最終話 四国再訪
高校に行かなくなってから、電話相談にはかけていない。Yとのその後を心配してくれている相談員もいるだろう。
外は重くて暗い冬の空気で、包まれている。ふと思いつき、内房線で館山まで行ってみた。
館山は房総半島の最南端である。そこには一足早く春が訪れていた。
陽光に輝く太平洋を眺めていると、心も少しは晴れる。イーゼルにキャンバスを立て、菜の花を写生している老人もいた。Ⅹは断って、シャッターを押した。雑誌に投稿してみよう。
房総半島の写真が鉄道雑誌に載った。ブルトレの記事があったので、読んでいると、居てもたってもいられなくなってきた。
夕食後、母親と居間でテレビを見ながらくつろぐ。
「過疎地の小学校がまた一校、長い歴史を閉じます」
Ⅹが入る予定だった小学校。母親の母校でもある。
「ママ、寂しいね」
「ううん。大切なことは、ママの心のアルバムにちゃんと整理してあって、いつでも見れるからね」
母親は落ち着いていた。
(心のアルバムか‥‥。ボクは整理できてない。そうだ! 四国、行って、やらなきゃいけないことがある)
Ⅹはプランを練った。
「サンライズ瀬戸」で四国に渡り、土讃線に乗り換えて、祖母が住んでいた秘境の村をもう一度訪れるのだ。
家の門に大きな樫の木があった。祖母が太い枝にロープをかけ、ブランコを作ってくれた。
祖母がⅩの背中を押すと、Ⅹは空高く上がった。目の前に四国山地の連山、足元には、草
あれから一〇年あまりが経過していた。祖母はすでに亡い。
樫の木は遠くから眺めるしかないだろう。それでも、脳裏に焼き付けておきたい風景の一つである。
帰りは特急「南風号」か「しまんと号」で岡山に出て、新幹線を利用する。五歳の時、母親と二人で帰ったルートだ。
瀬戸内の海は輝いているだろうか。京都の時間は止まったままだろうか。富士山は美しい姿をとどめているだろうか。しっかり記憶に刻むつもりだ。
上り列車が近づくと、祖母は声を上げて泣いた。母親も泣いていた。あれから、母親と二人だけの生活が始まった。
そのうち、空想の世界に遊ぶことを覚えた。妹や後輩、年上の女性などを想定し、ドラマを組み立てた。誰かに披露したくなったが、まともに取り合ってくれなかった。ただ、自殺防止の電話相談だけは違った。
真剣に聴いてくれるので、ストーリーを発展させた。多くは性に関するものだった。時には、自慰行為をしながら電話している、と勘違いされたこともあった。
寝る前に歯磨きしようと、洗面所に行った。
母親が風呂に入っていた。
脱衣カゴに下着が脱いであった。
Ⅹは手に取って、そっと鼻に近づけた。
父方の祖母と寝ながら、四国にいる母親のことを思って毎夜、涙を流した。母親を
もう、あの匂いではなかった。
Ⅹはパジャマを脱ぎ、トランクスだけになった。
「ママ、背中流してあげようか」
声をかけると
「あら、ありがとう。じゃ、お願いしようかしら。どうしたの、今夜は」
よく見ると、白髪が何本かあった。四国の祖母は真っ白な頭だったので、血は争えない。
「いろいろ考えたいことがあってね、旅に出たいんだ。四国まで行ってくる」
「それ、いいねえ。あなたもママに似て、内向的だし、ずっと心配してたのよ。そのうちママも行きたいわ」
高校を中退して一年あまり。同級生は卒業期を迎える。充電期間は十分すぎた、とⅩは思っている。
Yと子供のことは、心のどこかに引っかかってはいた。
男子高生X 山谷麻也 @mk1624
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。男子高生Xの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
こんなところで悪かったね新作/山谷麻也
★0 エッセイ・ノンフィクション 連載中 1話
ラヂヲ一〇〇年/山谷麻也
★0 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
決まり文句/山谷麻也
★3 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます