最終話 ひとつのセカイがおわるとき

 

 2人は佐藤宅を出ると手を繋ぎ

 やや早歩きで歩道を進み始めた

 そして

 近所のコンビニに入ると

 それぞれ ペットボトルを購入してコンビニを出てきた。


 「水だけで良かったのかな」

 恵茉が尋ねる。

  

 「食べ物を買ってもカラスの餌になるだけだよ、それに 明日の実況見分になれば 片付けられるだろうし」

 大樹は一瞬タイミングを誤ったかなと思ったが 問題はなかったようだ。


 「明日なの?」

 恵茉は穏やかに聞き返す。


 大樹は恵茉に気を使っている事を悟られないように

 「そうだよ 今朝、食事中に連絡があったんだ。明日の朝8時から事故現場で始めるって」


 「それで なんて答えたの」


 「俺は 答えてないよ、親父が勝手に協力するって決めたんだ」


 「ボクはどうしよう」


 事故とはいえ 大樹と恵茉にとって絆が深まる事になった 特別な1件だ。


 大樹にしてみれば一緒に参加したい

 しかし恵茉の変貌ぶりから見るに

 無理をしてまで参加させる訳にはいかない。


 さて、どうするか?


 大樹が思案に暮れていた時、恵茉が答えた。


 「ボクも協力する」

 

 「大丈夫なのか、無理しなくても」


 大樹の言葉を打ち消すように恵茉がゆっくりと語り始めた

 「ここ数日、事故から逃げているみたいで」


 「ボクも被害者だから、それでもいいのかも知れないけど」


 「忘れてしまえばいいとか言っておいて、忘れられない、何かに負けるようで」


 「何かは判らないけど、そんなの嫌だなと思ってた」


 「だから、いつかはボクも事故に正面から向き合わないといけないんだ」

 大樹を見つめる恵茉の瞳は少し潤んでいた。


 大樹は静かに答える

 「判ったよ 俺もサポートするからさ、明日の朝7時頃に迎えに行くよ」


 恵茉は大樹を熱い瞳で見つめて

 「ありがとう ボクも頑張るね」


 恵茉の意気込みは

 大樹にとっても、ありがたい事だが

 忘れる事で蓋をしていた恐怖の記憶がよみがえり

 新たな心の傷にならないかと心配でもある。


 恵茉のサポートは主に 心理面が中心になりそうだ

 『これは、かなり難しい事だけど自分がやらなければらない』

 大樹は恵茉の手を取ると強く握った

 大樹の決意表明だ。


 そして····


 「さあ、行こう!」

 力強い 号令と共に歩み出した

 恵茉も大樹の後をしっかりと ついて行く。


 しばらく歩むと

 事故現場に着いた。


 「何か ペットボトルが少なくなってるね」

 恵茉の言う通りだ

 昨日は 20本 近く 供えられていたペットボトルが

 今朝は5本になっている。


 「ホームレスが持って行ったのかな」

 大樹の当てずっぽうだが、あながち間違ってもいない

 それと言うのも

 昨日の回覧板に、不審者に注意してくださいと有ったからだ。


 「ひどい事するよな、人の気持ちをなんだと思ってるんだろう」

 大樹の怒り。


 「でもね」

 恵茉が返す

 「もし 食べる物がなくなるまで追い込まれたら ボクも同じ事をするかも」

 そう言うと彼女は彼の手を強く握った。


 「その時は 俺が何とかしてやるよ」

 「いや、俺が助ける、必ずだ!」


 「本当に助けてくれるの?」

 恵茉の顔を見ると 少しうつむき加減になっていた。


 「ここで 格好だけつけても仕方がないだろ」

 「お隣さんとか 彼氏とか、そんな事 関係なしに 俺は必ず助ける」

 

 恵茉は顔を上げた

 笑顔だった。


 「ふふふっ」

 「関係なかったら、どうして助けてくれるの」


 それもそうだが、ここでたじろかない。なぜなら

 「困ってる人が目の前にいて助けない訳がないだろう」


 しかし恵茉は満面の笑みで答えた

 「それ、ボクだけだよね」


 大樹は 思わず

 「どうして」と。


 そして恵茉は

 「さっき ペットボトルを持ち去ったホームレスはひどいって」


 1本取られた。


 「うむむむむ」

 大樹は頭を掻くしかなかった。


 「ふふふっ」

 「早くお供えを置きましょう」

 恵茉はペットボトルが置かれている電柱へ近づく。


 大樹も慌てて恵茉に続く。


 2人はお供えが置かれている電柱にペットボトルを置くと

 両手を合わせて頭を下げた。





 フフッ

 フフフフッ!

 そろそろ私の出番のようね。


 私は2人が頭を上げるタイミングを見計らい、電磁波で人影を作り出す。


 「こ、これはなに!」

 驚く恵茉。


 大樹には、すぐ 察しがついた様子

 しかし、わざとらしく驚いてみせてる

 「おいおい、なんだよ?」


 いい感じ!でも、まだまだこれからだよ。


 「2人ともありがとう、そしてごめんなさい」できるだけ、しおらしく言ってみた。


 恵茉は涙を流し、大樹の右腕をつかんでいる

 大樹の方は と言うと、こちらを見つめ 呆然としている。


 まあ 大樹には 正体がバレてるから

 仕方がないか。


 では、そろそろ。


 「2人とも、いつまでも仲良くね」

 そう言って 電磁波で作った人影を電線へと引き上げる。


 別れの覚悟はできている

 もう少しこの街にいても良かったけどね

 『私には、まだ見ぬ新天地が待っている』

 そう考えると心が踊る。


 チラリと2人の方を見ると

 恵茉は左手で涙を拭いながら 右手を軽く振っている

 大樹は、おっと!少し涙ぐんでるぞ やった〜


 それでは。


 「2人とも さようなら」

 そう言うと

 人影を球に変えて、私と共に電線を彼らとは逆方向へ進む。


 「さようならー」

 恵茉が大きく手を振る。


 「達者でなー」

 大樹も手を振っている。

 

 速度を上げて電線の中を進んでいく

 彼らと過ごした日々は短かったけど私が得る事は多かった

 何より私は変わった!もう以前の悲しみに暮れていた私じゃない。


 私を変えてくれた大樹君には感謝しかない

 いつか、この街に戻ってきて····


 止めておこう。


 戻らないって決めたんだ

 彼らならきっと上手くやって行ける

 そこに私が割り込んで、またトラブルでも起きたら今度こそ大樹に申し訳が立たない。


 大樹への思いは胸にしまっておこう

 私には新しい出会いが待っている。


 期待に思いを馳せながら

 電線の中を進んでいると

 少し先の電線がわずかに光っている

 あれは何だろう

 「虹?」

 雨も降ってなければ 霧も出てないのに

 不思議な事もあるものね。


 でも素敵だわ!

 旅立ちの朝にふさわしい。


 私が虹を追いかけて電線の中を進んでいると『ゆかり』何者かに名を呼ばれ、急に天に向かって舞い上がった。

 

 「わわわ!」

 急な事に驚いて抗ってみたけど

 何かに惹かれるように

 どんどん高く昇って行く。


 あれだけ頑張っても出られなかった電線から抜け出して

 天空を昇っている。


 地上の景色は 小さくなり

 地平線は丸くなる

 上を見上げると 光り輝く 何かが見える。


 「あれは」


 魂が激しく震える

 私の意識を形作っていたモノがほころんで行き

 次々と光に向かって 吸い取られる

 そのたびに得も言われぬ 幸福感に包まれる。


 最後に残った、わずかな私が光に吸い込まれる

 その瞬間、大きな やすらぎを得た。





 「今、何か光らなかったか?」

 俺は確かに遥か彼方の空に 何か 光るモノを見た。


 彼女はハンカチを取り出し 涙をふくと、俺の見ている方角をじっと見つめた。


 「うーん、特別に何か光ってはないけど」


 彼女の視力は俺よりもいい

 その彼女が見つけられ無いのならば 俺のカン違いだろう。


 それよりも、さっきのは少々過剰演出じゃないか?

 もし恵茉に気づかれたらと思うと内心穏やかじゃないよ。


 とりあえず俺を悩ませていた問題の1つは去った

 後は明日の 実況見分 を終えれば、いつもの日々が戻ってくる。


 こつん。


 俺の右腕に何かが当たった。


 右側を見ると、彼女が俺の右手を自分の左手で握りしめた

 「早くしないと学校遅刻だよ?クラス委員長さん」


 そんな事は判っているよ。


 「急ぐぞ!俺についてこれるかな」


 俺は 足早に進み始めた

 が、しかし早くも 脚が重くなってきた

 ふと、後ろを見ると

 彼女の方は相変わらずスマホを見ながら余裕の表情でついてくる

 運動部というのを忘れていた

 あ、目が合ったぞ。


 「ちょっと、前を見ていてよ何かあったら危ないでしょ!」


 お前がスマホを見るのを止めればいいの じゃないかと言いかけて

 「ハイハイ、判りましたよ」

 朝っぱらから無用な トラブルは避けたい。


 「ハイは一回!」


 なっ!くうう、ここでもか

 「判ったよ、ハイ!」


 「素直でよろし〜い」

 

 今に見てろよ、いつかギャフンと言わせてやる。


 その時1台の乗用車が走ってきた。


 バスの事故以来、車の走行音には敏感になっているのか?思わず身体が硬直する。


 そして乗用車の後ろから大型トラックが飛び出してきた!先を急いでいるのか、速度を上げて乗用車を抜き去ろうとしてハンドル操作を誤った。


 トラックは乗用車と接触した反動で、スキール音を立てながら俺たちの方へ突っ込んでくる!ガードレールが大きくひしゃげて、その先にいた恵茉を塀に跳ね飛ばし叩き付けた。


 『なにかが砕ける音がした』


 恵茉はずるずると塀から道路へ崩れ落ち、動かない。


 腕と脚はあらぬ方向に曲がり、鼻と口からは大量の出血。


 こういう時はどうすればいいんだっけ?確か 学校で習ったはず、思い出せ!


 「ガチャ!」


 トラックのドアが開き、運転手が降りてきた。


 そうだ、大人だったら知ってるはず!

 「あの····」身体が震えて声も上手く出せない。


 「あーあ、やっちまったよ」運転手は道路につばを吐くとスマホを取り出し画面をタップする。「ピッ!」と音が鳴るとスマホを耳に寄せてどこかと連絡を取り始めた。


 「あー、俺だけどさ。今日現場行けないや」

 「え?ああ、どっかのガキ轢いちまってさ」

 「だから他のトラックで荷物取りに来てくれよ」

 「場所?ちょっと待ってろ」


 運転手は俺を見ると

 「ここはどこだ?」


 「ここ?」俺はやっとの思いで声を絞り出すが次が出て来ない。


 「コイツもダメだな!」

 運転手は辺りを見回し電柱に書いてある地名と番地をスマホで伝えている。





 そうだ救急車呼ばないと

 俺はカバンからスマホを取り出して、震える指先で119をタップした。


 「もしもし、火事ですか?怪我人ですか?」

 俺は震える声で「怪我人です」

 「声が震えてますよ?怪我人はあなたですか?」いったい何を聞いているんだ?俺のわけないだろ!


 「俺じゃぁありません!」

 思わず声を荒げてしまった。


 それを聞いた 運転手は俺からスマホを取り上げた。画面を見て「余計なことしてんじゃねーよ!」そしてスマホを道路へ投げつけ、何度も踏みつけた「その女が助かったら入院費に賠償金、誰が払うと思ってんだよ!」

 俺を睨みつけて更に続ける

 「俺はそんなことに縛られるのはゴメンだ!」


 なんて無責任な大人なんだ?呆れて二の句が継げない。


 その時どこからか救急車のサイレン音が聞こえてきた

 「チッ!あいつらか」

 乗用車の方を見て運転手は舌打ちをする。


 ほどなく救急車が到着した

 2台の救急車から医師と救命士が降りてくる。俺は医師に向かって「こっちです!」と呼び掛ける。


 やってきた医師は恵茉を見ると指で目蓋を開きポケットから取り出したライトを当て、すぐに脈を取り、黒いタグを着けて乗用車の方へ向かった。


 「待ってください!治療は?」

 俺の問いかけに対して医師は

 「そのまま動かさないでください、すぐに警察が来ますから」


 警察?警察官が治療をしてくれるのか?軽症ならば、それもあり得るかも知れないけれど恵茉はどう見ても瀕死だ。


 やがて 遠くから パトカーのサイレン音が聞こえてきた、そして 3台のパトカーが走ってきて路肩に停まった。


 パトカーからは次々と警察官が降りてくる。


 巡査長らしき人物が辺りを見回し部下に指示を出す

 「2人は現場をすぐに封鎖!」

 「それと事故を起こした運転手、それから事故の目撃者がいれば事情を聞いてくれ」


 2人の警察官が俺の方へ走ってきて、1人はトラックの運転手の方へ向かった「俺が悪いんじゃないよ、たらたら走ってたあの車が!」運転手は何かめちゃくちゃな事を言っている。


 俺の方へ来たもう1人の警察官は、恵茉を見ると「君は怪我は無いかい?こちらへ来て、少し話を聞きたいんだ」そう言って 俺の手を取り 軽く引っ張った。


 「彼女はどうなるんですか?」

 恵茉はピクリとも動かない。まるで死んで?しまったかのようだ、死んでしまったかのようで、死んだ····


 「彼女より今は君の方が心配だ。さ、こっちへ」警察官は俺の背中に手を添えて歩き出す。


 仕方がない、話が聞きたいと言っていたし。


 俺は後ろ髪引かれる思いがあったが、警察官と共にパトカーへ向かった。


 その時、由香里の言っていた事を思い出す

 『気が付いたら電線の中にいて』

 俺は空を見上げる。


 四方八方電線だらけだ!もしかしたら?


 「えーまー!」電線に向かって叫ぶ

 聞こえてないのかな?ならばもう一度!

 「えーまー!おーい!」


 なんの反応も無い。


 ついでに言えば電線にカラスも留まっていない。


 今朝はどうしたのだろう、毎朝あれ程いたカラスが1羽もいない。カラスがいないと言う事は恵茉もいないと言う事なのか?そんなはずは無い。




 いや、それならば恵茉はまだ生きている?





 警察官の制止を振り切り恵茉の元へ向かう

 そこには恵茉はおらず、白い人の形が描いてある。そばにいた警察官に恵茉の行く方を尋ねる「ここにいた女の子はどこへ行ったんですか?」


 警察官は1台の救急車を指さし「ちょうど今乗せられるところだよ」


 「ありがとうございます!」警察官にお礼を言うと俺は救急車へ急いだ、そして「待ってください、彼女はまだ生きているんです!」死体袋を乗せた ストレッチャーの前に立ち塞がる。


 付き添っていた医師が

 「頭蓋骨折、折れた肋骨が心臓に突き刺さっている、心肺停止状態。仮にこの状態で生きていたとしても 手の施しようがない」


 「手の施しようがないって、あなたそれでも医者ですか!応急処置とかできないんですか!」思わず声を荒げてしまった。


 「医術にも限界がある、あまり私を責めないでくれ」医師は俺の目をじっと見つめている。


 「そんな、そんな事ってないでしょう····」

 もう諦めるしかないのか。


 恵茉を乗せて走り去る救急車


 現実離れした感覚の中で耳鳴りだけが響く

 心臓の鼓動に合わせてノイズが流れる。


 その時俺の肩を誰かが揺さぶった

 隣に立っている人影を見ると警察官だった

 ああ、おまわりさんか。


 「君、名前は?」


 「大樹です」


 「だいき君、聞きたい事がたくさんある」

 「あのトラック運転手は白を切っていてね」

 

 「どう言う事ですか」


 「自分にとって都合の良い証言しかしない」


 「そんな事って····」


 「だいき君は事故の一部始終を見ている」


 「はい」


 「辛いだろうが本当の事を話して欲しい」


 「それであの男に裁きを下せるんですね?」


 「そうだ、さあこっちへ」

 俺は警察官と一緒にパトカーの中へ入った。

 

 



 3ヶ月が経って


 恵茉の両親は住んでいた家を売って、この街を去って行った


 最後の会話で。大樹君も恵茉の事を忘れていいんだよ····君には未来がある、いつまでも亡くなった者に縛られていてはダメなんだ。


 そんな事を恵茉のお父さんから伝えられた。


 


 『忘れてしまえばいい』生前の恵茉が言っていた

 でも忘れられないんだ、どうしたら良いんだろう?


 誰か俺を助けてくれ!

 お願いだからなんとかしてくれよ。

 

 

 


終 

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忘れじの君は電線の中から 小野ショウ @ono_shiyou

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