楠くんが絶対違うと確信する理由

海来 宙

楠くんが絶対違うと確信する理由 [終]

 とにかくルームミラーは有能。車のフロントガラスの真ん中に付ける鏡で左右に視界が広がるから、「取っ手」を左手で持てば自分を映してる振りしながら左後方の好きな男をのぞき見できるのだ。

 ほら、三つ後ろの席の左隣でくすのきくんが宇宙最高峰の笑顔を下々の者どもにお見せになっている。ああパパの古いルームミラー万歳、重くて目立つけど私は負けない。私はクラスメートの楠くんが大好き、神に誓って絶対。イケメン芸人並みのルックスだし背は百七十六センチ、やたらとまじめなくせに女に毒舌な難あり性格で、文芸部所属の逃げ足だけなら速い男。鏡の中で不敵に笑うその肉体は見ているともう押し倒したくなるくらい――と、突然立ち上がってこっちに来るではないか。うわあやばい、鏡どうしよう!

「あのさ遠野とおの、女がそんなロックなもん持って何やってるんだ? 車のミラーだよな、ありえなくね?」

 楠くんはパパの鏡をつかんで上に引っ張り、観察対象からのつっこみに動揺する私は「えっ、何でもない。間違って鞄に入れちゃってあはは」と嘘をつくのが精一杯。こんな風に進展しない私の恋には根本的な問題があってそれは『楠くんが好きな人は誰?』なんだけど、答えは残念ながらえいちゃんというクラス三位の美人。私は先日彼が彼女を愛する決定的証拠を〝つかんで〟しまった。

「楠さあ、気がおけない女友達もいいけどさあ――」

 普段私の邪魔ばかりしてくる陽気な平山ひらやまが突然現れる。私は男子と話さないほうだけどこの二人は別だった。

 背を向けた二人の声に聞き耳を立てると、「本当は誰狙ってんだよ。言えよ、ぶちまけちゃえよ。昨日廊下にぶちまけたゴミを拾って遅刻したまじめ番長の楠くん!」なんていう夢の恋話コイバナが始まった。瑛ちゃんだよ瑛ちゃん、私は悔しいくせに暴露したくなってばたんと席を立ち、机から落ちかけた鏡をぎりぎり救って顔を上げる。私が知った決定的証拠は楠くんが黒板に瑛ちゃんの名前を書いていた――ではなく、疑われた彼女を否定材料のない段階でかばい周りを怒った――より秘密っぽい、我が校の生徒が他にいない彼女の最寄り駅で列車から見えない朝の改札前にひそんでいたこと。

「よっ、水月みづきちゃん」

 様子をうかがう私にちょっかいを出すお邪魔虫平山は私を下の名前で呼ぶ唯一の男子。私はふんっとあごを突き出して宣言する。

「私、楠くんが好きな人知ってるよ? 教えてあげよっか」

 言うほうも言うほうだと自分で思うけど、私の悔しさなんてつゆ知らず耳まで真っ赤になる愛しの楠くん。やっぱり瑛ちゃんだなと再確認していたら「それ絶対違う。絶対に間違ってる」と全力で否定してくるではないか。

「ええっ、知ってるって。自信あるもん」

 反論する私に彼は頬を染めたまま、「こっちだって遠野が絶対に間違ってる自信がある!」と自信で返球。何だ何だと女の子みたいに割り込もうとする平山を制して彼は続ける。

「俺のは……だから、遠野がここで言えるような相手じゃねえよ」

 何だそれは。でも楠くんがそこまで言うなら瑛ちゃんじゃないのだろうか、そしてこの私がここで言えないのは恥ずかしいのか怖いからか。もう、見くびられすぎ。彼には私を内弁慶だと思ってるふしがあるけれど、瑛ちゃんこと「瑛華えいか」を含む誰であろうと私に口にできない名前はなかった。頭に浮かばなければ言えなくもならないわけで、知らない人は知らない人。ど忘れしてる候補者がいたら? 誰か誰か誰……、忘れて飛ばした人はいないだろうか、まずこのクラスの女子は二十人でその二十人全員を考えたから、

「遠野ごめん、平山が――」

 まだ赤い顔でまじめに話を断った楠くんが平山と逃亡した時、廊下に担任の薄い頭と瑛ちゃん愛用の赤い帽子が見えた。それより私はクラスの女子二十人全員を考えていて――、

 あ。一人考えてない。

 そこに瑛ちゃんが割り込み、

「水月聞いて! 先生うちらが同じ中学って忘れてたんだよ、ひどくない?」

 教室の入口で生徒の不満を訴えた。私たちは中学校も一緒で、毎朝同じ駅から混雑列車で運ばれてくる。あの時楠くんが立っていた改札口を私も通って――あれ、じゃあ私を見てたってことも?

 まさかまさかまさか、今言えるか考え忘れていた自分「遠野水月」が答えだって? でも条件は満たしてる、私は内弁慶ではなくとも自分の名前を言ってみせるほど自惚れてはいない。これが楠くんが絶対違うと確信する理由。私が勘違いした瑛ちゃんが挙動不審な友に首をかしげている、何だか申し訳ない。

 楠くん、私が好きなんだ。考えてみれば彼は本当にまじめだった。だから黒板の日直の名前を「英華」から「瑛華」に正したんだし、瑛ちゃんをかばったのもそう、恋愛感情じゃない。ただ列車から見えない改札口に立っていたのは恋、彼女ではなく私を見ようとしていた。それにしても、あの時〝列車から見えない〟彼を発見できたのは私もその駅の利用者だからなわけで――ああ私、ずいぶんな勘違いをしてた。私は彼と両想いだった。

 私と楠くんは両想いなのだ。

 ということは、やった……、

「やったあっ!」

 最大限の我慢をしても喜びすぎで瑛ちゃんを驚かせただけでなく、制服のお尻が机のルームミラーを落としてしまう。

 うわっ、がちゃんっ!


          了


▽読んでいただきありがとうございました。


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