荒くれ兄弟

 クオ・ヴァディスが村にやってきてしばらく経ち、すっかり朝方は冷え込むようになってきた。そろそろ本格的に冬の準備をしなくてはいけないな、と種まきが終わって芽が見え始めた麦畑を眺めながら考えていると、村の入り口の方向から騒がしい声が聞こえてきた。


「うおー! やっと酒が飲めるぜ!」


「やったなアニキー!」


 威勢のいい男の声だ。村の若者が帰省したのだろうかと様子を伺うクオ・ヴァディスだが、見知った村人達の顔に困惑の表情が浮かんでいるのが目に入り、どうやら声の主は村の人間ではないらしいと察した。ただ、村人達が恐怖に怯えるような態度でもないので、盗賊の類でもなさそうだと思ったクオ・ヴァディスは声の主と接触することにした。


「あっ、クオさん」


 同じく様子を見にきたのか、マリルと鉢合わせになる。彼女も困ったような表情をしているので、どうしたのか聞いてみることにした。


「マリルさん。村に来た人がいるようですが、皆さんお知り合いなのですか?」


「知り合いというか……あの二人はこの辺りの村を渡り歩いている流浪の万事屋よろずやで、力仕事や魔獣退治を引き受けて対価を受け取っては、行く先々の村で飲み食いをして暮らしている有名な兄弟です。兄のロイさんは腕利きの剣士で弟のルドルフさんは力自慢の大工だとか」


 話を聞く限りではこのような村にはありがたい存在としか思えないが、村人の態度やマリルの話しぶりからして、あまり歓迎はされていないようだ。おそらく……とクオ・ヴァディスは過去の経験から彼等の行状を推測する。


「村の人に乱暴をするんですか?」


 粗暴な人間は力を誇示する目的で軽々に手を出すことがよくある。それは他にコミュニケーションの方法を知らなかったり、自信がないことの裏返しだったりするのだが、クオ・ヴァディスは今回、実際にはそうではないだろうという予測を立てていた。


 要するに、力の強い者が礼儀正しくしていない時には周囲の人間が勝手に暴力を連想して委縮してしまうのだ。それは恐れられている当事者にとっては極めて理不尽な扱いである。しかし素朴で力の無い人間からしてみれば、そのような態度を取ることは必然であり、力があるのに礼儀正しくしない方が悪いとまで思ってしまうものだ。


 クオ・ヴァディスはかつて軍の新兵を多く見てきた中で、そのような『作られた乱暴者』が想像以上に多いことを知っていた。兵士になるような若者は、その多くが使命に燃えているか、出稼ぎか、あるいは家族の口減らしのために自分を差し出した者達だ。動機や熱意の差こそあれ、誰もが〝誰かのために〟厳しい仕事を選んでいた。


「いえ、乱暴をされた人はいません。みんな、何となく苦手っていうか……」


 マリルが居心地の悪そうな態度でクオ・ヴァディスの質問に答える。村の者達が厄介者扱いしていることを新入りにはっきりと伝えるのは憚られるのだ。あの兄弟に村人達もお世話になっているという事実があり、クオ・ヴァディスとは村に住んでいるかどうかの違いしかない立場だということは分かっている。だからこそ、そんな兄弟を村人達が嫌うとまではいかなくとも苦手としていることをクオ・ヴァディスに伝えるのはとても気まずい。


 概ね予想通りだと理解したクオ・ヴァディスは、既に村で唯一の酒場に入った兄弟を追っていく。良好な関係を築けば村にとっても自分個人にとっても利益が大きいだろうという打算が半分、もう半分は恐らくこれまで温かく迎えられたことがないであろう兄弟を労いたいという気持ちだ。尽くした相手から冷たくされる辛さは誰よりもよく知っているつもりだった。


「やあ、初めまして」


 既に一杯空けて大声で直近の武勇伝を語り合っている兄弟に、自分も店のマスターから受け取った大きなジョッキを手に話しかけた。彼等が飲んでいるのは大麦を上面発酵させたエールだ。王都ではホップを使ったビールをよく飲んでいたが、一般的にはエールの方が馴染み深い。


「なんだおっさん、初めて見る顔だな」


「アニキー、この人強そうだぞー」


 話しかけられても嫌な顔をしない、それどころか歓迎の態度を見せる兄弟を見て、クオ・ヴァディスは自分の予想が当たっていたことを確信した。それならば、この場にうってつけのものがある。


「私は最近この村に移住してきたクオ・ヴァディスという者だ。君達がこの周辺で活躍していると聞いてね……マスター、昨日のあれを出してくれ」


「俺は万事屋のロイ、こいつは弟のルドルフだ。あれってなんだ?」


「ちょっとね、この村はお年寄りと子供ばかりだろう? 獲ったはいいが消費するのに苦労してね」


 自己紹介と共にマスターに声をかけると、店のバックヤードから大きな皿の上に無造作に積み上げられた肉の山を台車に乗せて持ってきた。兄弟から歓声が上がる。


「畑を荒らす大きな鹿を何頭か仕留めて、捌いたまではいいんだがね。これを減らすのに協力してくれないかい? 食べ尽くしてもらっても構わないよ」


「おおすげえ、肉だー」


「こりゃありがたいが、こんなに良くしてもらったら対価を支払わなくちゃならねえ」


 無邪気に喜ぶ弟と神妙な顔をする兄が対照的だ。施しは受けられないという兄の態度に、彼の心根に形成されたプライドがうかがえる。


「これはいつも村に手を貸してくれているお礼さ。それでも気が済まないって言うなら、冬支度をいくらか手伝ってくれないかい?」


「冬支度か……いいぜ、引き受けよう。あんた、気が回るな。この村もいい人材が手に入って助かってるんじゃないか」


「さてね」


 ささやかな契約が成立し、クオ・ヴァディスはロイのプロ意識と誠実さを気に入り、ロイはクオ・ヴァディスの柔軟性と鷹揚さを評価した。その後三人は多くの肉と共に酒を交わし、打ち解けていくのだった。

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