遭遇戦

 炎に包まれるホルド村の中心部で、ティアルトとガリアーノが配下の指揮官を集めて戦況の確認をしている。


「全員殺していいとは言ったけど、火を放つのは迂闊な行動だな。どの部隊がやったか分かる?」


 冷たい目で指揮官達を見つめながら、淡々と質問をするティアルトにガリアーノがぶっきらぼうな口調で声をかける。


「無理無理、平民を一方的に殺して回る殺戮ショーの演者になった兵士はあっという間に狂っちまうからな。どうせ暴走した一兵卒がどこの部隊にもいるんだろ。実際火の手が上がったのは複数個所からだ」


「やれやれ……火が周りの森に広がらないように、一番外側の建物を破壊していって」


 ティアルトの指示を受けると、各部隊の指揮官達はすぐに役割分担を決め、部下へ命令を出すためにその場を離れていった。


「ところで、皇帝陛下から授けられた兵は一万だろ? なんでたった二百人の兵でこの村を攻めたんだ?」


 散っていった兵を見送りながら問うガリアーノに、ティアルトは面白く無さそうに答える。


「これでも多いくらいさ。大量の兵を一度に動かすと、それだけ多くの物資が必要になるからね。王都までの道のりは長い。一万の兵隊の腹を満たす食料を用意したら、それを運ぶためだけの大部隊が必要になるほどだよ。使った装備の手入れもしなきゃいけないから、戦闘に参加する兵の数が増えれば増えるほど、一戦の後の整備に時間がかかるしね。必要最小限の兵で進軍し、切り開いた道を本隊が一気に移動すれば、それだけ少ない物資で王都まで攻め込める」


「なるほどねぇ。軍を動かすってのは面倒くせえな。俺は何も考えずに剣を振っていたいね」


「君に求められる戦果を挙げてくれれば何も文句はないよ。体を動かすのに頭は二つもいらないしね」


 そんな会話をする二人のもとへ、伝令の兵士が駈け込んできた。


「敵が現れました! 強力な武技を使う剣士です」


 全力で走ってきたのだろう、息も絶え絶えになりながら敵襲を報せた兵士にガリアーノが近づくと、その肩に手を置いて労った。


「よく報せてくれた。あとは俺が何とかしてやる。安心して休め」


 部下を労う上司、といえば聞こえはいいが、ガリアーノは早くも自分の出番が来たことを喜んでいるだけだ。


「敵の数とやってきた方向は確認してね」


 軽くため息をつきながら声をかけるティアルト。自分達の動きがベリアーレの軍に知られていたら非常に不味い。大量の兵をつぎ込んで蹂躙する方針に変えなくてはいけない。さっき自分で口にした、膨大な兵站管理が必要となってくる。なんとも面倒くさい展開だ。


「敵は二人、側道の入り口からやってきました」


「なるほど、たまたま通りがかった傭兵かなんかか。行ってくるぜ」


 それだけ聞くとすぐに伝令がやってきた方向へと走り出すガリアーノの背中に、ティアルトが忠告する。


「一人ではなく二人なら軍の巡回の可能性もある。武技の使い手はそれほど多くないんだ、油断はしないようにね」


 見送ったあと、少し考えたティアルトは伝令にこの場へ留まるよう指示した。


「ちょっと僕も見てくる。君はここに残って、誰か来たらあっちに行ったって伝えて」


 レガリスの加護を甘く見てはいけない。ガリアーノは優秀な剣士だが、敵の実力を過小評価するきらいがある。


◇◆◇


 ロイとルドルフは遭遇した兵士を次々となぎ倒しながら村を走り回っていた。生き残りの村人は見つからない。だが未だ村のどこかから悲鳴が聞こえてくる。時間が経てば経つほど危険は増すが、一人でも救える可能性があるなら逃げだすわけにはいかない。ほんの数週間前の自分達だったら、とっくに見切りをつけて村を脱出していただろう。だが、人の温かみを知ってしまった今はそんな気持ちになれなかった。


 クオ・ヴァディスのような包容力のある人間になりたいのだ。ここで逃げ出してしまったら、何も変わらない。


「やっと見つけたぜ、まさか村を走り回って兵を殺しまくってるとはな」


 悲鳴を頼りに村を進むと、正面から背の高い青年剣士がやってきた。明らかに他の兵士達とは装備も動きも違う。危惧していた事態が起こってしまったことを理解したロイは、剣を構えて弟に声をかける。


「……ルドルフ、お前は脱出してテルミノ村に行け」


「アニキを置いて逃げられないよ!」


「バカ! 二人ともここでやられたら誰がこのことを人に報せるんだ。さっきの伝令を腰抜けだと思うのか?」


 大切な仲間を見捨ててでも必要な情報を伝えるために走る判断ができるのは、鋼の精神力を持つ者だけだ。ルドルフには、理屈で分かっていてもそれを決断する勇気が無かった。


「二対一なら勝てるかもしれない」


 戦斧を構える弟を見て、ロイは何とかしてこの敵を倒さなくてはと心を決める。もはや言い争っている猶予もなかった。


「へっへ、逃げずに向かってくる奴は好きだぜ」


 ガリアーノが剣を抜き、攻撃の態勢に移行する。


「『孤狼斬』!」


 先手必勝とばかりに、ロイが全力で仕掛けた。相手の態勢が整えば、向こうが強力な武技を放ってくるだろう。最も勝機があるのはこのタイミングでの全力攻撃だと判断した。


「ほう、なかなかいい技を持ってんじゃねえか」


 しかし、ガリアーノはロイの強襲を軽く身体を捌きながら剣で受け流した。高速の突進に反応できるほど速く、強化された斬り込みは正面から受けずに力の方向をそらしていなす。ロイは一瞬で敵の腕前が自分より数段上だと確信した。


「うわあああ!」


 そこにルドルフが戦斧を振り下ろしてくる。ガリアーノはまた流れるような動きで攻撃をかわした。表情一つ変えずに凶悪な斧の一撃を紙一重でかわすと、ガリアーノはルドルフの目を見て問う。


「なんだ、お前は武技が使えないのか?」


 ガリアーノが無造作に振った剣が、ルドルフの首元を掠めていった。ガリアーノによる攻撃の瞬間、ロイがルドルフの襟首を掴んで後ろに引っ張ったのだ。


「あ、あああ……」


 絶望的な実力差を感じ、すくみあがるルドルフだったが、ガリアーノの興味はロイに移った。


「俺は強い奴をぶちのめすのが好きでね、もっと楽しませてくれよ」


 ルドルフをかばうように前に出たロイは、剣を構えると大きく息をついた。実力差は圧倒的だ。だが、強い者が常に勝つわけでもない。この場から逃げ出すことはもうできない以上、何をしてでも勝つしかないのだ。


 二人の剣士が、同時に地を蹴った。

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