ホルド村
ロイとルドルフは林を貫いて伸びる道を徒歩で移動していた。左右の木々も葉を落とし、寒い時期を乗り越える準備を終えている。寒くなると多くの広葉樹が葉を落とすのは、寒さに耐えるためだという。日照時間が減り、太陽の光からエネルギーをもらう量が減り、多くの葉に行き渡らせるためのエネルギーを確保するのが難しくなるから、葉を落としてスリム化し、省エネ状態になって冬眠をするのだ。つまりこの木々は今、半ば眠っている状態ということだ。
ロイ達は寒々しい裸の木々を横目に、白い息を吐きながら歩く。目的のホルド村までは数日かかる。歩いていれば身体が熱を生じて寒さに負けることもないが、夜になれば野宿だ。想像しただけで暖かさが恋しくなる。
「アニキー、テルミノ村は良いところだったなー」
「そうだな、クオのおっさんのおかげで村の人達とも仲良くなれた……俺達ゃ人付き合いが得意じゃねえからよ、あんな風に上手くはやれねえが、ちっとは見習ってみるか」
どこの村でも労働力としては感謝されるが、積極的に近寄ってくる者もいなかった彼等に、好意的に接してくれた年長の剣士を思う。彼のように人を尊重する振舞いをしたいと思うが、ロイ達は人を尊重するために何をすればいいのかということを一切学ぶことなく生きてきた。それは彼等の性格等の問題ではなく、生まれた境遇の問題だ。辺境に生まれ、まともな教育を受けることができず、それでも持って生まれた健康で強い肉体を活かしてできることをやり、生き延びてきた。並々ならぬ努力をしてきたが、その努力に目を向ける人などおらず、彼等兄弟は勉学や就労から逃れてきた忍耐の無い人間だという目で見られ続けている。そんな人間が、どうして他者を尊重できようか。
しかし、クオ・ヴァディスとの出会いによって彼等は知ってしまったのだ。もっと上のステージで生きる道があることを。憧れを抱いてしまったのだ。彼のような生き方に。
「うーん、難しいなー。アニキも優しいのに、何が違うんだろうなー」
ルドルフの言葉に肩をすくめる。優しい、というのは重要なキーワードに思えるが、弟は何をもって自分が優しいと感じるのか。そして他の人間は何故そう感じないのか。そういったところがロイにはいまいちピンとこない。実際のところ、ロイとルドルフの兄弟は大柄な青年だが柔らかな髪質の金髪と輝くような青い目を持ち、整った顔立ちをしている。立ち居振る舞いを変え、言葉遣いを丁寧にするだけでまったく違う反応を受けるだろう。だがそれが彼等には一切分からないのだ。〝そういう人間〟が好ましいという常識を学んでこなかったから。彼等もクオ・ヴァディスのような気のいいおじさんを好ましいと思うし、恐らく王都に住む貴族の好青年と接すれば心を開くだろう。感性としては普通の人間と変わらないものを持っているのだが、どうしても自覚できないのだ。
その後は野宿を繰り返しながら道を歩き、厄介な魔獣に出会うこともなくホルド村の近くまでやってきた。そんな彼等の目に、普段とは違う光景が見えてくる。裸の木々の合間から見える地平線の向こうに、赤い光が揺らめいていた。黒い煙も立ち昇っている。
「火事だ! ホルド村が燃えている!」
何があったのか、村から火の手が上がっているのを目撃したロイとルドルフは、すぐに走り出した。村で火事が起こっているのなら、まさに彼等の助けが必要だろう。一刻も早く村にたどり着き、消火活動を手伝わなくてはと考えていた。
だが、村に近づくにつれて単なる火事とは違う物騒な音が聞こえてくる。村人達の悲鳴や金属の擦れ合わさる甲高い音、そして辺境の村には珍しい、若い男達の笑い声。
ホルド村は国境近くにある村だ。こういう事態が発生することも可能性として頭の中には入っていた。
「これは侵略だ! 帝国の連中が軍を率いて攻め込んできたんだ」
ロイがそう叫んで剣を抜くと、ルドルフも戦闘用の斧を取り出して後に続いた。いっそう足を速めると、すぐに村を襲撃している兵士達の一部に遭遇する。
「くらえっ、『
ロイは最初から全力で敵を倒しにいく。相手は人間を殺すように訓練された戦士の集団なのだ。一兵卒と侮れば簡単にこちらがやられる。
「ぎゃあっ!」
「敵が現れたぞ! ガリアーノ様に報告しろ!」
最初の一人が悲鳴を上げて絶命すると、他の兵士達はすぐに迎え撃つ構えを取り、伝令が指揮官の元へと走る。その統制が取れた動きを見たロイは、この連中が間違いなく隣国の野心あふれるブリテイン帝国の正規軍だと確信する。これは厄介なことになった。徒党を組んだ盗賊の群れであったならどんなに良かったことか。
「おりゃー!」
すぐにルドルフが斧を振りかぶって兵士達に向かっていく。その勢いに怯むことなく剣を向けた兵士達だが、それはつまりたった今仲間を一人殺した強敵から目を離してしまったということでもある。
「『孤狼斬』!」
ロイの放った必殺の一撃が数人の兵士を一度に斬り捨てる。敵の連携に穴が開いた場所を目掛けてルドルフが飛び込み、力任せに戦斧を振るうと残りの兵士達が紙きれのように吹き飛んだ。
「……ちっ、伝令を逃がしちまった。ボスが来る前に少しでも敵の数を減らすぞ! 村人の生き残りがいたら最優先で助ける!」
「わかったぜ、アニキ!」
二人は、兵士達の残骸をそのままにして悲鳴と怒号の響く村へ駈け込んでいくのだった。
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