タイミング

 二つの刃がぶつかり、火花を散らす。剣の刃と刃を合わせれば刀身が痛みすぐに使い物にならなくなってしまうものだが、この二人はそれを気にせず打ち合っている。ガリアーノは剣の質にこだわらず、戦いのたびに剣を使い潰しては新しいものと交換する剣士で、ロイは剣のことを気にしている余裕がないだけだ。


「いいぞ、だいぶついて来れてるじゃねえか!」


 楽しそうに笑いながら、ガリアーノが踊るように剣を振る。それを剣で防いでいるうちに、ロイは不思議なことに気付いた。ガリアーノの動きは速くないのだ。孤狼斬どころか、ロイが普通に振るう剣の方がガリアーノより速いぐらいだ。


 それなのに、ずっと押され続けている。ロイの剣はことごとくかわされ、防がれ、打ち払われる。それに対してガリアーノの剣はいちいち対処に苦労する。技術力の差と言ってしまえば簡単だが、その技術がいったい何なのかがわからない。そして何より、ガリアーノは未だ武技を使ってこないのだ。使わずとも優勢なのだから必要ないのだろうが、それはつまり、相手がその気になればあっという間に殺されるということでもある。


「くそっ、『孤狼斬』!」


 焦ったロイはまた武技を放つ。明らかにガリアーノの動きよりずっと速い剣の斬り上げを、それもダンスをしているかのような動きで笑いながら受け流すガリアーノだった。


「技を出すタイミングはよく考えなきゃあな」


「うおおお!」


 そこに、今まで後ろで震えていたルドルフが雄叫びを上げながら突っ込んでくる。ロイがその動きに気付いて制止しようと思った時には、既に戦斧を頭上からガリアーノ目掛けて振り下ろすところだ。


「勢いはあるが、動きが単調だ」


 ガリアーノは円を描くようなステップで身体を動かし、ルドルフの脇腹を剣の柄で殴りつけた。大きな身体が横に飛び、ごろごろと地面を転がって木にぶつかった。


「げほっ」


「……あっ!」


 ルドルフは攻撃を受けて地面に倒れたが、ロイはこの攻防を見てガリアーノの強さの秘密に気付いた。この男は、相手の相手の攻撃の瞬間には既に次の動作を始めている。つまり、敵の行動を先読みして対応しているのだ。それが出来る理由にも心当たりがある。先ほどからガリアーノが口にしている言葉、踊るような動き。おそらくこいつは、敵の動きをリズムで捉えている。


 武術の世界では、攻撃のタイミングが読めるということは極めて大きなアドバンテージを生む。相手に読ませないために編み出された専用の技術も多数存在するほどに、敵に攻撃のタイミングを読ませないというのは重要な戦術になっているのだ。何らかの技術で敵の攻撃するタイミングを完全に読んでいるのだったら、たとえ速さや力で劣っていても難なくいなせるだろう。まさに先ほどからガリアーノがやっていることだ。


 そこまで理解が及んで、ロイは内心ほぞを噛んだ。自分や弟は音楽やその類に接した経験が圧倒的に足りない。生まれの問題だ。だから、敵の技術原理を真に理解することが出来ず、攻略の糸口を掴むことすら難しいだろうということまでもが分かってしまったのだ。やはりどうにか弟だけでも逃がすしかない。


「目の色が変わったな。お前に何が足りていないのか、しっかり理解できたようだ」


 ガリアーノが相変わらず笑みを浮かべながら、ロイに向かって剣を構える。だが、これまでとは構えの形が違う。剣を頭の高さで地面と水平に持ち、切っ先をロイに向けた。必殺の武技が来る、と警戒を強めたロイの身体に力が入る。


「いくぞ、『幻惑剣』」


 自分に向けられた切っ先が揺れるように見えた、と認識した次の瞬間無数の斬撃がロイを襲ってきた。およそ人間に向けて放たれるあらゆる方向からの斬撃が一度に襲ってくる感覚。即座に回避は不可能と悟ったロイは急所をかばうようにして身を屈め、攻撃を耐えることにした。


 肩口から鮮血が飛び散るのが目に入り、一拍遅れて激痛がロイの左肩を襲った。


「……?」


 おかしい。全身を斬り刻まれる覚悟をしていたのに、斬られたのは左肩のみだ。決して浅くない傷だが、予想していたダメージと比べれば軽すぎる。どうやら、先ほど見えた無数の斬撃は相手を惑わすための偽物フェイクだったようだ。ガリアーノの武技は無数の斬撃などではなく、攻撃の軌道を相手に読ませない究極のフェイント攻撃ということらしい。


 ならばやり返せる隙があるのかと言えばそんなことはなく、ガリアーノの武技は自分には避けることも防ぐことも出来ないという絶望的な理解を得ただけだった。唯一つけ入る隙があるとすれば、この男は自分達をあっさり殺すつもりなどないらしいということだ。


「色々と理解してくれたようだな。もっとあがいて楽しませてくれよ!」


 ガリアーノが楽しそうに笑ってまた剣を構え――


「楽しんでるところ悪いんだけど、そろそろ時間だよ」


 初めて聞く、少年のような声が響いたかと思うと、ロイの身体を黒いもやのようなものが包み込んできた。振り払おうとしても離れず、それどころか強い力で身体が締め上げられていく。


「くっ、魔術師メイガスか!」


 新手、それも魔法の使い手が現れたとなるともはやロイには生き延びるすべは存在しないと強く認識した。ならば、もはやできることは一つしかない。


「アニキ!」


 ルドルフが声を上げた。意識がはっきりしているようだ。なんとも都合がいい。


「走って逃げろ! 絶対に生き延びるんだ!!」


 ロイは持てる力の全てを振り絞り、ルドルフに向けて叫んだ。絶叫と言ってもいい。ことここに及んで、ついにルドルフは兄に背を向けて走り出した。


「逃がしちゃダメだよ」


「けっ、興が削がれたぜ。おおい、兵隊ども。あの男を追いかけろ。絶対に逃がすなよ」


 どうやらローブの少年と青年剣士は追ってこず、無数の兵士が自分を追いかけてくるようだ。ならば、大丈夫。絶対に逃げ延びてやるとルドルフは歯を食いしばり、ぼやけてよく見えない景色に向かって全力で走っていくのだった。

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無尽のフィデリタス ~王国最強の忠臣だったけど無能な二世に追放されたので隠居しようと思いましたが、この国に対する忠誠は変わらないようです~ 寿甘 @aderans

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