男子高生X

山谷麻也

第1話 年ごろ


 初めてのことなので、スマホにタッチするのをためらった。

(対面ではとても言えない…。電話でだって、自分のような悩みを受け付けてくれるだろうか)

 迷いに迷った。


 電話に出たのは女性の相談員だった。

「何か悩んでいるの。よかったら、聴かせてよ」

 Xはボソボソと語り始めた。

「実は、妹のことで…」


 Xは高校一年。妹は中学一年。東京の郊外で、母親と三人くらし。両親はXが五歳の時に離婚した。

 Xは簡単に家庭環境を説明した。


「お兄ちゃん。勉強教えてよ」

 妹はよくXの部屋に、ノックもなしに入ってくる。小学生のころからそうだった。


「中学生になり、胸とか大きくなるでしょ。ボク、それが気になるようになったのです。つい、胸や股間に目が行くんです」

「そう。…」

 相談員は言葉に詰まっている。

「夏休みとか、妹は汗かいて、外から帰るとよくシャワー浴びているんです。脱衣カゴの下着なんか見ると、ボク、我慢しきれなくなって」


 相談員はため息をついた。

「それで、手に取って、見るとか…」

「ええ」

 沈黙の時間が続いた。

 Ⅹは相談員の言葉を待った。


「実の妹さんでしょ」

 なじるような口調だった。

「いいえ。ボクと妹は父親が違うんです」

 固唾を呑む音が聞こえた。

「そうなの。異性に興味を持つのは、自然なことなのよ。でも、それを行動に移すのはどうかなあ。あなたには男の友達はいないの? スポーツはやってないの? 何か趣味はないの?」

「友達と言えるほどの男の子はいません。運動はしないし、趣味もありません」

再び、相談員は黙ってしまった。受話器からかすかに息遣いが伝わってくる。


「大学、行くんでしょ。将来、何になりたいの?」

「学校の先生になりたい」

「そうなの。向いているかどうかよね。ほかになりたいもの、ないの?」

「ほかには考えていません」

「あのね。人生、我慢することも大事なのよ。そうして男の子も女の子も、大人になっていくのよ」

 相談員は電話を切った。


 喉が渇いたので、キッチンに牛乳を飲みに行く。静まり返っていた。もう一〇時を回っている。シャワーを浴びて寝ることにしよう。


今夜の相談員は男性だった。

「妹に勉強、教えていると、体をくっつけてくることがあるんです。妹の胸のふくらみにも目が行って…」

「男なら、気になるよね。それとなく言ってあげなきゃ。言いにくかったら、お母さんから注意してもらうのもいいと思うよ」


 妹の下着のことも話した。

「うん。分かるよ。女性の下着に興味を持つ。たいていの男はそうなんだよ。でも、チラッと見るだけか、それとも手に取るかが分かれ道じゃないかなあ。また、一回で止めるか、続けてするかによっても違ってくる。どこで自分を抑えるかだよね」


 男性相談員の言うことは理解できた。

「やっぱり、一回で止められなかったボクは異常なのでしょうか」

 相談員は、その問いには答えなかった。


「妹さんが君のしていることを知ったら、どう思うだろうね」

「ボクのこと嫌いになる…」

「そうでしょ。家の中は気まずい雰囲気になる。これが家の外だと、問題になりかねない。そんなことで相手に迷惑をかけるようなことがあると、君は罪に問われるんだよ」

 電話が長くなった。

「今夜はボクのつまらない話に付き合っていただき、すみませんでした」

 Ⅹはスマホを置いた。

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