02曲目 天体観測

 俺はカセットテープをひとつしか持っていない。たったひとつだが、それは魔法のカセットテープだ。表面には『earth』と記されている。ラジカセの機能、つまり押すことのできるボタンは三つある。一つは再生。音楽が再生される。任意の曲を再生できる。一つはシャッフル。音楽がランダムで再生される。知らない新しい曲はこの機能によって流れたものである。そのようにして流れた曲がカセットテープに記録されていく仕組みらしい。記録された曲は再生ボタンから再生できる。シャッフルという機能はつまり、いつの日か存在していたあの地球から音楽を引き出して再生していると言える。三つ目は情報だ。その曲が誰によって作られたか、誰が歌っているか、楽器は何であるか、知りたい情報を聞くと、答えを返してくれる。実に賢い。きっと優秀な人工知能がラジカセに組み込まれているのだろう。俺はそこで知り得た情報をとても得意げに持ち歩いているわけだが、しかし地球は遥か昔に滅びている。そこで生きていた人のことを誰一人として知らない。その人物の名前は全く聞いたことがないし、読み上げられた使用されている楽器もあまり知らない。この世界のどこかにあるかもしれないと思って、それを探すこと。それもまた旅の目的のひとつにしていた。



 その夜は夕方に見つけた少年と共に過ごすことにした。野営である。



「それはなにをやっているの?」


「これか? これは、俺の特殊能力だよ。無から色んなものを創り出せる。創造できる。お腹が空いたと思ったらパンをこんな感じでなにもない空中に手のひらを広げると、ほら。こうやって旅に必要なものは自分で創って生活しているんだよ。焚き火の薪とかもそうさ。とても便利なものだけど、こんな事が出来るのは人間じゃない。普通の人間にはこんな神さまのようなことはできない。できてはいけないんだ。それはあまりにもこの世の理から外れている。創り出せるのは自分の記憶にあるものだけだ。知らないことは、創り出すことはできない。だから俺は旅をしているのかもしれない」



 続ける。



「もちろん、能力の使用には代償がつきものだ。おいそれとリスクもなしに使えるものは、この世には存在しない。それこそ神さまが許さないだろうよ。俺の能力の代償は星がひとつ消えることだ。それは小惑星みたいな小さなものかもしれないし、恒星のような大きな惑星かもしれない。星にもなれなかった星屑も対象だ。ゴミのような、チリみたいなやつでもカウントされる。なぜならみんな流れ星になるからだ。流れ星。それは見ている側からするときれいなものだけど、星がひとつ消えたことでもある。星にもなれなかった欠片を俺は無理矢理消すのだ。自分の欲望のために。まあ、流れ星なんてゴミみたいなのが、チリのようなものがこの星の大気圏に突入して燃えてるだけなのがほとんどだろうけどな。だからその殆どは気にする必要はない。だけど、たとえば俺が理屈を超えたことをやろうとすると、水のない地域に川を作るとか、そんな無茶苦茶なことをすると、たぶんその反動はでかいんだと思う。それこそ地球みたいな星を消し去ってしまうんだろうよ」


「なんだか、大変そうだね」


「そうだな。自分のことに対する些細な願いならほぼノーリスクで叶えてくれるけど、欲を出しすぎると世界を滅ぼしかねない。他人の願いを叶えようとするのもまた、多くの星を消してしまうかもしれない。そこにはきちんとした理由があって、叶えるべきだけの誠実な願いがあったとしたら、それくらいは許されるんだと思うんだけどな。この能力の意味を探すこと。これもまた俺の旅の目的のひとつかもしれない」



 俺は能力をまたひとつ使ったので、その夜もまたひとつ、小さな流れ星がこの夜空に流れたのだった。地球とは異なる、似ても似つかないかもしれないこの誰も全てを知らない星の夜空に。



「少年はなにをしていたんだ」


「天体観測だよ」


「天体観測?」


「この望遠鏡を使って星を見るんだ。地球ではよく行われていたらしいんだ。専門家もいて常に研究されていた。宗教にも原住民族にも古代文明にも深く関わっていた。庶民でも手軽に機材が手に入ったみたいでね、よく観察していたみたいだよ。星は肉眼では小さな光にしか見えないけど、拡大してみるとそれは多種多様な姿の星を見ることができるんだよ。そうやって僕は星空を観察して、調べて、記録している。星は季節によっても変わるんだ。きっとこの住んでいる星が少しずつ回転して、見える星空が変わっているからだと思う。きっと今いる場所と、この星の真反対の場所でも、見える星が違うんじゃないかって、そう思うよ。行ったことがないから、わからないけど」


「へえ、それはとても興味深いな。知らないことばかりだ。そうか、天文学か。なんとなくしか、星のことは見ていなかった」



 俺の能力で消える存在。そんなふうにしか捉えていなかった。恥ずかしいことに。きちんと知ろうとしなかった。それは俺の知らないことなのに。知らないことを知ることが、今の俺の存在意義だというのに。



「教えてくれないか、星を観察する方法を。どうしたら星のことが見える。どう見えたら正解だ。どんな種類があるのか、わかる範囲で構わないから教えてもらえるとありがたい。お願いします」


「もちろんいいですよ。僕としても、それは大歓迎です。星のことを知ってもらえる人が増えるのは嬉しい。一緒に星を見てくれる人はこれまでいなかったから、それもまた嬉しい。同じ空を見上げてもらえるのは、とてもわくわくする。そんなことができるだなんて、こちらこそありがとうございます。とても嬉しいです。一緒に観ましょう」



 それから二人で天体観測をした。赤い星や青い星、箒星なんかを探して。教えてもらって。本物の空であるのかさえわからないというのに。彼の話す天体の知識はとても興味深かった。特に星座の話は面白かった。星をつなげるというのが、とてもいい。神秘的で美しい。星が別物のように見える。さらにその星座にはストーリー、物語がある。昔の書物に書かれているそうだ。それはとても好奇心を満たしてくれるもので、その全てを記録した。楽しかった。楽しいひと時であった。人との出会い。やはりそれこそが俺の旅を潤し、意味のあるものにしてくれる。俺はそれを求めて旅をしているのだと、再認識した。何度も何度も繰り返し確認してきたことなのに。その夜はとても静かで、美しく、それでいて二人だけが賑やかだった。

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