英雄不在の王都

 ベリアーレ王都は、暗く静まり返っていた。パルミーノの追放が公告されたのだ。隣国と内通した罪だという。


「あの忠臣パルミーノが裏切るなんて、あり得ない!」


「セリア二世に愛想を尽かしたんだ」


 パルミーノのことをよく知る国民は誰もが彼の罪状については信じなかったが、理由はどうあれこの王都からパルミーノ将軍がいなくなったのは事実である。こんな時に野心あふれるブリテイン帝国が攻めてきたら……と不安を持たずにはいられなかった。


 そういう空気は容易に外へ伝わるものだ。町の外に潜んでいたモンスターが、町に広がる怯えの気配を察知して襲撃を開始した。


「魔獣だーーっ!」


 王都に響く警告の声。まず攻めてきたのは大型狼ダイアーウルフの群れだ。体長三メートルにも及ぶ巨体は、人間の身体などひと噛みでへし折ってしまう。それが十体もの数で連携を取りながら襲ってくるのだ。一般人はもとより、鍛え抜かれた兵士であっても下手に立ち向かえばあっという間にやられてしまう。


 こんな恐ろしい魔獣達も、パルミーノが兵士を率いて道を行けば尻尾を巻いて森の奥に逃げ隠れていたのだ。その最強剣士が不在の今は、我が物顔で王都の外郭に位置する下層民の街を蹂躙している。


 国王軍の精鋭一個中隊が到着して交戦を開始する頃には、町の至る所に血と肉が飛び散り、錆びた鉄のような臭いと汚物の臭いが入り混じった悪臭が辺りを包んでいた。


「くそっ、こんなに多くのモンスターがいったいどこに隠れていやがったんだ」


 精鋭部隊の指揮を任された、パルミーノのかつての弟子であるアントニオが毒づく。彼も剣の腕は相当なものだが、パルミーノのような存在感がないのは比較対象が偉大すぎたがゆえ。結局彼の剣が師匠に届くことはただの一度もなかった。


 アントニオの指揮する部隊はさすがの精鋭ぶりで、ダイアーウルフの群れを相手にしてもまるで引けを取らない。一体を数人で囲み、敵に連携させずこちらは見事な連携を見せて傷つけていく。ダイアーウルフは逃げることすらできずに全て倒されてしまった。兵士に怪我人は何人か出たが、死者はいない。


「パルミーノ将軍がいなくたって、ベリアーレの王都は俺達が守る」


 住民に哀れな犠牲者は多く出たが、それは彼等の落ち度ではないので必要以上に気を病む必要はない。住民達も元々モンスターが襲ってきたらこうなることを覚悟して暮らしているのだ。王都の守りは健在だと納得していた。この時までは。


「オウガだ!!」


 モンスターの二番手が現れた。オウガは一体だけだが、その姿は鬼というより巨人と形容すべきもので、身長は十メートルを超え手に巨大な木の幹を握っている。枝葉や根もついたままだが、棍棒として振るうのだ。


魔術師メイガスを呼べ!」


 巨人相手では、剣で戦うのも困難だ。兵士達は上手く敵を誘導しながら時間を稼ぎ、強力な魔法を使うメイガスに撃退を任せる。


『グオオオオ!』


 雄叫びを上げながら、オウガは棍棒を振り下ろして逃げ惑う住民を地面につく赤い染みに変えていく。精鋭兵も一歩間違えれば簡単にぺしゃんこだ。アントニオは懸命に指示を出しながら剣を振るい、被害を最小限に抑えるように動いていた。


「パルミーノ様がいれば……」


 そんな声が住民達から聞こえてくる。確かにパルミーノはこの恐ろしい巨人すらも剣一本で軽々と仕留めていた。彼がここにいたなら、こんなに苦戦することはないだろう。それどころか、このモンスターはパルミーノを恐れて今までどこかに隠れ住んでいたのだ。襲撃されることもなかった。


◇◆◇


「ふうん……パルミーノが追放されたって、本当みたいだね」


 王都から少し離れた高台の上で、モンスターが町を襲う様子を観察する二人の人物がいた。一人は黒いローブに身を包んだ小柄な男。幼さを感じさせる童顔は少年のようだが、その身を守るように黒い影がいくつも宙に浮かんでいる。後ろに立つもう一人は青年の剣士らしく、鉄の胸当てを布製の服の上に着け腰に一振りの剣を差している。少々長めの黒髪は波打ち、粗暴さを感じさせる筋肉質の顔には不敵な笑みが浮かぶ。


「パルミーノがいようと俺が倒してやるけどな」


 剣士が軽口を叩くと、ローブの男が咎めるように言葉をかけた。


「我らが皇帝陛下は個の武を重んじてはいない。ガリアーノ、君が厚遇されているのは強いからではなく国に貢献しているからだよ」


 そして振り返ると、ニタリと笑って言葉を続ける。


「敵が弱い方が多くの命を奪えるだろう? この機会に手柄を立てさせて貰おうじゃないか」


 その後、王都を襲撃したオウガが魔法で倒される様子を見届けてから二人は報告のためにその場から離れるのだった。


◇◆◇


 モンスターを退けた国王軍だったが、町にはかなりの被害が出てしまった。脅威が去ったことを知った住民達はアントニオや兵士達に礼を述べるが、同時にパルミーノを追放した王への不満を口にする。それを聞いたアントニオも、彼等をなだめる術を持たなかった。


 報告を受けたセリア二世は兵士達を叱責し、止めに入った大臣にも怒鳴り声を上げた。


 この事態を引き起こしたのがセリア二世の愚かな采配であることは明らかで、王都に住む全ての者の間で王に対する不満や失望が急速に高まっていくのだった。

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