第4話 貴族の若者の恋路を、ジャマするな

「ロリアムジアとチュリタームの魔法で、だいたいの攻撃は無力化しちゃったねー」   

 クドジュナが、あきれたように言いました。彼女の担当は設置タイプのわなの魔法です。逃げる敵の足止めのためでしたが、必要ありませんでした。

「ま、ほとんどロリアムジアだけで片付いたな。俺、予想してたぜ、この展開を」

 ロバーリアスが投げやりに言いましたが、

「そんなんあたしたちだってわかってたし。格闘かくとうで十数人バッタバタ」

「ドラゴン変身のドの字も必要なかったよね」

「そんな変身ほいほいされてたら一帯が焼失しょうしつして大事件に発展するわ」

 と仲間たちも口々に言いました。

 クドジュナがふと疑問を覚えたようで、ロリアムジアに尋ねます。

「ロリアムジア。私なんかの下っ術者にはわからないことかもしれないけど、聞かせて。ドラゴンに変身ができるのは信じた。でもドラゴンを見たことでもなければ、変身なんてできないんじゃないの?」

「そんなの簡単。ロリアムジアはドラゴンを見た、この目で。しかもドラゴンがドラゴンを殺そうとしているところだ。ドラゴンの全力を私は知っている」

 あっさりとした回答でした。しかしこれがクドジュナの疑問の火にさらにたきぎをくべる結果になりました。

「見た? ドラゴンを? ドラゴンは世界から千年も前に姿を消したのに?」

 ロリアムジアの顔があからさまに面倒くさそうに変化しました。「うげー」とでも言いそうな表情です。彼女は会話を切り上げるために、こんなふうに言います。

「千年前のドラゴンを、視覚限定の時間遡行じかんそこう魔法で、見たんだ。だから私はドラゴンに身を変えることができる。これでいい?」

「あ、はい……ごめんなさい、つい立ち入ったことを聞いてしまって」

 そこでロリアムジアのまとった空気が、ふっとゆるみます。

「べつにいいよ。これからもデンテファーグが死なないように、守ってやってくれたらうれしい」

「ええ、もちろん。冒険者仲間ですから」

 さらにこんな言葉をつけ加えます。とても珍しいことでした。

「デンテファーグを頼んだよ、クドジュナ」

「は、はいっ。ロリアムジアさん、私の名前を覚えてくれた」

 感激で目がうるんでいるクドジュナでした。よび方も「さん」づけになっています。

 けれどもこのときクドジュナはひとつの疑問を抱えてしまいました。

 ――ロリアムジアの言葉、なぜだろう。うそが少しだけまぎれている。私の魔法がそう言っている。

 術者にもとくいな分野というのがあります。クドジュナは言葉の真偽しんぎに敏感なタイプの術者でした。

 さて、気絶させた襲撃者たちを片付ける作業が残っています。彼らは心配していた魔法使いや、強い術者の混成部隊などではなく、たいした実力のないゴロツキの集まりでした。

 クドジュナが罠設置に使った草や木のツルを使って十数人の襲撃者たちをしばり上げました。廃村の建物に個別に放り込んで、ザスンガイナ市街に戻ることにします。組合に処置を頼めば、いいようにしてくれるでしょう。

「そういうことなら、ゲナイトにバイ通信で先に話しておくわね」

 クドジュナが、貝殻かいがらを使った通信魔法の装置で、組合へ連絡してくれました。

「通信機みたいな装置があるんだな。なかなか便利じゃないか」

 と、もの珍しそうに見ているデンテファーグにロリアムジアが近づきました。

「デンテファーグはバイ通信装置を持っていないのか。じゃあ、私の持っているのをあげよう。これは小さいが、いくつか連絡先をリンクしておけるすぐれた装置だぞ」

「え、いいのかい、ロリアムジア」

「いいよ。さっきの指輪のお返しを私もしておきたいのさ」

 ロリアムジアが、取り出した小さな貝殻を、魔法でデンテファーグの衣服にくっつけてくれました。わざわざ手で持たなくてもいいようにえりの裏地です。

「君の意思で、べつの衣服に移動させることができる。もちろん、最初の連絡先は私のバイ通信だ。声で呼びかけたほうが魔力が節約できるが、呼び出すだけなら思念オンリーでもいける」

「試してみよう。あー、あー、もしもし……こちらデンテさん。今あなたのとなりにいるの……怖い?」

 あきらかに芝居しばいっぽい、棒読ぼうよみでデンテファーグが言いました。たぶんそのおふざけの雰囲気が伝わったのでしょう、ロリアムジアが答えます。

「わー、となりと襟元えりもととどっちからも声が聞こえるぞ、怖いぞー」

 似たような棒読みで答えてきました。

 ちらっと見たところ、やっぱりロリアムジアがの下瞼したまぶたが持ち上がって、楽しそうな表情です。「この顔も、きれいでかわいいじゃないか」と思ったデンテファーグは、ロリアムジアの表情についてはなにも言わずに

「便利な道具ありがとう」

 と言っておくことにしました。その顔を消してしまうのがしいと思ったのです。

 デンテファーグは、この作戦でディスガイズ魔法を実践じっせんすることと、その有効性の確認を期待していました。もちろんそれは果たされたのですが、より大きな収穫しゅうかくがありました。強力きわまる冒険者ロリアムジアとなんだかよくわからないままに仲良くなったのです。

「ひとつの指輪が、かくも偉大だったということ、かな?」

 物語とは関係ないイミテーションですが、デンテファーグはそんなふうに口ずさみます。なんとなくそれでいいことにしました。

 この一件で、デンテファーグはロリアムジアの戦闘力と口のかたさ、そしてその仕事の遂行能力すいこうのうりょくに深く信頼を寄せるようになりました。

 以降、デンテファーグがラダパスホルンに滞在たいざいする間、何度もロリアムジアに仕事を依頼し、その実力に助けられることとなったのです。

 ちなみに、かかった依頼料は、だいたい翌日にロリアムジアが話を聞きにやってきてそのまま支払いにてていきました。おかげでデンテファーグはお金をかけずにロリアムジアに仕事を頼むことができることになりました。

「それもロリアムジアの計算のうち、なんだろうね」

 デンテファーグも、わかっているのでした。彼女はデンテファーグが気に入ったと口では言いませんが、手放したくないのです。それで自分に気軽に依頼をさせ、その代金を負担させずに、かつ興味のある地球の話を聞きにくるのです。完全な作戦です。

 ロリアムジアが地球の話を聞きにやってくるとき、かならずその指に金色の光を帯びているのでした。


 日がつと、デンテファーグはロバーリアスたちの護衛をそのまま延長します。そして自分自身が冒険者として依頼を引き受けるようになりました。

 ときには貴重な植物の採取、ときには町に現れたちょっとしたモンスター退治、ときには遺失物いしつぶつ捜索そうさくといった仕事をしました。ロバーリアスたちへの依頼料と生活費はそれでかせぐことができています。また同時にデンテファーグ自身にもこの世界での知識がたくわえられ、冒険者としての実績も増えるという、いくつものメリットがある時間となりました。

 また、デンテファーグは、仲間でもあり信頼する冒険者でもあるロリアムジアに魔法の授業を頼むことにしました。ロリアムジアはデンテファーグにとって単なる戦闘の仲間というだけではなく、頼れる「師」として、多くの知識を授けてくれました。実生活や冒険に役立つ術から、魔法の応用までを一から教わる日々が続きました。

 依頼料は、ロリアムジアからこんな提案がありました。

「今までは翌日に私が話を聞きに来た。けれどもっと省略しよう。デンテファーグが私が魔法を教えた日に地球の話をしてくれればいい。いちいち支払いをするより、面倒がないだろう?」

 合理的だったので、一も二もなくデンテファーグは承諾します。それ以来、デンテファーグとロリアムジアのあいだでの「支払い」は、金銭を介さないものとなりました。

 ただひとつ例外は、デンテファーグの『紫革しかく紙面しめん』にさまざまな魔法の力を付与ふよしたときです。ロリアムジアは折りたたみ風呂敷ふろしきや、魔法の力の貯蔵ちょぞうや、呪文じゅもん詠唱えいしょうの代わりとなる機構などをデンテファーグの本に組み込んでくれました。このときは、代金を請求したのです。

「会話には、会話で支払う。物品には金銭で支払う。このほうが負い目もあと腐れも、ない」

 一流の冒険者は、デンテファーグの歓心かんしんを買うために無料で仕事をするなんていう安っぽい行いとは無縁のようです。

 ロバーリアスたちにはとても明かせないような金額を、デンテファーグは快く支払いました。

 デンテファーグはときおり、ロリアムジアのりんとした立ち姿ややわらかな雰囲気にエルフに通じるような気品を感じ、「やっぱりエルフっぽいなあ」と内心で思わないでもないのですが、あえてそれを口には出しませんでした。


 もりもりと知識と財産と魔法の技をたくわえていくデンテファーグでしたが、その先には大事な目的が待っています。

 デンテファーグの目的は「王子になる」ことでした。

「私の紫革紙面が語るところでは、ラダパスホルン国には、私にしかできない仕事があるというのだから。その準備も、地球でととのえてきた。食料すら持たずに、容器に封じたを、バックパックに詰めこんでやってきたのだから」

 最大の目的のために、貴族と知人になることはどうしても欠かせないことでした。

 ある日、デンテファーグはラダパスホルンの貴族の若者と知り合う機会を得ます。

 彼らは十九歳のフィオラという女性と十六歳のモルソンという男性。あまり身分の高くない貴族の若者でした。とりわけラダパスホルンは新しい王に代わってから、新しく取り立てられた軍人の一部が優遇されているとちまたで広く言われています。貴族の立場はもしかするとらぎ始めているのかもしれません。まして、下級貴族となると、裕福でもありませんでした。

 フィオラとモルソンの二人は、婚約者です。

 身分の低いことがさいわいしたのか、恋愛で婚約関係になったのだそうです。

 フィオラは優雅ゆうがで気品があり、柔らかな空気をまとった美しい女性です。一方のモルソンは少しぽっちゃりした体形の男性です。さらにモルソンが三歳年下ですから、やや不釣り合いに見えるカップルでした。異世界では「男性が年上で女性をリードするものだ」という風潮が強いのです。とはいうものの、二人の間にはしっかりとした愛情がありました。

 しかし、美しいフィオラの周りには彼女を奪おうとする男たちが後を絶たず、彼らのまわりにしばしば波風が立っていました。

 これが、ある深刻なトラブルを生むのです。

 ある日、デンテファーグのもとへ、仲間の舞踏家ネルジュイが深刻そうな顔でやってきます。相談があるのだそうです。

 彼女はソーホ組合だけでなく、町のいろいろな場所で踊りを披露して収入を得ています。そこで情報を手に入れることもあります。今回もそうでした。

 ネルジュイはある酒場で「フィオラを誘拐し、貴族の男ギャナバスが助け出す」という陰謀いんぼうじみた話を耳にしてしまったのです。

 デンテファーグは迷わずに即断しました。

「助けよう。ロバーリアスたちと私だけでいいだろう」

 ロリアムジアを呼ぶ必要はないと考えました。

 さっそくデンテファーグと四人のジケーダーで実行です。

 襲撃が計画されている場所に向かうと、ネルジュイは「流れの路上ダンサー」として舞踊ぶよう披露ひろうしはじめました。

 プロですから、見事におどります。いささか不自然なところがあったとすれば、人通りが多くない裏通りでの公演になってしまったところでしょうか。襲撃を予定している場所はフィオラの習い事からの帰宅路きたくろですから、これは仕方のないところでした。

 ネルジュイは偶然を装ってフィオラを観客に引き止めました。

「さあ、お嬢様、私の舞踊をぜひご覧ください。終わるまで、ここで一緒に楽しみましょう!」

 と誘いかけたのです。優雅に、けれども激しくおなかとおしりを振る踊りをしながら。フィオラはわけもわからないまま、見物させられてしまいます。

 襲撃者たちは、路地裏に隠れていました。踊りが終わるのを待ちながらあせり始め、まごまごしていました。

「ぜんぜん手慣れていないな。こんな誘拐ゆうかい事件のやらせは、こっちの世界でもお笑いぐさってことがわかったよ」

 とデンテファーグは一人言をつぶやきます。

 ロバーリアスに「そろそろ、かかろうか」と合図します。

 ならず者は六人いました。離れたところに見張りが二人いたのですが、すでにクドジュナとデンテファーグが音もなく捕縛ほばくしてしまっています。

 「計画はバレてんだよ、ならず者ども!」

 とリーダーのロバーリアスが威勢いせいよく宣言して、襲撃者たちを制圧しました。デンテファーグと四人のあわせて五人でも十分すぎる戦力でした。

 デンテファーグたちはきわめて迅速に動き、見事に計画を阻止そししたのです。

 そこへ、ギャナバスがのこのこ現れました。襲われているフィオラを偶然に助けるという予定だったのです。ギャナバスがきょろきょろしながら歩いてくるのを見るや、ネルジュイは迷いなく彼のところに一足飛びで近づき、顔面に舞踊キックを見舞い、ノックアウトしてしまいました。

 フィオラはこのとき、ネルジュイの美しい動きに心を奪われ、あこがれにも似た思いを抱くようになったのですが、それはまた別の話。

 デンテファーグと仲間たちは、名前を告げることなくその場を後にします。フィオラとモルソンの関係を陰ながら見守ったのでした。

 やり使いのレイアリーマが友だちのように話しかけてきます。

「ねえデンテファー……じゃなかったチュリターム、名乗って知り合いになるとばっかり思ってたんだけどさ。いいの? 貴族と知り合うチャンスだったでしょ」

 デンテファーグはあごに手を当てて、思案げな顔になりました。

「ちょっと前の私なら、すぐに名乗ったかもね。でも今、私は学習したんだよ、レイアリーマ」

「えーっと、どういうことかな?」

「信用ならないごうつくばりの商人に、嫌な思いをさせられてさー。相手の品格を見てからじゃないとうかうか知り合いになるのも考えものだって、わかったんだ」

「へえー。言われてみればそういうもんかもね。チュリターム、ほんとに十三歳? あたしより三つ下なのに、頭の中身はずっと年上っていうより、賢すぎて怖いくらいだよ」

めてる? それとも嫌味を言ってる?」

「褒めてる、褒めてるよ! これでもあたしは君のこと気に入っているんだから」

「そっか。ありがとう。まあ見ていてくれ。フィオラとモルソンの若い恋人たちは、品格があるかどうか。知るときがくるだろうよ」

 デンテファーグはほほ笑みました。

 ――若い恋人たち、なんて言うところが、年格好に似合わないんだよねー。

 と、レイアリーマは心の中で思うのでした。

 地球と比べて、書物の少ない世界なので、デンテファーグがさまざまな言い回しや知恵を身につけた理由が思い当たらないのでしょう。「若い恋人たち」などというのは小説の中で使われる言い方で、口に出してしゃべる人は地球にだって、年寄りにだって、ほとんどいないのですけれど、それも彼女の知るところではありません。

 はたして、デンテファーグはフィオラとモリソンという「若い恋人たち」の貴族と友誼ゆうぎを結ぶ未来が、近づいていました。


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