武技
ベリアーレ王国と国境を接する国に、ブリテイン帝国という巨大な国家がある。元はブリテイン帝国の中にベリアーレ地方という土地があって、帝国から独立して王国を名乗ったのがかつてその地の領主であったセリア・ストームガルトである。帝国からすれば、反逆者の国といったところだろうか。当然、再びこの土地を支配下に置きたいと考え幾度となく兵を出して制圧に乗り出した。それをことごとく打ち倒して追い返したのがパルミーノ・アル・カドーレ将軍なのだ。
「陛下、ティアルト殿より報告がありました。セリア二世はパルミーノを放逐し、現在ベリアーレの防衛は機能していないとのことです」
「ではティアルトに一万の兵を与える。見事ベリアーレを落として見せよと伝えるのだ」
ブリテイン帝国皇帝ルーベルト四世は報告を受けると即座に侵攻を指示した。それだけ、かの国を攻めるのは帝国にとって当たり前のことであり、隙があれば侵攻するという意識が臣民にも共有されているのだった。
◇◆◇
村に戻ってきたクオ・ヴァディスとマリルは、すぐ子供達に囲まれた。彼等はマリルの持つ籠いっぱいにヘリオ茸が入っているのを見ると、歓声を上げる。
「すげー! お金持ちだ」
「魔獣はいなかったの?」
「それが、凄かったのよ! 襲ってきた魔獣をクオさんが一瞬で真っ二つにしちゃったの」
はしゃぐ子供達に、それ以上に興奮した様子でマリルがクオ・ヴァディスの活躍を報告する。その本人にしてみればただ一回剣を振っただけでここまで喜ばれるのも何となく申し訳ないような気持ちだったが。
「おじさん、そんなに強いんだ! ねえねえ、俺に武技を教えてよ」
目を輝かせた男の子が投げかけた言葉に、クオ・ヴァディスは首を傾げた。
「ブギ?」
「強い人は武技が使えるんでしょ、父さんが言ってたよ」
「ああ……あれか」
そういえば、と兵を率いていた時のことを思い出す。確かに多くの兵達が特殊な技を駆使して敵と戦っていた。神より授かった才能が戦士に特別な力を与えるのだとか。だから武技が使える人間は強いとされていた。
だが、パルミーノにはその才能が無かったのか、武技というものがまったく使えなかった。それでも愚直に剣の修行を続け、最強と謳われるまでになっていたのだ。一切武技を使わないパルミーノの戦いぶりを見た人々は口々に「武技を使うまでもないほどに強いのだ」と語った。彼に武技を使わせるほどの強敵は未だ現れていないと。それはつまり、強い者は武技という力を神から授かっているという常識が浸透していることを意味している。だからこそ、パルミーノは神を信じる気にはなれなかったのだ。レガリスの加護など、彼には微塵も感じられなかったから。
「ごめんな、私は武技が使えないんだ。才能が無くてね」
「なーんだ、大したことないんだね」
男の子が馬鹿にしたようなことを言うが、クオ・ヴァディスが気を悪くすることもない。子供特有の素直さは微笑ましく感じるし、適度に侮られていた方が都合がいい。だがマリルや女の子は彼を非難する。
「ルインなんかウサギだって狩れないくせに!」
「武技なんか使えなくても、クオさんはとっても頼りになる人よ」
ルインと呼ばれた男の子は二人から一斉に非難されてバツの悪そうな顔をする。クオ・ヴァディスが仲裁に入ってその場は穏当に収まり、マリルと二人で雑貨屋へと向かうのだった。
「ずいぶん沢山採ってきたね。これだけあればしばらくは薬に困らないだろう。この村はね」
大量のヘリオ茸を見たアリエッタが笑いながら金勘定を始めたが、彼女の口ぶりになんとなく違和感を覚えたクオ・ヴァディスが質問する。
「どこかで多くの薬を必要としているのでしょうか?」
軍で重用されているハイポーションは、比較的大きな怪我も一晩で治してしまうほどに強力な魔法薬だ。そんなものは五本もあれば村が丸ごと冬を越せるだろう。二人が採ってきた素材で作れる薬はその倍以上にもなる。それでも足りなくなるほどに怪我の絶えない場所というのは、戦場ぐらいなものだ。国内のどこかが荒れているとすれば、気分が落ち着かない。先日追放されたとはいえ、この国のことはずっと愛しているのだ。
「そうだねぇ、王都をモンスターが襲撃したって話さ。優秀な警備兵達が撃退したそうだけど、怪我人は多いみたいだね」
「王都にモンスターが!?」
そんなことはここ数年起こったことがない。自分が去った後の王都にいったい何があったのかと心配になるクオ・ヴァディスだが、それ以上に隣で聞いていたマリルがショックを受けていた。
「王都には世界最強のパルミーノ将軍がいるんでしょう? コロゾフがいつも誇らしげに話していたわ」
コロゾフはクオ・ヴァディスをこの村に連れてきてくれた兵士だ。マリルの口ぶりからして、親しい間柄なのだろう。同じ村の同年代なら親しいのも当然ではあるが。そういえばあの後コロゾフは無事に王都へ帰ったのだろうか、と彼の安否が気になった。
「おや、この村にはまだ報せが届いていなかったっけ? パルミーノ将軍は王様に嫌われて王都を追い出されたんだよ」
アリエッタが意地悪そうな笑みを浮かべながらマリルにパルミーノ追放の話を教える。確か内通の罪をでっち上げられたはずだが、とアリエッタの話を聞いていた本人は内心首をひねった。彼女は正しいことを言っているが、正しいからこそ情報源が気になる。もしかしたらクオ・ヴァディスの正体に気付いているかもしれない。パルミーノの顔を知っていれば、変装もしていない彼のことはすぐにわかるだろう。
「そんな……王都にはこの村から出稼ぎに行っている人も多いのに」
マリルの驚きは結局のところ知り合いが危険に晒されているという点についてのものだが、それが狭量であるとは言い難い。誰でも、知らない大勢の人間より少数の知り合いを心配するものだ。クオ・ヴァディスとしては、この村に若い男性がいない理由が想像通りだったことを知れて安心できた。それよりも王都が心配だが、後を任せたアントニオならそこらのモンスターにやられることもないだろうとも思っている。
「でもモンスターは撃退されたからね。奴等も馬鹿じゃない、わざわざやられるために王都を攻めたりはしないだろうさ」
肩をすくめて語るアリエッタの言葉に二人も賛同し、話題は森でのクオ・ヴァディスの活躍に移っていくのだった。
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