終末、始終と地球最後のカセットテープ

小鳥遊咲季真【タカナシ・サイマ】

01曲目 Stand By Me

「その曲はなんていう曲なの?」



 その幼い女の子は俺に尋ねた。俺は答える。



「さあな、地球の曲だから、もう誰も覚えていないし、知らないんだよ。でも、スタンドバイミー、って繰り返してるから、そんな名前の曲なんじゃないかな」


「へえ」



 俺は『ラジカセ』というものと『カセットテープ』というものを最初から持っていた。目が覚めたときにはすでに傍にあったのだから、それは俺の仕業じゃない。地球にいた誰かが間違えて混入してしまったか、あるいは俺へのプレゼントだったか。いずれにしても、俺はこれをとても気に入っている。音楽というもの、カセットテープの使い方、これらを俺は最初から知識として持っていたし、覚えていた。それは間違いなく作られた記憶だろうが、それでよかった。俺の人生を現在進行系で彩っている一つであることは間違いない。幸か不幸か、それはわからないけど。



「お兄さんはなにをしてるの?」


「何って?」


「旅人さんって聞いたけど、旅人さんってなにをするの?」


「おやおや、それはとても単純な問いだけど、しかし一番難しい質問だ。俺に答えが出せるかな」


「答えられないの?」


「そうだな、人間とは何か、人間であるとはなにかを、それを探している。旅の目的はそんなところだ」


「にんげんとはなにか? それはなに?」


「わからないから探しているのさ。でも、きっと人間は誰しも旅に出るものなんだと思うよ。実際に旅に出るかどうかはともかくな。誰もが人生という当てもない旅に出る。古い本に、地球時代の本を目にしたときにそんなことが書いてあった気がしたが、はて。そうだな、きっとお嬢さんにもいつかわかる時が来るかもしれないよ。来ないかもしれないけど、それはわからない。それでもきっと自分を探して、自分を見失わないようにな」


「どういうこと?」


「好きなことは忘れないようにってことだよ。大好きなお父さんとお母さん。大好きな友達。大好きな食べ物。あとネコも。なんでもいいから、その好きだったことを忘れないようにするんだ。何もかもを忘れて、楽しめなくなったら、それではもう人間は生きる意味がないからね。どんな時代の人間でもきっと、生きていけない」


「ふーん、そっか」


「さあ、夜も遅くなってきた。眠るといいよ」


「うん、そうする。また明日ね、旅人さん」


「ああ、また明日な。おやすみ、お嬢さん」



 俺はそうやって挨拶を交わしてから、その夜のうちにその村を後にした。村の良くしてくれた方々には礼をすでに言い、その夜に村を出ることを伝えていた。俺は眠ることが少ない。夜も昼も移動する。疲れたときは、その時はもちろん休憩をするが、休んだらまた移動する。そんな生活だった。旅人。聞こえはいいが、自分の居場所を見つけられない、自分を確かめられない愚かななり損ないの人間でしかない。世界を見るとか、世界のことを知りたいとか理由をつけてな。

 


 最初からおかしくなっていたのだ、この体は。起きてからずっと眠れない。眠りを多く必要としないのかもしれないが、眠れないのはなかなか辛いということを眠れないことを知ってから知った。たまに死んだように眠ることもあるけど、そのほとんどの日は少し寝たふりをしてまた目を開ける。ぐっすり寝ることももちろんあるかもしれないけど、それはとても疲れた時だけだろう。普通の人間のように見えて、俺はどこか普通の人間ではないらしい。人工物なのか、遺伝子の変異なのか、それはわからないけど。そもそもここは地球ではないのだ。そこで生きていたはずの、そこで生きるようにできていた人間が、他の土地でおかしくなっていてもそれは何もおかしくない。俺の精神は最初からめちゃくちゃだし、だからこそ俺は旅を続けているのだと思う。動いていないと、まともではいられないから。ずっとまともじゃないってわかっているからな。



 移動は電魔導バイクというものを使用している。一体何を原動力に動いているのかはまったくわからないが、しかしエネルギーの補充無しでずっと走ってくれている頼れる相棒だ。これもまた、目が覚めたときには手に入れていた。このバイクはとても賢い。もちろん喋ったりはしないけど、寡黙にそれでいて悠然と走っていく。異界のこの地を、ひたすらに。当てもなく。俺と同じように。どこまでも旅をする。終わりのない旅を。終わらせたくないこの旅を。



 生活をして今こうして生きているこの星も、きっと人工的に作られたもので間違いないだろう。あまりにも人間に都合が良すぎる。呼吸をするのも、生きていくのも。必要なものが必要なところに存在して、俺達を助けている。誰の陰謀なのかは知らないが、今はその目論見通り手のひらの上で踊っているとしよう。生きることで精一杯だからな。世界の秘密を解き明かすのはゆっくりでいい。



 俺はバイクに跨り、アクセルを蒸すように起動させた。音はない。静かな起動だ。走行もとても静かだ。夜に走っても、夜を駆けても誰かの迷惑になることはない。広く静かな何も無い大地をひたすらに走っていこう。今度はどんな人間に会えるだろうか。人間ではない生物に会えるかもしれない。これまでも会ってきたからな。



 今日のラジカセからは、スタンドバイミーの曲がずっと流れていた。バイクの後ろに取り付けているのだ。普段歩く時には雑に巨大なリュックサックに突っ込んで聞いているのだが、バイクに乗っているときはいつもこうしている。この静かな大地を、静かな夜に存在する唯一の雑音混じりのミュージック。静かに、密かに鳴り響く音。旅はこれが全て。これが俺の日常。いつも通り。地球最後の遺物を常に鳴らして、この世界を旅する。誰にも言わず、誰のためでもなく。



 もちろん記録はしている。この世界で訪れた街を、村を、集落を、建物を、話した人間と、親しくしてもらった人間や生物と、そこで得られた情報を記録している。俺は知りたいのだ。何も知らないから。目が覚めたときには、俺は当たり前のように何も知らなかった。漠然とした不安だけが残っていた。俺は自分自身のことすら知らなかった。手がかりもなかった。だから俺は自分を知るための、探すための旅に出た。日常生活に疲れて人生を見つめ直す人間がよくやるように旅に出たのではない。俺は本当に何も知らなかったのだ。もちろん断片的な知識は最初から残っていた。日常生活を送ると思い出すように常識的な知識が増えた。しかしそれではまだ、この世界のことは何もわからなかった。この世界のことを少しずつ学び、知識を増やしていると俺は人間が遥か昔に地球という今ここにいるこの星ではない惑星に住んでいたことを思い出した。だから俺は地球という人間の故郷のことが知りたくなった。自分のことも知りたいし、俺が目を覚まして旅をしているこの星のことも知りたい。どれもまだまだ、何もわかっていない。末端を少し見ただけだ。カセットテープに書かれていた『earth』の文字が地球を意味することも、旅をしてから知った。音楽とカセットテープのことは、それは最初から俺の記憶に植え付けられていたようだった。誰の仕業で、誰の意図によるものかはわからない。地球が滅んで消滅してしまっている今では知ることもできない。何もわからない。しかし、どうして俺は地球が滅び消滅したことを知っているんだろう。旅のどこかで聞いたんだっけか。それともやはりこれも作られた記憶なのだろうか。そうだとするなら、それはおそらく地球が消える前の人間の手によって作られたものだろうが、真相はまるでわからない。想像の域をでない。俺は知らないことしか知らないし、知りたいことを知りたいと切に願っていることだけは確かだった。



 俺の記憶が作りものであること。俺はそれが悪いことだとは思わなかった。寧ろありがとうと言いたいことであった。その中でもやはり音楽は俺を満たしてくれる。素敵なモノを俺に教えてくれてありがとう、とそう思った。人間がかつて住んでいた場所を教えてくれてありがとう、と。音楽のおかげで旅の移動のお供には困らない。一人寂しく永遠のようにずっと走っているのは、なかなか退屈で旅をすることを辞めてしまいそうになるほどで、だから楽しみがないと人間は生きていけないことを、俺は学んだ。これは旅をしたことで学んだことの少ない知識のひとつだ。そして故郷のことを思い出すのは、何か大事なことがそこにはあるのではないかと思っていた。もちろんそれもまた、知りたいことのひとつであった。



 俺がその時走っていたのは大地であった。村をでると、そこは無限に荒れ果てた大地が広がっていた。木が少なく、生えていても細くて枯れそうだった。植物もちらほら足元見えることもあるが、薄く消滅する寸前のようであった。生き物を、生命を感じられない場所だった。これまでもいろんなところを走ってきたし、似たような場所を走ったことももちろんあった。だから驚くことも、戸惑うこともなかったが、ずっと走ると飽きてくる光景であった。ある意味では絶景なんだろうけど、それを見続けて当たり前になってくると人間はそれを退屈なものだと認識するらしい。何日も走り続けた。途中で焚き火とテントを立てて、食事や睡眠を取って休息を取りながら。英気を取り戻すと、また走った。そうやってスタンドバイミーを聴き続けて走るさきで、ひとりの少年に出会った。こんな荒れ地でなにをしているのか、興味深く思ったので話しかけた。彼はとても心優しいひとで、すぐに俺のことを受け入れてくれたのだった。


 



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