第3話 ロリアムジアと、大商人と、罠と
翌日、異世界人であるデンテファーグへの
ソーホ組合のゲナイトは、
「受けなくてもいいんだぜ。明日に予定されてる
そう忠告してくれましたが、デンテファーグは受けるつもりでいました。
どうやらこの商人は、異世界から来たことを
話をするだけで多くの
店主はインダサという名前のようです。
しかし、いざ会ってみると、商人インダサはデンテファーグの異世界の話にはまったく興味を示さず、代わりに彼女が手にしている貴金属に
異世界から持ち込んだ品々を見せてほしいと言われると、高額の依頼料をもらった手前、デンテファーグも見せるほかありませんでした。
すると、目の色を変えたインダサは、
「その宝石はどうだ」
「この金の指輪も譲ってはどうか」
などとしつこく取引を迫るのです。異世界の知識を求めるどころか、彼女が持つ貴重な、しかしさほど多いわけでもない宝を目当てにしているのは明らかでした。
デンテファーグはこの商人に対して不信感をつのらせます。
「この世界の商人は、あまり信用できないのかもしれない」
と思うようになるきっかけでした。しつこい取引への誘いをすべてことわり、面会予定時間ちょうどで切り上げてソーホ組合に逃げこみます。
ゲナイトはあきれ顔で、
「言わんこっちゃあない」
という言葉を飲みこんだように口をもごもご動かしました。デンテファーグは報酬はきっちり受けとり、商人からの面会はこれからは断るつもりだとゲナイトに伝えます。
それ以来、なにかと大商人インダサからの
大商人とのつながりを期待していたのですが、まったくの
「商人から王に近づくルートは、もうダメだろうな。となると、最初の予定通りに、
デンテファーグは「王子になる」という目標に少々の
このようにしてデンテファーグは異世界での生き抜き方を学び、頼れる仲間たちとともに経験を積んでゆきます。このあとに起こるさまざまな事件もデンテファーグの成長につながってゆくことになるのですが、さしあたっては、ロバーリアスたちが受けた廃村のモンスター退治から、ということになります。
デンテファーグという十三歳の少女は、貴族や商人といった人々との縁をうまく活かしながら、この世界での知識とスキルをさらに学び、目標に向かって一歩ずつ前進していくのです。
デンテファーグの異世界での冒険は、まだまだ始まったばかりでした。
廃村でのイワゴケ退治の依頼を受けたので、デンテファーグはある作戦を試すことにしました。
敵が待ち伏せしている可能性に気づいたからです。彼女の作戦とは、ディスガイズ(
そこで、ソーホ組合で特に腕が立つ冒険者の中から、
彼女は魔法使いであり、剣士としての腕も確かです。加えて、冷たい
ただし、エルフは、この世にはもういないとされている古代の種族です。本気で彼女をエルフだと思っている者はいないでしょう。無責任な
デンテファーグはあえてその素性を
「一日だけとはいえ、通常の倍額を支払う約束をする」
とデンテファーグが申し出ると、ロリアムジアは顔色を変えることもなく
「お心づかい、感謝します」
と答えました。
ロリアムジアの勧誘に成功したと伝えると、ゲナイトがおどろきの顔になりました。
「なんだってえ? ロリアムジアがデンテファー……じゃなくてチュリタームの依頼を受けたのか!」
ロバーリアスたちも彼におとらずおどろいています。クドジュナは二十歳の女性で、年齢にそぐわない「人妻」という雰囲気をかもしだしている
「チュリターム! あなたロリアムジアに仕事を受けさせるなんて、どんな魔法を使ったの?」
自分で言ったそのセリフをクドジュナはすぐに否定します。
「いえ、もののたとえで言ったとしても、今のは
デンテファーグは
「なぜだ? たしかにいちばん腕が立つということだし魔法使いと聞いているが……教えてくれ、なぜ彼女に魔法が効かないのか。そして、あの子、そんなに気難しいのか? ちょっと
ロバーリアスが「やれやれ」といった感じで両手を持ち上げます。
「忘れてたよ。チュリタームは地球人だから、俺たちの世界のことをあまり知らないはずだったな。重要なことだと思うから、覚えておいてくれ、魔法使いの名乗りを許されている者は、ものすごく強い」
デンテファーグはそれでもまだきょとんとしたままの顔です。
「そりゃ強いと思う。私も魔法を少し学ばせてもらって実感しているが……」
言葉をさえぎったのは術者のクドジュナでした。
「魔法組合が言うところの、『真の魔法』が使えるわずかな術者だけが、『魔法使い』として登録され、名乗りが許されるのよ」
「真の魔法……今まで私が学んできたのはニセの魔法ってことになるのかな」
「ニセモノとは言われないけど……あなたや私が使える術は、『魔法未満』って言われることがあるわね。
「ふむ。強力だということはわかる」
「それだけじゃない。『真の魔法』は、対象となる生き物の抵抗を打ち破り、場合によっては意思を奪ったり、死なせたりできる魔法なの!」
それを聞いてデンテファーグも
「なっ。そんなことが、生身の体ひとつで、やれるのか」
わざわざ「生身」と言ったのは、地球でも眠らせるには薬を使うし、命を奪うには武器を使うことがほとんどだからでした。道具も薬も使わないでそれらを自在に行うとすれば、それはまったく「魔法」だとデンテファーグにも思われたのです。
「それだけじゃない。魔法使いにしかあつかえない金属を加工して、無敵のゴーレムを作れる……って、これは伝説の話で、今いる魔法使いは誰もそんなの作ってないけど、でもできるって言われてる」
ゲナイトがソーホ組合らしく横から釘をさしてきました。
「クドジュナの嬢ちゃん、無敵のゴーレムだのの不確かなことは、あんまり言わないでおけ。ロリアムジアも組合の一員だからな。噂に
「あ、あら、ごめんなさい。そうよね。えっと、そういうわけでチュリターム?」
このやりとりで、すっかり自分の考えにデンテファーグは沈み込んでいました。
はっと気が付き、ゲナイトとクドジュナのやりとりをほとんど聞いていなかったので、こんなことを言いました。
「そ、そうだな。それだけ強力な存在なら、君たち四人の十日分の何倍も高い依頼料なのも仕方がないな」
「四人」のジケーダー職の冒険者、ロバーリアス、ネルジュイ、レイアリーマ、クドジュナは、その言葉でがっくりと肩を落とします。
「まるで俺たちが四人で安売りされてるあぶれ者みたいな気持ちになるから、比べないでくれ……」
「そうよ、ロリアムジアは別格中の別格なんだから」
「うん。高すぎるし、気分で依頼を断るから、そもそも仕事がめったに発生しないんだよね。だから今まで比べずにすんできた」
「術者の私が、いちばんダメージを受けてるからあ。みんな、言わないでおいて。ねえ、もう今日は飲もうよ。ね、チュリターム、いいでしょ、飲みましょ」
クドジュナに言われて、デンテファーグは少々あわてます。
「私は酒の飲める年齢じゃないからね! 飲まないけど……悪かったよ。私がおごる」
その言葉に四人の冒険者は「やったぜー」と飛び上がって喜んだものでした。
けれど、そのあとでリーダーのロバーリアスが言いに来ます。
「やっぱりおごりじゃなくていいよ、チュリターム。俺たちの金で飲まなきゃ、もっとみじめになっちまう」
と。
翌日が、いよいよ廃村へ向かう日です。
おそらく罠であり、ならず者たち、底辺のゴロツキ冒険者の
デンテファーグは予定通りの行動を選びます。
まず自分自身が成長魔法を使って成人した貴族の男に姿を変えました。成長魔法は一種のディスガイズ魔法で、自分の身にかけるものなのでやさしい種類の術とされています。覚えたてのデンテファーグでも使えました。
「この世界は魔法があるというだけで、
とだけ、短く感想をもらすデンテファーグです。
ロリアムジアが冒険者風の衣装の上から
「デンテファーグ、襲撃が予想されるんだったな。私はどうするのが望ましい? ドラゴンに変身して焼き
とんでもない攻撃的な発言に、なかでもとりわけクドジュナが
「ロリアムジアは、ヒトの姿のままでは十人、二十人の相手がきつそうかい? だったら変身したほうがいいのかもしれないが……」
そこでロリアムジアの
「変身しない。人の身のまま圧倒して見せる。五十人でも、百人でも」
デンテファーグはごくふつうに会話したつもりでしたが、なにかロリアムジアの自尊心に刺激を加えてしまったようでした。なんだか
おもしろい、と思ったデンテファーグはこんなふうに答えます。
「君への心配は、じつはしていない。百人が相手でも、殺さずに無力化できるかどうか、知りたいんだ。ドラゴンブレスで焼き尽くしたら、一人も生き残らないだろ?」
ロリアムジアは目を細めました。もしかしたらドラゴン変身の強力さをわかってもらえて嬉しかったのかもしれません。
「格闘ならば間違いなく、殺さず気絶させられる」
これにはロバーリアスたちが絶句します。デンテファーグはその異常さがよくわからないので、平気で対話を続けます。
「百人と格闘しても、全員気絶させられるというのかい?」
「当然。そう言ってる」
デンテファーグも会話がおもしろくなってきました。それにロバーリアスたちが恐れる最強の冒険者の限界を見きわめたい気持ちもわき上がってきたのです。
「相手の人数が多ければ、まず弓を使ってくる可能性が考えられる。雨のように矢を
「ふーむ。
「ロリアムジア、それじゃ、返された人の頭部を高い確率で射抜いちゃうだろ」
「むっ。一人も死なせないとなると、たしかにまずいな。では応報魔法になにかミックスしてみてはどうかな? なにがいいか……無害なものでは逃げられてしまうが……」
「毒物や
「それはいいアイディアじゃないか。もしかしてデンテファーグ、君も魔法使いか? 私よりは強くないだろうが」
「魔法使いの
「地球人!
急速にうちとけていくように見える二人に、ロバーリアスたちは
「まあ、あとで話すよ、ロリアムジア。今は作戦中だ。君の負担が少ない方法でやってくれ。負担を少なくというのは、ドラゴン変身の魔力などを温存してほしいからなのだけれどね」
「そうだな、まったくそうだ。ドラゴン変身の魔力は残さないとな。じゃあ、形状変化がベターだ。木を太く、短くするだけでいい……絶対に殺さない、とは言えないが」
「そこは運次第だ。ヒトは歩いていても転んで死んでしまうことがある生き物だ、しょうがないことにするよ」
ロリアムジアの長いまつ毛がまぶたとともに一度大きく上下しました。
「そうだった。ヒトはわりと死んでしまうからね、しかたがない」
作戦の大まかなところは決まりました。ロリアムジアは背丈もデンテファーグとほぼ同じ。体型も変わらないと言っていいでしょう。かんたんなディガイズ魔法で髪の毛をぼさ髪の長い金髪にすれば、他人には区別がつかないに違いありません。
ロリアムジアが言います。
「見た目の問題はないだろう。だが敵に
デンテファーグはなぜか少しのあいだ考えました。
「うーん、そうだねえ。場合によってはドラゴン変身までさせる可能性を考えて、私の持ち物をひとつ、そこそこの値打ち品を、さしあげることにしよう。
そういって服の裏地(に
「くれるのか? 指輪……純金のようだが」
「ああ。純金だよ。私の世界である地球の物語に出てくる、とある指輪を
「ふうん。たしかに価値はありそうだ。報酬としていただいておこう。で、物語といったかな、どんな指輪なんだ、物語の中では」
「最強の力を持つ指輪が、世界に十九個だけあった。ひとつの指輪は、あとから造られた。君主として。物語いわく『ひとつの指輪はすべてを
ロリアムジアの目に青い炎が
「この指輪が、そのほんものの指輪の力がまったくないことは理解しているが……物語は、気に入った。私が長く生きてもおそらく一度も訪れることのかなわぬ世界。そこで生まれた未知の物語で、この指輪はそれほどの役割を与えられていたのだな」
「そうだよ。君との契約が今日一日でなければ、長い長い、とても長いその物語を教えることもできたんだが」
めったに依頼を受けることもないし、そもそも依頼料がものすごく高いロリアムジアとは、今日が終わればおそらく会うこともないということでした。
「べつに、いつでも会える」
「え?」
「私のほうからデンテファーグ、お前に会いに行ったら、その物語や、地球の話をしてくれるか? おお、そうだ、ソーホ組合の一員だったな。じゃあ私に話を聞かせる依頼を君にすればいいんだ。そうだろう、デンテファーグ。依頼料は?」
ロリアムジアのほうから、デンテファーグに「地球の話を聞かせる」という依頼をするつもりのようでした。その依頼そのものは、吟遊詩人に地球の話を売るのとほとんど同じことです。
「依頼料は、君が私に払った報酬と同額ならいいか?」
ロリアムジアがとんでもない高額の依頼料を言い出しました。ロバーリアスたちの誰か一人を百日雇ってあまりある金額です。
「ブゥゥーッ」
と盛大に四人の冒険者が吹き出しました。それでデンテファーグもわれに返ります。
「いやその話も終わってからにしよう。依頼をしてくれたら、話でもするさ。そのためにも私が死なずに帰れるように、君も協力してよ、ロリアムジア」
「ああ、協力するとも。どんとこいあらくれども。ロリアムジアはけっして作戦を失敗しないぞ」
デンテファーグは、
「クールな美少女って感じの印象だったけど、君の笑った顔は、ひときわいいな、ロリアムジア」
ロリアムジアはびっくりしたようにまぶたをぱちくりします。そして表情を元通りに仮面のように戻してから、言うのです。
「笑ってない」
どうやら、表情を見られるのが苦手な魔法使いのようでした。
敵襲は、ありました。しかし百人にはとうてい及ばない人数でした。
計画で予想したとおり、待ち
(※作者註:「ひとつの指輪」については、この物語を読むにあたっては、とくに知識を必要としません。それでも気になる向きは、小説『指輪物語』(J.R.R.トールキン、評論社)または映画『ロード・オブ・ザ・リング』をごらんいただくと、理解が深まるかと存じます)
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