お星様をいただきに参上します 後編

「なるほど。ここだな」


 ヨレヨレのトレンチコートを着た中年男が古ぼけた安アパートの前に立っていた。『クローバー荘』。男はアパートの看板を確認するとギシギシいう階段を上がり、二階の部屋のドアをノックした。


「フリーセル会長、ICPOのポーカーです。いらっしゃいますか?」

「ハーイ」

 ドアの向こうから、フリーセルではなく若い女性の声がしてドアが開いた。顔を出した女性は訪問者の顔を見て一瞬驚愕の表情を浮かべた。それでもすぐに気を取り直して男をまっすぐに見た。


「どうぞお入りください」

「それではお邪魔します」


 フリーセル会長の部屋にしては、粗末で殺風景な1DKである。女性は男にイスをすすめ自分も腰をおろした。ショートヘアにメガネをかけてはいるが目鼻立ちの整った美人だ。それにしてもフリーセルとは似ても似つかない。

 なぜ彼女がこの部屋にいるのだろうか。


「ようこそ、ポーカー警部……いえ怪盗ダウト……ですね」

「はじめまして、フリーセル会長……いえWeb小説作家ハーツ先生……ですね」


「たしかにわたしがハーツです……よくここが分かりましたね。さすがです。それに変装もお上手だこと」

「ハハハ、ありがとうございます。先生こそ一目でこのダウトの変装を見破るとは、恐れ入りました。まあホンモノのポーカー警部より男前のはずですがね。ハハハ」


 怪盗ダウト……国籍、年齢、性別、学歴、身長、体重、すべて不明。その素顔は誰も知らない。いまそのダウトがハーツ女史の目の前にいる。


「さて、早速ですが本題に入るとしますか。なぜ私がここに来たのか。先生はお分かりでしょう?」

 ポーカー警部、いやポーカー警部に変装したダウトは改まって言った。


「ハーツ先生……残念ながらこれが現実ですね。不動産王の大富豪フリーセル会長も、だだっ広い豪邸もみな虚構……先生のWeb小説内の幻影、蜃気楼……なのです。皆見事にだまされました。このダウトを除いてですがね。ハハハ」


 ダウトはとんでもないことを言い出した。すべてWeb小説作家ハーツ女史の創り出したマボロシだと決めつけたのだ。

 しかしハーツ女史はゆっくりと頷いた。


「……さすがは怪盗ダウト……その通りです。全部、全部わたしの妄想と願望……フリーセル会長はわたしの理想の男。だだっ広い豪邸にも一度は住んでみたかっただけ。でも現実は冴えないわたしとこのオンボロアパートの部屋。見ての通りこれが本当の姿よ!」


「なるほど。ハーツ先生、現実逃避ということですな。まあそもそも創作活動自体が現実からの逃避。作家先生に多いと聞いています」

 怪盗ダウトとハーツ女史はしばらく沈黙した。


「……そして私がフリーセル会長から頂戴したことになっている伝説の『大貧民の星』、千個のお星様など存在しない。このダウトでも無いものは盗めません。しかしハーツ先生、なかなか良くできたミステリーでしたよ。面白かったです」

 ダウトはなぜか嬉しそうである。

「ウフフフ。それは光栄です、ありがとう……お世辞もお上手ね。そうよあなたの言う通り。でもまさかホンモノの怪盗ダウトが出てくるとは。ちょっとビックリ」

 ハーツ女史はまったく悪びれていない。ダウトを前にしても堂々としていた。


「さて、私は『お星様をいただきに参上します』と言ってはいるが、一言も『大貧民の星』については触れてません。先生の創作上の産物ですから。それだけをハッキリさせたかっただけです。しかし星千個とは驚きましたよ」

「……お星様は……わたしのような光のあたらない底辺作家にとって希望の星。このサイトお星様十個で上位三十パーセントに入れる。コンテストの一次選考のランキングにも反映されるし。千個のお星様『大貧民の星』は夢よ夢!」

 ダウトは黙って聞いている。


「それで、どうするつもり? わたし何も悪いことしてないと思うんだけど。ミステリー小説に名前をお借りしただけですよね。でも……まさか……わたしのお星様を盗みに……わたしそんなにお星様持ってませんよ!」

 ハーツ女史の言葉にダウトは思わず苦笑した。


「まあ、迷惑したのは私とポーカー警部だけですからね。私は何も実害はなかったし。しかしポーカー警部は知りませんよ。あのオッサン今回もいいところがなかったから……」

 ここまで言ってダウトは腕時計を見た。そしてゆっくりと立ち上がった。

「さて、そろそろホンモノのポーカー警部が登場する時間です。ハーツ先生、私はこれで失礼しますので。後はよろしくお願いします。コンテスト期待していますよ! 先生はもっと自信を持ってください。それだはまたお会いしましょう! 楽しみにしています。アハハハ!」


 ダウトはあっという間にハーツ女史の前から姿を消した。


 入れ替わるように玄関ドアをドンドンと叩く音がした。

「ハーツ先生! ICPOのポーカーです! こちらにダウトが来ませんでしたか! ヤツは変装しているはずです! 誰か来ませんでしたか! ハーツ先生、いらっしゃいますか!」


 ハーツ女史は苦笑を浮かべて立ち上がった。


 ◆ ◆ ◆


「皆様、お星様をいただきに参上します」


 怪盗ダウトからの挑戦状です。皆様! タイヘンです! キケンです! 今すぐコチラにお星様をお預けください! ハイ、毎度ありがとうございます。にっこり。



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怪盗ダウト「大貧民の星」 船越麻央 @funakoshimao

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