第2話 「異世界の話を吟遊詩人に売ろう」「その罠に飛びこもう」

 デンテファーグは冒険者(ジケーダー職)のロバーリアスたちから異世界でのやり方を学びます。『すべてが書かれた本』を読むだけよりも、やはり実体験を通じての学びは身につくのも早いのでした。

 彼女は早い段階で、「私は異世界である地球から来た」ということを、ソーホ組合の初老の男女(ゲナイト、ルデモロという夫婦だとわかりました)と、ロバーリアスたちには明かしました。

 覚えたての魔法の誓いで、この秘密をもらさないことを約束したうえでのことです。デンテファーグが必要と思う情報や物品を集めやすくなることを期待してのことでした。もちろん信用できると考えたのが前提です。

 その後、デンテファーグはこの異世界での収入をどう確保するかを考えました。

 現金が手元にだいぶ残っています。十日間のロバーリアスたちの雇用こよう費と、組合への手数料などを支払っても、余裕がありました。とはいえ、いつまでも貴重品を売ることで生活することはできません。

 彼女はギルドのメンバーに相談し、自身の知識を活かす方法を探ろうとしました。

 そんなおり、ある賢いメンバーが

「吟遊詩人に異世界の話を売るのはどうでしょう?」

 と提案します。彼女はさらに、

「本物の異世界の話なら、きっと高く売れるはずです」

 と付け加えました。

 美女ネルジュイの考えでした。彼女は、冒険者と舞踏家ぶとうかを兼ねています。都市部の冒険者はもうひとつの職業を持っていることが多いのです。

「それは名案だね」

 とデンテファーグはすぐにその考えを採用することにしました。このころには、異世界である地球からこちらに渡ってくる人間は、珍しいけれどいないわけではないと知っていました。

「この提案はまったく私には思いつかないものだったよ。ネルジュイ、価値ある提案に報酬ほうしゅうを支払うから、ありがとう」

 とお礼を伝えました。ネルジュイは高級な布を使ったロングスカートを優美に持ち上げて一礼しました。野外へ出かけることがないばあいのジケーダー職は、町中での服装も自由です。ネルジュイはそのまま舞台でダンスを披露ひろうしてもおかしくない姿でした。

 こうしてデンテファーグは吟遊詩人たちに自身の異世界=地球での知識を語り、ここでは知られていない物語を提供することで収入を得る新しい道を開拓かいたくしていきました。

「ところで、かわ細工ざいくに優れた人間を紹介してもらえないだろうか」 

 と、数日経ったころにデンテファーグは言い、大枚たいまいはたいて彼女の古びた本に、立派な革の装丁そうていをほどこしました。紫色に加工した革に金糸で刺繍ししゅうをしてあります。

「町中で目立ちすぎる」

 とロバーリアスからも受付のゲナイトからも指摘を受けたので、デンテファーグは本をふだんはしまっておくことにします。上着の裏地うらじにぬいつけた「折りたたみ風呂敷ふろしき」の中に物がたくさん収納できるのです。この魔法の品物は、異世界で広く普及して、お金さえ払えば誰でも手に入れられるものでした。

 ロバーリアスたちが剣を帯びるなどの最小限度の装備でいられるのも、「折りたたみ風呂敷」のおかげなのです。

 このころから、デンテファーグは自分の身に危険がおよびそうだと感じ始めていました。

 冒険者たちは彼女にとって義理堅く信頼できる仲間でしたが、世の中には油断ならない冒険者もいるのです。特に定宿を持たない冒険者たちは危険な存在となりえました。最初のときに絡んできたゴロツキ冒険者はその代表例でしょう。

 そこでデンテファーグは、この世界で安全な立場を確保することを考えます。

 同時に、自分自身の計画も進ます。貴族と知り合いになることが、計画の一歩となります。ロバーリアスたちに相談しながら、策を練ることにしました。


 デンテファーグが地球人だということは噂になりませんでした。ロバーリアスたちもゲナイト夫婦も、秘密をもらさなかったのです。

 しかし、貴重で高価な品物を持っているという情報は、すでに最初から知られてしまっていました。「カネになりそうな子どもがいる」と噂が広まりはじめると、彼女の周囲には危険が少しずつ忍び寄ってきました。

 十代前半の子どもといっていい若者が高価な品を持ち歩いているとなれば、それは一部の者にとって格好の標的です。

 さらに、彼女の名前の妙な響きも周囲の注目を引いたため、デンテファーグは「チュリターム」という新しい偽名を考え出しました。

 また、貴族の子どもたちとの縁を求め、学びの場に入り込む準備を進めたのです。

 そんな中、事件が発生します。しかも暴力事件です。

 ある日、ロバーリアスの仲間の槍使いレイアリーマが武器で襲われたのです。「カネを持っている子どもの情報を売れ」と二人組に脅され、これを断ると戦闘になったというのです。

 事件はおおごとにならずにすみました。デンテファーグは一般の人間より多少魔法の才能があり、仲間と連絡を取り合うための魔法をすでに使っていたのです。レイアリーマのところへデンテファーグ、ロバーリアスたち他の仲間たちがすぐに駆けつけ、事なきを得たのでした。

「すぐに助けてくれて、本当に助かったよ」

 と、レイアリーマが感謝を伝えます。彼女は十六歳と若く、デンテファーグには友だちのように接します。

 こうして彼女たちの間に結束が生まれ、連携が深まっていく中、デンテファーグはさらなる試練が迫っていることを感じていました。


 デンテファーグが安全のためにソーホ組合の値段の高い部屋を定宿に変えた(それまでは町になじむために宿を転々としていました)ころです。

 罠の予感が濃く漂う依頼がロバーリアスたちに舞い込んできました。

 剣士ロバーリアスが「五人以上で」という条件付きで受けたのは、次のような奇妙な依頼です。

 「廃村に現れたイワハネゴケというモンスターを一掃してほしい」

 という内容で、一見すると単純な依頼でした。イワハネゴケは植物に擬態した肉食のモンスターで、無防備な旅人などが襲われれば命を落とす危険もあります。

 が、依頼主がわざわざ無人の廃村にいるモンスターの退治を頼む理由が、どうにも怪しく思えたのです。その村に昔住んでいた人間と称していましたが、なんの理由もなく突然に捨ててきた村のモンスター退治をしたくなるものでしょうか?

「裏がありそうだね」

 とロバーリアスが眉をひそめると、他の仲間たちもその見解に同意します。

 デンテファーグも状況を考え、

「ちょっと待って。断らず、受けてみないか。試してみたいことがある」

 と提案しました。槍使いレイアリーマが心配そうな声をあげます。

「でも、デンテファーグ……じゃなかったチュリターム、きっとあなたが標的ひょうてきだと思うよ」

 仲間たちは同時にうなずきました。罠だとすれば間違いなくデンテファーグねらいでしょう。

「もしその廃村で待ちせしているならず者がいるなら、経験の場にできるかもしれないから」

 デンテファーグはつづけて言います。

「試してみたいやり方があってね。君たちを信用しているが、それなりに危険がともなうので、最上位の冒険者を追加で雇いたい。気を悪くしないでほしいんだ」

 危険に対しての準備には、腕利きを雇うことも当然、含まれます。

「気になるわけない。それにチュリターム(デンテファーグ)の賢さは、俺たちみんなわかってる。あんたが言うなら、そうするさ」

 ロバーリアスたちも納得してくれました。

 こうして、デンテファーグは腕利きの冒険者を雇うことになります。さらに最近学んだ魔法の知識を試すのも目的のひとつです。これらの対策をしたうえで、仲間たちと共に廃村へ向かうことにしました。これが単なるモンスター退治で終わるのか、はたまた謎の陰謀いんぼうがひそんでいるのか。彼女の判断力と新たな能力が試される機会がめぐってきたのでした。

 廃村でのモンスター退治は翌々日。わざわざ日を置いて指定があったのは、

「向こうには向こうで準備の時間が必要だってことだ。わかりやすいよね」

 というデンテファーグの推測です。

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