新生活

 クオ・ヴァディスはマリルに案内されて村で唯一の雑貨屋にやってきた。


「いらっしゃい、アンタが新しく村に来たって人だね。狭い村じゃ噂があっという間に広まるもんさ」


 店に入るなり店主が話しかけてきた。老婆と言っていい年齢の女性だが、生命力にあふれた鋭い眼光をこちらに向け、力強い口調ではっきりと喋る。真っ白な髪は肩に届かないぐらいの長さで、手入れが行き届いているということは散髪の店もあるのだろうと推察できた。


「ああ、アタシはここで雑貨屋をしているアリエッタだ。製薬もやってるから薬草を採ったら持っておいで」


「よろしくお願いします、私はクオ・ヴァディスといいます。今日からこの村で暮らすことになりました」


 挨拶を済ませると、生活に必要なものを一通り見繕ってもらう。マリルとも相談しながら生活雑貨を確認していると、アリエッタがニヤニヤと笑いながら二人の様子を眺めている。


「この村には若い男が少なくてね。何かと頼ることが多いと思うけど、よろしくね」


 若い男と言われると違和感があるが、アリエッタから見れば自分など子供と変わらないように見えるのかもしれない。クオ・ヴァディスはもとよりそのつもりだった。これまでの人生、人に尽くすことだけが自分の存在意義だったのだ。できることがあるなら何でもやりたいと思っていた。それがよそ者である自分がこの村に受け入れられる一番の道だとも。


 買い物を終え、家に荷物を置いたクオ・ヴァディスはさっそくマリルの薬草採りに付き合うことにした。薪を作るためにも森には頻繁に入る必要があるし、この辺りの地理に明るくなっておきたいという思惑もある。


「いいんですか? ではお言葉に甘えて」


 マリルも積極的にクオ・ヴァディスと関わっていくつもりのようだ。家族構成などが気になったが、詮索するのも良くない。彼女の後についていく形で共に森に向かう。


「マリルおねーちゃん、森に行くの?」


 森へと向かう道すがら、村の子供達が群がってきた。彼女は人気者のようだ。


「おじさんも一緒に行くのー?」


 クオ・ヴァディスにも気安く話しかけてくる。人見知りしない子達なのか、マリルと同行しているから警戒されないのだろうか。


「ああ、私はマリルさんのお手伝いさ。弱い魔獣ならこの剣で追い払えるからね」


「すごーい! じゃあヘリオ茸も採ってこれる?」


 ヘリオ茸とは、強い魔力を宿したキノコで通常より効果の高いポーションの材料になるものだ。有用で生息地が限られているので高値で取引される。


「この辺にヘリオ茸が生えているんですか?」


「ええ、以前は村の人達と一緒に森の奥まで行って採れたのですが、私一人ではそこまで行けなくて」


 マリルに聞くと、彼女は以前ヘリオ茸を採っていたらしい。それが今では森の入口辺りに生えているサナレ草という薬草を摘むばかりになったという。


「サナレ草とヘリオ茸があればハイポーションが作れますね。行きましょう」


 ハイポーションは軍でも重宝される薬だ。安定して作ることができれば、かなりの収入が期待できる。二人でその場所まで行くことにした。


「がんばってー!」


「危ないからついてきちゃダメよ」


 声援を送る子供達に、忘れず釘を刺すマリル。良好な関係と彼女の面倒見の良さがうかがえた。


「そこの木に青く光る苔がついているでしょう? あれは乾燥させて煎じると鎮静剤になりますよ」


 森に入り、目的の薬草以外にも有用な素材を見つけるとマリルに教えていく。


「凄いですね! 薬の知識も豊富なんですか?」


「都で仕えていた時に学んだ知識です」


 そんな会話をしながら森を歩く。危険な魔獣の気配もなく、平和なひとときが過ぎていった。


 しばらくして、目的の地点に到着した。喜んでヘリオ茸のある場所に近寄ろうとするマリルを引き止め、少し待つように伝えた。


「どうやら魔獣がいるようです。たぶんヘリオ茸を囮にして獲物が近づくのを待ち構えているのでしょう。あのキノコは傷ついた動物にも効果がありますからね」


 魔獣と聞いて青ざめるマリルだったが、クオ・ヴァディスは笑顔で大丈夫だと伝える。


 そして剣を抜き、ヘリオ茸の群生地に近づいていく。すぐに茂みの中から大きな獣が飛びかかってきた。


 知恵が回り、人間に害をなす獣を総じて魔獣と呼ぶ。人間に害をなす人間以外の生物をモンスターと呼ぶ。なにはともあれ、薬効のあるキノコを囮にして獲物を狩るこの獣は魔獣と呼んで差し支えないだろう。


「はっ!」


 クオ・ヴァディスが魔獣の姿を確認もせずに剣を振るう。襲いかかってきた魔獣は大人の男性ほどもある山猫のようだったが、次の瞬間にはその体が上下二つに分かれて地面に転がっていた。


「他にはいないようだ。もう大丈夫ですよ、マリルさん」


「えっ……す、凄い!」


 山猫は大の男が二人がかりでも苦戦するような魔獣だが、クオ・ヴァディスは蚊でも潰すかのような気安さで一撃のもとに仕留めてしまった。そのことを誇る様子もなく、ただ当たり前の結果として気にも留めていない。


 マリルにとっては、期待を遥かに超えて頼もしい男性が突然目の前に現れたことになる。しかも非常に礼儀正しく紳士的な人物だ。こんな都合の良いことが世の中にあるのだろうか。夢でも見ているのではないかという気分になりつつ、籠いっぱいにヘリオ茸を詰め込んでいく。


 クオ・ヴァディスはと言えば、自分が村人の役に立てたことに満足して、マリルの様子にはあまり意識が向いていない。


 村に戻った二人は、持ち帰った物を見た村人達から大きな称賛と共に迎えられるのだった。

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