第5話 四人パーティの恋の戦いは……


 フィオラが巻き込まれた事件について、動きがありました。

 婚約者のモルソンは「いずこともなく去った婚約者の救い手」を探し始めました。

フィオラを助けた者たちに感謝の気持ちを伝えようとしているのです。

 手がかりもない中、モルソンはギルドに調査を依頼するなど精力的に動きました。果ては、ギャナバスに事情を聞き出そうとまでしました。この時点でもうギャナバスのたくらみはすっかりばれていたのです。

 ギャナバスはソーホ組合の用心棒たちから洗いざらい事件について白状させられて証拠を握られていました。モリソンの訪問を受けると、ギャナバスは身を縮こまらせて、

「あいつらのことは俺もなにも知らないんだ。もうどうか放っておいてほしい」

 とモルソンに懇願こんがんしました。地面にひたいをすりつけてそう言うギャナバスに同情してモルソンは立ち去ります。

 モルソンの動きはソーホ組合を通じてデンテファーグの知るところとなりました。

「骨のある男だ。フィオラ嬢は、いい婚約者をお持ちだな」

 と、デンテファーグは感心し、護衛のロバーリアスたちに「ほうら、いい結果が出た」と言いたげな顔を向けました。

 やり使いレイアリーマが、歌の上手なその美声で、感心します。

「なるほどねえ、デンテファーグはこういうことを言っていたのね。婚約者を守ってくれた恩を忘れない、うん、見どころあるね」

 その言葉に剣士ロバーリアスも深く同意します。

「ぽっちゃり気味の十六歳の若造にしか見えなかったが、いやいや、モルソン、本物の男だな。ギャナバスに話をつけに行ったんだろ。貴族にしとくにゃもったいない」

 踊り子ネルジュイと術者クドジュナも「だよねー」と同じ気持ちのようでした。

 デンテファーグは受付の男ゲナイトに、自分のことをモルソンとフィオラに教えてもいいと許可を出しました。しばらくして面会もはたしました。

 こうして、貴族社会とのつながりが少しずつ広がり始め、デンテファーグはこの異世界での新たな基盤を築いていくのです。けれども、彼女の目標への道はまだ第一歩を踏み出したところです。

 余談よだんながら、フィオラはネルジュイの見事な舞踊ぶようキックに心を奪われ、一瞬だけ恋に落ちかけたとか落ちかけなかったとか。そのささやかなうわさ話はひそかに広まり、ラダパスホルンの一角で語り継がれることになりました。

 じっさいのところは、婚約者がいるフィオラはそんな方向に気持ちが向いたのではなく、華麗かれいさや強さへのあこがれを抱いたという話だったのですが。

 事件以来、フィオラはネルジュイの舞踏に心をかれ、あのときネルジュイが踊った「キノピコ・オコレ」という踊りへの興味が増していきました。ついにはキノピコ・オコレの衣装までそろえ、見せ下着まで用意してネルジュイのもとへ踊りのレッスンに訪れるようになったのです。

 そんなフィオラの意気込みに、デンテファーグとネルジュイはあきれつつも面白そうに話しました。

「下級貴族の子でよかったな。あれ、キノピコ・オコレってさ、ちょっと低俗ていぞくな踊りっていう分類だろう?」  

 と、デンテファーグはロバーリアスにささやきます。

「下級貴族でも、あんまりよくないよ。なあ、ネルジュイ」

「そうねえ。私の本領ほんりょうはもっと芸術性の高い、文化国家ソイギニス仕込じこみの舞踊ぶようなんですけどね。路上でお金をかせぐ人たちはキノピコ・オコレを踊るんですよ。酒場の踊りとかもね。貴族の親御さんが見たら、きっと顔をしかめるでしょうね」

 とネルジュイは言います。

「下級貴族の子でもダメなのか」

「ええ。でも、例によってモルソンくんが、フィオラさんの父上にいどんで説得したらしいのよ。婚約者の父親に食ってかかるなんて、勇気がありますよね」

「愛があるな」

 ネルジュイはため息をつき、

「はあー、そうですよねえー。私もそんな素敵な熱い心を持った恋人がほしいですうーーー」

 と、うらやましげに言いました。

 このやりとりで、デンテファーグはふと気になったことがありました。そこで、二人きりになったおりを見つけて、ネルジュイに尋ねました。

「ネルジュイ、立ち入ったことを聞くようだが、君は仲間のロバーリアスがおもい人じゃないのか? それに、レイアリーマとクドジュナも、同じようにロバーリアスのことを……」

 ネルジュイはあわてた様子で、

「それ言わないでくださいよー。公然の秘密ってやつですか、みんなわかってるんです。ロバーリアスも、誰を選ぶか迷っているのはわかるの」

 と答えました。そこで、ネルジュイははっと気づいたような表情を作りました。、

「ま、まさかデンテファーグもロバーリアスのことを……?」

 と問い返しました。

「いやそんなことないけど。れてたら今みたいな質問しないし」

 あっさりとデンテファーグが答えると、ネルジュイは少しホッとしたように笑いました。

 それからデンテファーグは彼女にくぎをさしました。

「君たちやロリアムジアには私が女性だと明かしてあるけれど、ソーホ組合には男性で登録しているし、またこれからも男として行動するつもりだから、そこは秘密を守ってほしいんだ。頼むよ」

 ネルジュイはとまどったようでしたが、すぐに思い当たります。

「あ、ああー、そう! 思わずロバーリアスにかれているのかと思って言っちゃったけど、そうですよね、男子、デンテファーグは男子だった。気をつけますね」

「ありがとう。私から見てだけれど、ロバーリアスは君たちのうち一人を自分から選ぶことでトラブルになることを恐れている気がするよ。だから彼が動くのを待っていてはらちが明かず、彼を強引に動かすほうが、道が開ける気がするんだよ」

「そ、そういうものでしょうか……」

「自由に行動すると責任が伴う。案外これは苦痛なものだよ。リーダーのロバーリアスは、その重さをよくわかっていると思う」

「なるほどねえー。断るに断りきれなかった、っていう言いわけも、男は必要とするものなのね」

 とネルジュイは、うんうんとうなずき、一人言ひとりごとをつぶやきながら去りました。

 数日後、ネルジュイが嬉々ききとしてデンテファーグのもとへやって来ました。

「聞いてよ、デンテファーグ! あのね、キノピコ・オコレの踊りでロバーリアスを誘ったら……うまくいったの!」

 デンテファーグは目を丸くして

 「え? 一緒にキノピコ・オコレをしたってこと? ロバーリアスがまさか女装してキノピコ・オコレを……」

 と「誘う」の意味を早とちりしました。

 ネルジュイは声をひそめ、

「あっははは、踊りに誘ったんじゃなくて……夜のほう……ですよ」

 といたずらっぽく言いました。

 そのほほはわずかに赤らみ、ネルジュイはじらいを含んだ笑顔を浮かべました。

 デンテファーグは、まさかそこまでストレートな答えが返ってくるとは予想もしていませんでした。

「ふぎゃっ。よ、よかったね、ネルジュイ、恋がかなって」

 それだけ言うのがやっとでした。大人顔負けのところを見せることが多くても十三歳の少女です。

 ネルジュイは嬉しそうに

「えへへー。あなたに後押あとおししてもらったからだわ。よかったらこのあと食事でもごいっしょしましょうよ。そこで、ゆうべのロバーリアスのこと、話してあげる……」

 と誘いました。

 デンテファーグは少し距離を取りながら、

「わー、十三歳の私に聞かせてはいけない内容を含むよね!」

 とあわてて両手を顔の前で振ってこばみます。

「うん、たっぷり含むけど、と・く・べ・つに、話しちゃう!」

 デンテファーグは顔を真っ赤にしています。ネルジュイがデンテファーグのあわてかたがおもしろくてからかいが入っていることに気づく余裕もないのでした。

「遠慮、遠慮しておくよ!  私はレイアリーマとクドジュナのやとぬしでもあるんだからなっ」

 と、やっとのことで断りました。

 ネルジュイもそこでやっと思い至った、というような顔をして

「あ、そういえばそうですよね。あは、公平で誠意ある雇い主さんで助かったかも。いろいろありがとねー」

 と笑って去っていきました。

 デンテファーグは、こうして仲間たちとの絆が深まっていくのを感じる日々を過ごします。また、異世界での生活にも足場を築くことができました。

 ネルジュイの恋が成就じょうじゅしたことや、フィオラの踊りへの挑戦など、彼女の周りの人々が次々と新しい道を見つけていくのに触れるうちに、デンテファーグ自身もまた新たな経験を積み重ねていったのです。


 ところで、デンテファーグが新たに知り合った冒険者ロリアムジアは、その孤高ここうの性格で知られていました。卓越たくえつした腕前だけでなく、他者と関わろうとしない気難しさが彼女を際立きわだたせています。

 ロリアムジアは貴族や王族の仕事は気に入らないようで、けっして受けません。たまにやる仕事であっても淡々たんたんとこなす姿勢を一貫いっかんしています。そんな彼女の好む仕事もありました。大きな危険をともなう仕事や珍しい遺跡にまつわる依頼でした。

 デンテファーグは「ロリアムジアが地球の話を聞きたがるのも、珍しいからなんだろうな」と考えています。それにしても変わった人物です。彼女の過去に複雑な背景があるのではと感じずにはいられませんでした。

 ――もしかすると、エルフなのかもしれない。

 そこいらで無責任に言い散らされている噂も同じことを考えることがありました。

 ちなみに、「エルフかも」というのはからかいの常套句で、「変わり者」とか「へんな好みを持つ」という意味で、どこでも言われる、誰にでも軽く使われる言葉でした。本気で言っている者はほとんどいないのでした。

 疑問はあるけれども、デンテファーグはあえて詮索せんさくしませんでした。もし隠そうとしているなら、それには理由があるはずだと感じていたからです。

「この世界にはエルフの耳がとがっているという話は伝わっていないようだ。ロリアムジアの耳はとくに尖っていない」

 ただし、尖った耳はファッションとして一部の住人に好まれているようで、町でそんな耳をした者を見かけることはありました。

 誰も「ほんとうにエルフがいる」なんて思ったりはしないようです。

「日本でもお面やコスプレの人を見ても本物だと思わないしな。そんな感じなんだろう」


 フィオラとモルソンという若い貴族と知り合ったことで、デンテファーグは貴族社会への伝手つてを手に入れました。しかも品格のある、誠実な人脈です。願ってもない出会いだったと言えるでしょう。

 デンテファーグは、ときおり貴族が手に入れた情報にもとづく仕事をするようになりました。新しく見つかった遺跡の探索は、見つけた人間がいちばん高く買ってくれそうな人間に売ってしまいます。ソーホ組合には回ってこない仕事も多くあるのでした。

 危険な探索たんさくには、デンテファーグはロリアムジアにも仕事への誘いをするようになりました。

 ある日、デンテファーグはある遺跡の探索についてロリアムジアに誘いをかけます。

「また遺跡だ。できるかぎり深い階層に到達する方法を見つけてほしい。遺跡の一部を壊してもかまわない。とにかく深く、できれば千年前にまでさかのぼれたら大手柄おおてがらだ」

 デンテファーグの言葉に、ロリアムジアは興味を引かれた様子でじっと彼女を見つめました。

「なぜ、千年前?」

 と問いかけます。

「君は口が堅いから言える範囲で話しておくが、千年前の層に到達している発掘現場がこれとはべつに最近できたんだ。これの研究を進めたいチームがある。これからおもむく遺跡も同種の遺跡だ。そこでその時代にしか存在しない遺物を集めたい。宝石や貴金属、美術品といった金になる品が目当てではない。学術的、技術的な遺物が必要なんだ」

 ロリアムジアはしばらく考え込んでから目を細め、

「さては、兵器だな」

 と一言。いろいろと推理を働かせての言葉のようです。

「それには答えられない質問だ」

 とデンテファーグは即座に返しますが、ロリアムジアは

「それ、答えているのと同じ。わきが甘いね、デンテファーグ」

 と言うのでした。その瞬間、彼女の無表情の仮面が崩れ、やわらかな表情がかいま見えた気がしました。

 デンテファーグはその表情を見逃しませんでした。ごく一瞬だけ見せたその穏やかな顔に、どうという理由はないのですが、

 ――やっぱりエルフなのかもしれないな。

 と心の中で思わずにはいられませんでした。声に出したのは別のことで、

「ロリアムジア、君も笑うのか。いいものを見たなあ」

 と小さく称賛するのです。ロリアムジアはそっけなく

「笑ってない」

 と返しました。けれどもその返事には、以前よりも拒絶する感じがうすれている気もします。隠されてしまった笑みの残滓ざんしがほんのりと残ったような顔で返してくるのです。そのことは、デンテファーグの心に温かなものを残しました。

 遺跡探索は、たいへんうまく行きました。危険なモンスターや、トラップも仕掛けられていましたが、ロリアムジアがついていて万が一にも失敗するおそれはありませんでした。

 デンテファーグは地球から持ちこんだ物質を取り出して遺物と実験も行いました。

 このような危険なクエストには、ロバーリアスたちではなくロリアムジアのコネクションで、強力な助っ人に参加してもらえることも増えています。このときは薬草師サミタンピーという若い女性を紹介しょうかいされました。デンテファーグは薬草にとどまらず、古代生物の痕跡こんせきや、生き残った希少きしょう生物のサンプル採取をともにしました。これも莫大ばくだいな利益と大きな経験をデンテファーグにもたらしました。

「素晴らしいよ、ロリアムジア。君がすだけのことはあるね、あのサミタンピーという女性は。博識な人はなにも話さなくてもその所作しょさひとつが多くを語るものだね!」

 ロリアムジアは意外そうな顔をしました。

「え、博識だから選んだわけじゃない」

 そう言われると、デンテファーグは合理主義者に見えるロリアムジアがほかにどんな理由で選んだのか気になってしまいます。

「もしかすると、私には見せなかったが、べつの特技があるのかい? 彼女もドラゴンに化けることができるほどの魔法使いだとか……?」

「いや違う。あまり言いたくない」

「だめならあきらめるが……」

「だめとは言ってない。しかたないな、言うけど、あっちを向いて聞いて。私がそれをしゃべったあと無音魔法を使ったり姿隠しを使ったりするが、気にしないでほしい」

 ますますわけがわかりません。

「なにか……聞いただけで危険な情報だったりしないだろうね?」

「そういうわけじゃない。安心していい」

 それからロリアムジアはサミタンピーを気に入って連れてきた理由を教えてくれました。

「サミタンピーは、変な……くっ……名前だろう?」

 背中を向けているのでわかりませんが、途中でえずいたように「くっ」とか言ったように聞こえます。

 ――ほんとうに危険なことじゃないんだろうな、ロリアムジア。私は信じたからな、君ほどのものをえずかせるような恐ろしいことを言おうとしているのなら、やめてもいいんだよ?!

 ロリアムジアは途切れがちになりつつ、言葉を継ぎました。

「一族の名前を聞いたことが……あるんだっ……そしたらあいつ……ふぐっ」

「大丈夫か、ロリアムジア、つらいのかい?」

「こっち見ないで! ロリアムジアは平気。今、キミの背中を見ているから、振り向こうとしたらわかるぞ。そのまま、そのままだデンテファーグ、よーしよしよし」

 いつものクールさが失われて、ちょっとおかしい言動が増えているような気がしてきました。

 ロリアムジアは何度か深く呼吸してから、続けます。

「あいつ、父親と母親の名前を……くふ、教えてくれたんだ……」

「名前くらいなら危険はないだろう。話が長くなるのかい?」

「こ、これで終わり。あいつ、胸を張って私に言うんだよ、よどみない高らかな声で。ロリアムジアさん、サミタンピーという名前は、両親からいただいた立派な名前です。おかしくなんかありません。私の父親は、パパタンピー。母親は、イリラッカセ……」

 「ピー」は豌豆エンドウを指します。ラッカセは落花生ラッカセイつまりピーナッツと音が同じです。パパは父親の意味です。これらの言い方は地球とある程度共通しているようです。

 そこで音声がぱたっと途切とぎれました。無音魔法を使ったのでしょう。振り返ると、デンテファーグの宿の部屋に暗黒空間が生じていました。なにも見えない真の闇です。ロリアムジアが作り出して視覚も聴覚も遮断しゃだんしているのに違いありません。

 デンテファーグは呆然ぼうぜんとして魔法の効果が終わるのを待ちました。

「待たせた。じゃあ、今日はこれで」

 とロリアムジアがけろっとした顔でいつものようにさうずしい態度で階下に消えるのを見送りました。

 あとで一階の組合ロビーへ下りると、ゲナイトがデンテファーグに話しかけてきます。

「おい、おい、さっきロリアムジアを怒らせたかなんかしなかったか?」

 デンテファーグはその理由もさっぱりわかりません。

「きわめて穏便おんびんに会話していただけだが……いや、ほんとうだよ」

「お前さんがつまらん嘘をつくとは思えないから信じるが。ロリアムジアが怒ったらこの建物なんかこなごなだろうからな、気をつけてくれ」

「ああわかった。でもどうして怒らせたなんて誤解をしたんだい?」

「だってお前、上の床でなにか転がしただろ。振動が下まで伝わってきたぜ。ゴロゴローゴロゴローってな。てっきりお前さんがロリアムジアの魔法で床に転がされてらしめられていると思ったんだ」

「振動は、どれくらい長かった?」

「たっぷり一分は続いたと思うぜ」

 デンテファーグはなんとなくさっしがつきました。

 翌日さっそくロリアムジアが自室にやってきたとき、彼女が椅子いすに腰かけるやいなや、言ってみました。

「わが名はサミタンピー。父の名前はパパタンピー。母の名前はイリラッカセ。おいしいよ」

 ロリアムジアは素早く手で印を切りました。おそらく手の動きだけで昨日の魔法を発動できるのでしょう。しかし間に合いませんでした。

「おま、お前っ……」

 ブウウウウーッとロリアムジアが吹き出しました。

 強力な噴霧器ふんむきが目の前に現れたように、デンテファーグの視界が白くなりました。

 印を切ろうとしていたのが裏目に出てしまいました。口を手で覆うという動作ができなかったロリアムジアでした。

 デンテファーグの目の前でこらえきれずに床に転がり、ゴロゴロとのたうっています。印をあきらめて口を両手でふさいでいます。

見目みめうるわしい魔法使いのこんな姿も、かわいいなあ」

 ロリアムジアはすっくと立ち上がり、指を軽く動かし、清浄せいじょう魔法を発動したようです。いろんなものがきれいになりました。

「では、今日は遺跡で手に入れた品々の分配だ。いいね、デンテファーグ」

「うん。よろしく頼むよ、ロリアムジア」

 なにごともなかったように二人は分配について話し合いを始めました。

 ゲナイトが「おい、またケンカしてんじゃないだろうな」と階下からけ上がってきましたが、二人が「なんでもないよ?」と言ったので、しきりに頭やあごをなでながら下りていきました。

「笑ってないよ」

 と、一言だけロリアムジアがつぶやきました。

「バブッ」

 不意打ちをくらってデンテファーグが吹きました。意趣返いしゅがえしはできたとばかりに、青く光を放つ瞳が、睫毛まつげの下から彼女を見ていました。満足そうでした。手巾しゅきん、つまりハンカチで自分の顔をいています。清浄魔法を使わずにわざわざハンカチを使うところに「意地悪」を返した感じが出ています。

 その日、ロリアムジアはまってゆきました。

 あらかじめゲナイトにいくらかお金を握らせて「さっきみたいに床の振動があっても気にしないでほしい」と伝えるロリアムジアです。デンテファーグはそれを見て「今夜は笑いのがまんくらべで勝負したいらしい」と察しました。

 ――床の振動の口止めをするってことは、負ける想定じゃないか、ロリアムジア。

 気づいたものの、言わないでおいてあげるのでした。


 その後も、デンテファーグは冒険者たちとのつながりを広げていきました。ロバーリアスたちは、新たな恋のステージに入ったようです。やり使いの歌い手レイアリーマも歌と槍の演武えんぶで、クドジュナがさまざまなディスガイズ魔法による変身、変装と魅惑みわく的な幻想げんそうで、恋の戦いに本格参戦したと聞きました。つまり、均衡きんこうがもどったのでした。それまで秘めていた思いが表面化したことだけがちょっと違っていて、だいぶ大人の戦いになっているようですが、デンテファーグはあえてなにも言わず、聞かずにいます。

 また、貴族との縁を拡大するのも忘れません。最近はジュインディ三爵さんしゃくという身分のかなり高い貴族の情報が入りました。

 忙しくしつつ、ときおりロリアムジアに共同の仕事を持ちかける日々が続きました。 ロリアムジアの神秘的なたたずまいと気を許した相手にしか見せることがない少女のような(ときに床を転げ回るような)ギャップにデンテファーグは親しみをいだいていました。

 エルフかもしれないと疑いながらも、あえて確かめようとはしません。

 ――人間っていうのは、なまじ本を読んでいたり、自分は物を知っていると自負していたりすると、舌禍ぜっかを招きがちなんだ。

 十三歳のデンテファーグは、年齢に似合わないそんなことを考えます。

「私の目的をとげるのにおそらく最後の大仕事になる。また少し無理を聞いてもらうことになるかもしれない。頼っていいかい、ロリアムジア」

 デンテファーグの言葉に、ロリアムジアは

「私の役目は仕事を遂行することだけ。デンテファーグの期待に応えられているなら、光栄」

 光栄という言葉はロリアムジアが使うのに似合わない気がしました。それだけに率直な気持ちだろうと思えるのです。ぶっきらぼうな言い方ながら、デンテファーグの耳にやわらかな響きを残すようでした。

 次の大仕事を通じて、信頼の織布おりぬのがまた一枚、デンテファーグとロリアムジアの間に重なっていくのです。


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