すべてが書かれた本『紫革紙面』をたずさえた少女が、「王子」になることを目指して石畳の街を歩く

紅戸ベニ

第1話 少女は、異世界の国・ラダパスホルンで手慣れたふるまいをする

 このお話は、異世界へと転移した少女の冒険譚ぼうけんたんです。

 日本人ですが、デンテファーグと名乗る十三歳。

 彼女はどうしてラダパスホルンの王子となったのか。そして古代超兵器の復活にかかわるようになっていくのか……そこへとつながっていく物語です。


 十三歳の少女は、まず自分の名乗りを考えました。すぐに好きなお菓子の名前をもじることを思いつきます。

「デンテファーグと名乗ろう。この名前なら女っぽくない。異世界で、男として過ごすのがいいだろうな」

 デンテファーグは、目の前に広がった石造りの街並まちなみに目を配ります。

「私の所持する『すべてが書かれた本』でわかっていたことだ。日本とは違う世界に、私は来たんだな」

 石畳いしだたみの道と古びた建物が並ぶ光景に、好奇心をそのひとみにうかべます。背中には大きな革製かわせいバックパックを、片手には古びた本を一冊、たずさえています。

「この本によれば、異世界はおよそ産業革命前後の文明の発達ぐあい。化石燃料がほぼないので蒸気機関はごく限定的にしか作成されていない。ただし地球から流入した文化や機械文明がところどころに散見さんけんされる……そして、火薬などのエネルギーがきわめて減衰げんすいされて火器を作ることは困難。戦争はウマと剣とやりでの合戦……」

 異世界への旅を終えてラダパスホルンの町に足をみ入れたとき、彼女は自然体でした。あたかも昔からなじんできた場所のように、町にけこんでいました。道ばたの露店ろてんやざわめく人々にちょっとずつ目をやり、売られている品物や人々のふところのあたたかさを見てとりながら歩きます。

「品は豊富にあり、住民はにこやかに暮らしていて貧しさを感じない。豊かで、生き生きとした町だ。新しい王の統治とうちがうまくいっている。外国人も多い。交易こうえきの成功が繁栄はんえいにつながっている」

 彼女の手にあるのは、分厚ぶあつい書物『すべてが書かれた本』。カサカサの茶色い厚紙を表紙にした読み古した本です。それは異世界の知識が詰まった本なのです。デンテファーグはひまさえあれば『すべてが書かれた本』を読みこんできていたので、町の文化や習慣も知っているという自信を持っていたのです。

「私が王子になるには、いい国だ。今日はいい日だな」

 たしかに晴天です。しかし、天気のことばかりではありません。彼女は今日をさかいに異世界の暮らしをはじめるのです。

 地球の東アジアの国・日本から、異世界へとやってきた少女、デンテファーグはこんな姿です。

 ぼさぼさとした金色のかみびほうだいになっているのを背中でしばってまとめています。服装はじょうぶな綿めんのシャツに、厚手のトラウザーズ。厚底のくつ。少女らしいところはちっともありません。野外活動とかガーデニングをする格好にも見えます。おそらくティーンエイジになったばかりの少年に見えるでしょう。

 顔立ちはどこか夢見がち。半分閉じたまぶたの奥には、深い思索しさくのゆらめきが浮かんでいました。落ち着いているので目立つことなく町の人にまぎれこんでいます。ちょっと見たくらいでは、近隣きんりんの子どもが歩いているように思われたかもしれません。

 迷いなく通りを歩いてゆきます。

 ラダパスホルンは大陸の南に位置する大国です。町の往来おうらいにはこの国の装束しょうぞくの人だけではなく、地球に近い文化を持つソイギニスの旅人、商人もいました。

「初めての町……たしかここは、ラダパスホルンの首都ザスンガイナ。地球の服を着ていると地球文化に近いソイギニスの人間だと思われるだろう。が、あまり所在しょざいなげにして怪しまれないように、迷いなく、目的地へ向かうべきだね」

 背すじを伸ばして歩く姿は異世界でのふるまいかたがすっかりわかっているというようすでした。

 デンテファーグは、目的の「ソーホ組合」の建物の前に立ちました。

「ソーホ組合……これがいわゆる冒険者ギルドのようなものだったな。登録するだけなら、まあ、私のような者でも問題あるまいよ」

 彼女は十三歳なのですが、大人の男のような話し方をします。少し時代がかったとも言ってもいいでしょう。そういう個性なのです。

 石造りの外壁と重厚じゅうこうな木の扉が彼女をむかえ、扉を押して中へ入ると、にぎやかな声が響きます。

「さて、冒険者とは、ならず者の言い換えだなどと言われるが、この近世界ではどうなのかな?」

 ソーホ組合では冒険者たちがひしめきあっていました。ただの酒場のように見えます。多くの者は酒を交わし、時には大声で談笑だんしょうしています。

「大国だけあって、景気がいいことだね。もし彼らがならず者だったとしても、このようすなら安全に見える」

 酒や料理を提供するカウンターが近くに見えます。そこから厨房ちゅうぼうにつながるのでしょう。デンテファーグが見回すと、それとは別に奥まったところにもカウンターが見つかりました。そちらが冒険者への依頼の受付なのでしょう。

 奥のカウンターに近づくと、昼食をとりながら依頼について話し込む姿があちこちのテーブルに見受けられました。

 彼女はカウンターに向かいます。そなえつけのペンを取り、用意された登録用紙に名前や必要な事項を書き込みます。

「ラダパスホルンの文字も習得済みだ。『すべてが書かれた本』でね」

 という一人言は受付の耳にも届いたようです。

「外国人かね?」

 初老の古傷だらけの男でした。

「そうだが、ソーホ組合でラダパスホルンの通貨を調達したい。貴金属や貴重品がある」

「ソイギニス人のようだが、ここに来る前にいくらでも両替できたはずだ」

「ちょうど路銀に使ってきたのさ。ソニギニスでも珍しい機械式の時計は、どれほどの値がつく?」

 場違いに見えるはずの子どもが自然にふるまう姿に、受付の係も驚きを隠せないようでした。デンテファーグは受付の者ともスムーズに会話を交わし、異世界の住人としての第一歩を歩み出しました。

 もし持ち運べる大きさの機械式時計が本物なら高価なものだから、専門家の鑑定が必要だと受付の者は言い、女性を一人呼び寄せました。年齢は男と同じくらいで四十代くらいでしょう。夫婦なのかもしれません。

「魔法の力で最低限の照会しょうかいをさせてもらってから、連れてくよ」

 女性はそう言って、デンテファーグが現在どこかで犯罪行為でおたずね者になっていないか、スパイなどの仕事でラダパスホルンに来たのではないか、ほんとうに高価な品物を持っているかどうか、というのを「間違いなければ、魔法の同意をして」と言いながらひとつひとつ言っていきます。

 その質問すべて、および最初に書き込んだかんたんな履歴書りれきしょに問題ないとわかると、となりの建物に案内されました。

 デンテファーグは女性に聞きます。

「ラダパスホルン方式に慣れていなくてね。もう私はソーホ組合の一員になれたのかな?」

「ああ、そうだよ。デンテファーグ、ソーホ組合はべつに仲間になるってもんじゃない。仕事のあっせんと手数料をもらう、掲示板の延長みたいなもんだからね」

「ソイギニスでは、もう少し厳しい審査があったが」

 と、これははったりでしたが、文化国家ソイギニスは文明の度合いが高いとみての推理で言ったのです。

「そうかい。そっちはおカタいってわけだ。あたしは知ったことじゃないよ」

 となりの建物には、酔っぱらいの冒険者はおらず、カビくさい雰囲気の暗い部屋を透明な板(ガラスに似ていました)で囲ったブースがありました。買い取り希望者はこのブースに入って、品物を鑑定されるのを待つようです。

「おや、防犯に気を使っているようだ」

「お互いに安全なやりとりがしたいだろ?」

 デンテファーグは持ち込んだ「自動巻き腕時計」を鑑定してもらいました。ここでも魔法の同意が行われます。これでフェアな取引が約束されました。

 買い取り所から出たとき、デンテファーグは何ヶ月からくに暮らせる現金を手に入れていました。

「ふむ。ソーホ組合はサポート体制は最低限かもしれないが、信用に値する組織であるようだ。ならず者同然の冒険者をこそ、警戒けいかいして、悪さはさせない。そういう仕組みがしっかりととのっている」

 デンテファーグはふたたびもとの建物に戻りました。ソーホ組合の冒険者に依頼をするためです。

 ところが、周囲の冒険者たちの中には、悪い者がまぎれ込んでいたようです。

 「ソイギニスの珍しい時計を持ってきた」と話を耳にしたのに違いありません。彼女に詰め寄るようにからんでくる者さえ現れました。いわく「俺たちと仲良くしないか、小僧」とか「親がついてきていないんじゃ、心細いだろう」などのわかりやすい文句を並べています。貴重品のひとつもだまして奪ってやろうと思っているのがまるわかりです。

 しかしデンテファーグは冷静に、受付の男に「助けていただけますか」と頼みます。

 恐れを見せず堂々とふるまうその様子に、彼は軽くうなずいてすぐに対応に入ってくれました。受付の男がカウンターからずいっと前に出ただけで、品のないごろつき冒険者はそそくさと下がっていきました。

「おめえ、きもっ玉がすわってるな。見た目通りの子どもじゃないだろう。ディスガイズ魔法で若く見せているのか……まあ、なんでもいいが」

 とつぶやく男に、

「好きなように受け取ってくれていい。じゃあ、最初の依頼を受け付けてくれるかな。あなたが信用できると思う冒険者を三人、護衛にほしい。期間は十日間だ。さしあたって危険なことはしないが、ラダパスホルンになじむまで案内ができる者だと助かる」

「危険なモンスター退治なんかはしないってことだな。ジケーダー職(護衛職ごえいしょく)のもんが、ちょうど店内にいる。依頼料とはべつに飲食代でももってやれば、今日から護衛に二つ返事でついてくれるだろうぜ」

「それはありがたいな。じゃあ呼んでくれるかい」

 聞くや、受付の男は大声で冒険者を呼びつけます。

「おおおおおい! ロバーリアス! おめえたちの欲しがってたジケーダーの仕事がたった今飛び込んできたぞお」

「うわあああ、急に耳元で大声を出すな!」

「おっとすまねえ。ん? あいつら四人組だったな。あんたの依頼より一人多いが、どうする、値切って三人分の値段に負けさせるか、べつのやつらに替えるか、日数を減らすか、それとも料金を上乗せするかだが」

 デンテファーグは迷うことなく即座に答えます。

「うん。最初の二つは却下だ。日数も減らさない。カネを四人分支払おう」

 受付の男は、デンテファーグを試すために質問したのでした。「値切る」と答えたり、判断が遅かったりしたら、「その程度のヤツ」と見なすつもりでした。

「上出来だ。あんたほんとは年齢いくつだよ」

「お好きなように考えてくれ」

「さっきの履歴書に十三歳って書いてたよな。ラダパスホルンでは十二歳で成人あつかいだから問題ないが、魔法の誓約せいやくでも嘘ではないってことだが……」

「じゃあ十三歳だよ」

 そんな会話をしていると、ロバーリアスと呼ばれた若い冒険者がやってきました。

 細剣さいけんを帯びている薄茶色うすちゃいろの髪の、なかなかハンサム顔の男でした。ラダパスホルンという都会にふさわしく、それなりに上品な服装で、冒険者らしいところは剣くらいです。

「さっきのごろつきみたいな人たちより腕の立つ者たちなんだよね?」

 とデンテファーグが聞くと、受付の男は「もちろんだ」と答えました。

「ロバーリアスだ。ジケーダーは治安維持や護衛の仕事をメインにう冒険者なんだ、外国の方」

「私のような子どもに等しい人間に、礼儀正しいね、ロバーリアス。私はデンテファーグ」

「依頼主とあれば、当然だ。さて、今すぐ護衛をつとめればよろしいですかな」

「ああ頼む。今日も一日分の代金を払うよ。それに、四人の昼の食事代も、私が持たせてもらおう」

 ロバーリアスはヒュウっと口笛を吹き、すぐに「失礼」とわびました。

 こうしてデンテファーグは四人の冒険者をやとうことに成功しました。

 さきほどからんできた者たちも不満げながら、遠巻きに彼女を眺めるばかり。そのうちどこかへ退散していきました。

 デンテファーグは雇用料を支払うことで、信頼のおける冒険者たちと共に行動できるようになりました。これで、自身を守ってくれる仲間を得たのです。

「だが、さっきのゴロツキ冒険者は、あと一度くらいちょっかいを出してくるかもしれないな……」

 誰にも聞こえない小さな声でデンテファーグは自分に言いました。

 その予感はまもなく当たることになります。

「さっきの質問の答えとしては、ちょっと違うけれどね」

 と彼女はソーホ組合の受付の男とロバーリアスアたちに聞こえる声で言いました。

「私はラダパスホルンの王子になるんだ。いずれルフォール・マーケンアーク王に面会する伝手つてを見つけるつもりだよ」

 あっけにとられる人たちを置いて、デンテファーグはロバーリアスたちのいたテーブルに着きました。

「せっかくだから私もラダパスホルンの料理を味わっておきたい」


 これは彼女が王子になるまでの冒険のお話です。

 彼女は王の子でもありませんし、男子でもありません。はじめてこの世界にやってきた地球生まれの地球人です。

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