侵攻の気配

「おっさんはどんな武技が使えるんだい?」


 冬支度の手伝いということで、万事屋の兄弟と一緒に薪割りをしていたところ、ロイがこのような質問をしてきた。以前にも村の子供から聞かれたが、今回はちょっと発言者の様子が違うようだ。クオ・ヴァディスを見つめるその青い瞳は真剣そのもので、間違いなく彼が何らかの武技を使えるはずだと確信しているのがわかる。


「私は武技が使えないんだ。才能が無くてね」


 事実として、クオ・ヴァディスは武技が使えないので子供に答えたのと同じことを言うしかない。だがそれでロイが納得するはずもなく。


「そんなわけないだろ、あんたが斧を振るう姿を見れば、相当な剣の使い手だってのはわかる。手の内は晒さない主義かい?」


 ロイも腕利きの剣士だ。クオ・ヴァディスもロイの立ち居振る舞いや薪割りの手際からその強さを感じ取っている。だからその逆も当然にあるものとして、ロイがクオ・ヴァディスの腕前を見抜いているのは分かっていた。だからこそ、どう説明したらいいのやらと困ってしまった。実は隠しているんだと嘘を吐いてしまえば楽だが、彼としては信用して交友を持とうとしている相手に嘘は吐きたくない。


「いや、本当に才能が無いんだ。ずっと剣の修行をしてきたが、私はついにレガリスの声を聞くことができなかった」


「お、オイラと同じだー!」


 そこにルドルフが嬉しそうな声で口を挟んできた。彼は大工だと聞いたが、共に過ごしているとロイに負けず劣らずの腕前を感じる。そのルドルフも武技を持っていないということは、やはり強ければ武技を使えるというわけではないようだ。


「そんじゃあ、まだ目覚めていないだけだな。相当な遅咲きだな、おっさん」


 するとクオ・ヴァディスにとって思いもよらなかった言葉がロイの口から出てきた。まだ目覚めていない。確かに武技の使い手は生まれつき使えたわけではなく、何らかのきっかけで武技を覚えるのだと聞いている。言われてみれば、この歳になってもまだ目覚めていなかっただけ、という可能性はゼロではないのだろう。


「まだ目覚めていないだけ、か。考えたこともなかったよ」


 これまでの人生でいくら努力しても結局報われなかったから、自分の人生は報われないまま終わったように思っていた。だが考えてみれば、この村では自分は若い方だ。人生の残り時間は、まだまだ長い。もう四十だと思っていたが、まだ四十なのだ。この村にきて第二の人生が始まった。この人生は今のところ順調な滑り出しである。


「武技に目覚めるのは、レガリスが必要と考えた時だと言われている。だがよ、俺からすりゃあそんなの出鱈目だと思うね。俺がレガリスに話しかけられたのは便所でクソしてた時だぜ? いったい何に必要だってんだ」


 肩をすくめて言うロイの言葉に声を上げて笑う。たぶんこのエピソードは彼がここぞという時に披露する一番の笑い話なのだろう。内容が内容なだけに、披露できる相手は相当に少ないと思われる。敬虔な信者が聞いたら顔を真っ赤にして怒り出すか、しかめっ面をしてその場を去るかもしれない。こんな話をしてくれるということはそれなりに信用してくれているのだ。喜ばしいことだと思った。だから、ルドルフと肩を叩き合って心の底から大笑いしたのだった。




「そんじゃあ、俺達はホルド村に行くぜ。またな、おっさん」


 一週間ほど滞在し、この村でも多くの仕事をこなした兄弟は、次の村を目指して出発するという。クオ・ヴァディスが最初に彼等と打ち解けたおかげで、この期間中村人達も兄弟によく話しかけるようになっていた。ある時マリルがこれまでの素気無すげない態度を詫びたが、ロイは「どこでも同じようなもんだ」と気にしないよう諭した。温かく迎えてくれたクオ・ヴァディスが特別なのだと言い、むしろ余所者はよく警戒するようにと忠告までするのだった。


「楽しかったぞー! オイラ、次に来る時には武技を覚えてるかもな!」


「じゃあ、どっちが先に武技を覚えるか競争だな」


 ルドルフと再会を誓う握手をする。本当に気のいい兄弟だった。できることならずっとこの村にいて欲しいとさえ思ったが、近隣の村も彼等の力を必要としているだろうと思えば、引き留めることもできない。せめてこうやって約束をして繋がりを維持したいと考え、年甲斐もなく競争などと口にしてしまった。パルミーノであった頃には誰かと競うことなんてもう考えられなかったから、なんだか若返ったような気持ちになれた。


「最近、国境の辺りが騒がしいからね。気をつけていきな」


 雑貨屋のアリエッタが、兄弟に餞別のポーションを手渡した。彼女は多くの力仕事を兄弟に言いつけていたが、金払いもいいので二人は特に彼女の仕事を好んでいた。正当な対価を支払い、受け取るのが信頼の証であるという信念がロイとアリエッタに共通するようだ。村人の中ではクオ・ヴァディスの次に兄弟と仲が良いのがアリエッタである。


 多くの村人が集まって二人の出発を見送り、ほんの一週間前とはまるで違う温かな光景が広がっていた。


◇◆◇


 一方その頃、ホルド村から少し離れた国境付近に、多くの屈強な兵が集まっていた。その集団に向かって立ち、指示を出しているのが黒いローブを着た少年と背の高い青年剣士だった。


「ティアルト様、ガリアーノ様、部隊の準備が整いました!」


「遅いよ、もたもたしていたら敵に気付かれるだろう? 次からは半分の時間で集まってね」


「いいからさっさと行こうぜ。王都はずっと遠くなんだからよ」


 叱責するティアルトに対し、面倒くさそうに声をかけるガリアーノ。報告した兵は背筋を伸ばしたまま敬礼をすると、踵を返して部隊の指揮に戻った。


「最初の目標はホルド村ね。大した生産性のない寒村だ、全部殺していいよ」


 ティアルトの言葉を合図に、侵略の軍勢が動き始めた。

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