第5話 男物・女物
後輩の高校受験が近づいたのを理由に、Ⅹは会う機会を次第に減らしていった。
「先輩は寂しくないのですか?」
しきりに連絡してくる。本当のことは言えなかった。Ⅹは同級生Yのことが、気になりかけていた。
ストレスが溜まっているようなので、後輩を訪ねた。
「ボクだって、そりゃ、寂しいよ。でも、来年からはずっと一緒にいられるじゃない」
「うれしい。我慢してくれてるのね」
後輩はタンスからパンティを何枚か取り出した。
「先輩。これ、私だと思って、そばに置いといてよ」
Ⅹは素直に受け取った。
パンティは机の引き出しの奥深くにしまい、カギをかけておいた。
時々、出して眺める。
(Yちゃんも、こんなの履いているのだろうか‥‥)
想像して、顔を埋めた。
ふと、履いてみたくなった。
不思議な感覚だった。前の出っ張りが少し邪魔になったが、ソフトで、履いている感じがまるでなかった。
姿見に映した。そこには別人が立っていた。
部屋にいる時にはドアをロックして、パンティ一枚だけで過ごすことが多くなった。汚れると、母親と妹の留守を見計らって、洗面台で洗い、部屋干しした。
一回だけで止めるか、ずっと続けるかは一つの分岐点だ、と言った相談員がいた。
「ボクはもう引き返せない地点にいるのでは‥‥」
不安が頭をよぎることがある。
やはり、恐れていたことは起きた。
食事に行くと、妹と母親が待っていた。
三人そろっての食事は久しぶりだった。妹は次から次へと、身の回りの出来事を母親に報告している。
「お兄ちゃんたらね、フリルの付いたパンティ履いてるのよ。短パンから見えちゃった」
母親の表情が変わった。
「おしゃべりばかりしてないで、あなたは部屋に戻りなさい」
妹が席を立った後、気まずい沈黙が続いた。
「お母さんはあなたの女装趣味について、何も言わないの?」
女性相談員だった。
「何も。あまり口も利いてくれません」
「こういうのって、難しいのよねえ。うーん。そういうの、受け入れられる親と、そうでない親がいると思うの。私だって、そういう息子を受け入れられるかどうか。結局、何と言えばいいのかなあ。本音と建前を使い分けてるのね」
相談員は苦しい説明を続けた。
Ⅹにいたずら心が頭をもたげた。
「親ガチャなんですね。当たりはずれがある。それに、いい親に当たる確率は極めて低い」
「でもね、親心ってそんなものよ」
相談員は少しムキになっていた。
(LGBTQなど、いわゆる性的少数者に対する差別がなくならない理由が、よくわかりました)
喉まで出かかっていたが
「よく考えてみます。今夜はボク、失礼なこと言ったかもしれません。ごめんなさい」
と、話を打ち切った。
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