第3話 女高校教師
書店に、旅行と鉄道のコーナーがあった。
しばらく時間をつぶし、鉄道雑誌を買って通りに出た。
「京都が好きなの?」
先ほど、隣にいた女の人だった。
無視して歩いた。昔、応じていたら、怪しげな宗教団体だったことがあるので、警戒している。
「京都、行ったことあるの?」
「いいえ。新幹線で見た街の中で、京都だけ、どこか違った感じがしたから」
喫茶店に誘われた。
女性は三二歳、高校の美術科の教員だと言っていた。
Xは母親と初めて旅をした時の思い出を語った。
「そうなのよね。あそこだけ、タイムスリップしたみたいよね。京都のどこに行きたい?」
「ボクは
下京区の出町柳駅から鞍馬と比叡山方面に向かう、一五キロに満たない鉄道だ。
「いいねえ。京都にそんな電車が走ってるの。わあ、乗ってみたい」
女性教師は目を輝かせた。
「ねえ、一緒に行って見ない。いいのよ。お金の心配なんかしなくても」
女性教師は強引だった。
二人で秩父鉄道や大井川鉄道のSL(蒸気機関車)を撮影に行ったこともあった。
秩父からの帰り、所沢で降りて夕食をとった。女性教師はXにも酒を勧めた。Xは初めての飲酒だった。口を付けて止めた。
女性教師は酔っていた。店を出ると、タクシーを停めた。行き先を訊かれ「近くのホテル」とだけ答えていた。
「私のこと、不良教員だと思う?」
薄暗いホテルの一室。二人でベッドに体を横たえていた。
「高校生に酒は飲ます。こんなところには入る。バレたら、一発でアウトね」
Xは無言で天井を眺めていた。
「あなたとしては、同年代の女の子と健康的な交際をしたいのでしょ」
高齢の女性相談員だった。
「だけど、母性本能をくすぐる男の子がいるのよ。あなたはそのタイプなのよ、きっと」
女性教師とは最近、旅行に行く機会が少なくなった。食事をしてホテル、というのがパターンになっていた。
「そういうお付き合いって、長く続かないと思うわ。二人の関係は対等じゃないもの。いずれ、ぎくしゃくしてくるものよ」
Xは先のことまでは考えていなかった。気の迷いを女性教師は勘づくに違いない。次に会うのが億劫になって来た。
「誰かに話したのね」
女性教員は悲しそうな目でXを見た。
「世間は、そういうことを言うものなのよ。でも、私はずっと、あなたのこと愛していける自信がある。あなたのためなら、すべてを投げ出してもいい。あなただって、私のこと好きだ、ずっと一緒にいたいって言ってくれたじゃない。あれは本心じゃなかったの?」
Xはベッドから身を起こした。
「ボクはまだ一六でしょ。これから、いろいろなことがあると思う。五年後、一〇年後のボクを想像することなんかできないのですよ」
「分かった。もういいわ。聞きたくない」
女性教師はベッドを降りて身支度を始めた。
「ごめんなさい。でも、あなたのことは好きでした」
Xは頭を下げた。
「私もね、謝らなきゃいけないことがあるの。私、教師なんかじゃないの。ほんとの職業も年齢も言えない。ごめんなさいね」
「それでよかったんじゃないですか」
結末に、男性相談員はホッとした感じだった。実直そうなので、Xとしても、ホテルの話になると気が引けた。
「年齢はともかく職業まで偽って男子高生に近づくなんて、よほど訳ありの女性なんだね。まあ、僕たちだって、プライベートなことは明かしてはいけない。ある意味、どこかで防衛線を張っているのかもね」
それから、相談員になるには一年近く、週一回の研修を受けること、無報酬のボランティアであること、深刻な悩みの反面、テレフォン・セックスがわりに利用する人がいることなどを話していた。
(いろいろな人が利用しているんだ)
Xはそんなことを考えながら、聞くともなしに相談員の話を聞いていた。
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