が壊れることよりも、忠臣がわけの分からぬ濡れ衣で断罪されることの方を悲しむだろう。恐らく、きっと。
「いいだろう、君がやってみたまえ!」
私が壊すのは憚られたが。
答えると、勇者はこくりと頷いて、一歩。
魔力の籠った踏み込みで、一挙に廊下の角へ突き進む。
(速いな。ガライロイがしくじるわけだ!)
遅れて後を追いながら、私は思う。
この脚があるなら、綻びなど使わずともこの場を逃げおおせる事は容易だろう。
綻びを使うにしろ、私に問う義理がない。では、なぜこのような行動を取るのか。
(それほど私に興味があるのか?)
私が綻びを視る他者に初めて会ったように、勇者も綻びを視る者と初めて出会ったのかもしれない。……いや、それだと順序がおかしいか?
疑問に解を得る前に、勇者は綻びの前に立つ。
そして腰に提げた光輝の剣を抜き払い、ザンッ!
蒼い綻びの線に、その白刃を振り下ろした。途端、綻びはギギギと不快な金切り音をあげて広がり、勇者と私を呑み込む。待て、と私は口にしたが、声になったかは分からない。
綻びに触れると、何かが壊れる。
これは私の経験則だ。その綻びに飲まれたということは……
「私は、死んだのか?」
「うん? 生きてるよ、ほら」
いつの間にか閉じていた瞼を、ゆっくりと持ち上げる。
私は森の中にいた。日と時間から方角を読み、周囲を見渡す。東端に魔王城の監視塔がちらと見えたので、大体の位置は分かった。……街一つ分の距離、移動している。
「なんなんだ、これは」
「分かんない。でも初代の勇者さまは、これをグリッチと呼んでいた、みたい」
「グリッチ? ……知らない言葉だな」
人族と魔族では、扱う言葉に差異があっても不思議ではないが。
グリッチ、ぐりっち。何度か舌の上でその言葉を転がしたが、どうにも馴染まない。
「まぁいい。そのグリッチとかいう秘儀で、私たちは城から逃げおおせたわけだな?」
「たぶん」
「心許ない返事だ。とはいえ君には感謝し……いや、感謝するのはおかしいか? 私は君に巻き込まれているだけだからな」
そもそも、勇者が私の部屋を訪れなければ、城から逃げる必要もなかった。
私が言うと、少年勇者は下を向き、小さな声で「ごめんなさい」と返す。
素直な、そしてあまりに弱弱しい反応だ。これではまるで、私が小さい子どもをいじめているようではないかと思ってしまう。
(子どもであることは、間違いないわけだが)
落ち着いて少年勇者を観察する。人族は魔族より寿命が短いが、生育過程はそう変わらないと書物には記されていた。だとすれば、彼は十四、五歳あたりだろう。それにしては、やや口ぶりが幼いようにも思えるが……魔族と人族の差だろうか。
「さて、勇者よ。あの距離ならすぐに追っ手は来るまい。まずは話をしようじゃないか」
「うん。おれも、そうしたい。でも、なにから話す……?」
「差し当たって、君に聞きたい質問はこうだ」
綻びについて何を知っているのか。
どうやって、私の部屋にやってきたのか。
そもそも、どうして私の部屋を訪ねてきたのか。
どんな理由があって、私を見捨てず共にこの空間に駆け込んだのか。
指折り四つ、示しながら問いかけると、少年勇者は戸惑ったように目を泳がせた。
気が急いて、一気に聞きすぎてしまったか。大人気なかったなと反省した私は、最後に残った小指を曲げて、五つ目の問いを投げかける。
「少年よ、君の名前は?」
「……ラーヤー。イノイ村で十二度目の、ラーヤー」
「ラーヤー。私はマナイアレスト。王下六魔将が一角、『虚言』のマナイアレストだ」
私が答えると、ラーヤーは安心したようにふっと微笑んだ。
必要だったのは、これだな。互いの名前を知らずには、踏み込んだ会話もし辛かろう。
ところが気持ちを落ち着けたラーヤーは、次の瞬間、「知っていたよ」と言い出した。
「蒼い瞳のマナイアレストを頼れって、言われてきたから」
「言われていた? 誰にだ?」
それは恐らく、三番目の問いの答えになる。
どうして、ラーヤーは私の部屋を訪ねてきたのか。
「アルヴァルルが、そう言っていた」
死んだ魔王の差し金だった。
次の更新予定
マナイアレストの手記 螺子巻ぐるり @nezimaki-zenmai
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