03曲目 空も飛べるはず

 それは旅の途中、ある日のことであった。



 砂漠のど真ん中にカフェを見つけた。もちろんすでに廃れ、錆びれている。営業しているようには見えなかった。廃墟だ。どれだけの時間が経っているのか、放置されているのかはわからない。と思っていたがしかし、調べてみると中はとても綺麗だった。ホコリひとつ無いように思える。電気こそ通っていないが、だれかがまだここに出入りしている。そんなふうに思えた。



 近くを散策して調べていると、生き物がいた。きのこ星人だ(今、見た情報だけで咄嗟につけた名前だ。本当の名前ではないだろうが、便利なのでこの名前で呼ぶことにする)。



「人間さん、こんなところでなにをしているんですか?」


「こんにちは。俺は旅人だ。この星の様々なところを巡っては記録している。もしも知っていたら教えてほしいんだけど、そこにあるカフェというか喫茶店みたいなお店、ええと看板がでているところ。たぶんもう営業していない廃墟だと思うのだけど、でも中は誰か使っているみたいに綺麗なんだ。この辺に住んでいるの? そうなんだ。それなら何か知っていたりしないか。なんでもいい。どうにも気になるんだ。もちろん、これは俺の興味本位でしかないんだけど」



 きのこ星人は少し考えてから話し始めた。



「ごめんね、それは僕にはちょっと分からない。でも仲間が何か知っているかもしれない。もしも、時間があるなら僕たちの森に寄って聞いてみますか?」


「森? この砂漠に森があるのか?」


「はい。少し行った先にある砂の下にきれいな森があります。砂の下だからほとんどの人は気が付かずに通り過ぎます。一部の人間は幻の森と呼びます。旅人さんからは悪い電波が感じられないから、大丈夫だと思います。お時間があるのでしたら、ご招待しますよ?」


「悪い電波?」


「僕らは人間の感情や言葉に表れない思いを電波として読み取れるんです。いいことも悪いことも全部わかる。だから、時々外に出てそこにいる人を見極めるんです。生き残るために、隠れ家を守るためにです。これの嫌なところは、知りたくなくてもその人のことがわかってしまう欠点です。僕らは人間がたくさんいるところにいるとたくさんの電波を浴びて疲れてしまいます。だから人目につかない、誰も気が付かないところに森を作ってひっそりと隠れて暮らしています」



 そうか。いろんな生き物がいるんだな、この星は。



「君たちのことはなんて呼んだらいいんだい?」


「人間にはきのこ星人とか、きのこくんとか呼ばれるけど、きのこ星なんてこの宇宙にはないし、人間が分かりやすいならきのこくんでいいかな。でも、この星で生まれて生きてきた生き物であることだけはきちんと言っておくよ。こんな見た目だから別の生き物だと勘違いされたら、それは困ります。個性が違うだけで、人間と同じです」


「もちろん。いろんな世界を見て来たから偏見はないよ。いろんなヒトに会うことも、俺の旅の目的なんだ。もしよければ、君ともいろんな話をぜひともしてみたい。きのこくん。おじゃましても構わないのなら、幻の森に俺を案内してくれ。廃墟になったはずの綺麗な喫茶店よりも、砂漠の中に作られた幻の森の方が興味深い。お願いします」



 俺はひとつ頭を下げた。厚意で招かれるとは言え、相手の生活環境に足を踏み入れるのだ。無礼はもってのほか、掟やルールがあるなら無条件で従わないといけない。失礼があっては、申し訳ない。


 

 砂漠に森を作り、人目を避けて隠れて暮らす文化も文明も地球時代の本にもこの星の歴史書にも書いてあるのを見たことがなかった。たくさん走り回ったこの旅で多くの本を拝読してきた記憶がなかった。人々の噂でも、言い伝えられてきた伝説の話にも出てきたことがない。文字通り誰も存在を知らないのは、本当に今日まで隠されて守られてき証。俺は運がいいことにばったり会ったその一族のきのこ星人に招かれ、立ち入りが許されるという。本当に、決して粗相しないようにと心を決めながら、きのこ星人きのこくんの後ろについてその幻の森へ足を踏み入れた。実際、砂漠のどこにどんな森があってどんな道を通ってどうやって入ることができたのかは記さない。それこそ守り抜いてきた彼らの伝統と歴史に失礼だからな。俺の極秘ノートだけに残すことにするよ。



「どうぞ」


「ああ、すみません。ご丁寧に、お茶を。いただきます」



 俺がこのお茶を入れてくれたきのこ星人が家族なのかどうかを聞こうとしたら、その思考は読み取られたようで言う前に答えを言った。



「妻です」


「ああ、そうですか。お邪魔しております。ええと、きのこくん……じゃないよな」


「きのこさんで構いません。他の者と同じように好きに呼んでください。森の掟で本当の名前は口に出してはいけないことになっているんです」


「そうですか。お茶をありがとうございます、きのこの奥さん」



 きっと名前を口にすることが禁じられているんじゃないと、そう思った。こんな思考さえも読み取られているんだろうと思いつつ、俺は本当のことをこのきのこ星人たちは口にできないのだと思った。心の中の本音を口に出せば、そこに真実が生まれるからそれを避けているのだ。どんな形でも真実が漏れれば、それが直接的な情報ではなくてもいずれ真相に、深層にたどり着いてしまう。秘密に隠されてきた幻の森は珍しい森として観光地に変わり、人々が押し寄せるだろう。砂漠の真ん中に森があるというステータスだけで入場チケットが売れて大儲け。彼らの静かな生活は動物園になるために作られたわけじゃあ、決してないのだ。俺もこの森を出るときにすべての記録と記憶を消されてもおかしくない。目が覚めたときには何か記憶が欠落している感覚に陥って砂漠にひとり放り出されているかもしれない。


「いくつか話を聞いてもいいですか。駄目だったら回答を拒否してください」


「はい。どうぞ」


「好きな食べ物は何ですか?」



 一見バカでアホみたいな質問だが、実は大事なことである。食文化はその地域の特色をよく表し、歴史や文化、宗教や嗜好がわかる。よく食べられているものが分かれば近くで何が採れるか分かり、そこから植生や生息動物など生態系が分かる。また、どんな調理をするのかで技術や文明の発達レベルがわかる。調味料、食器なども見落とせない。些細なことから知ることができることはあまりにも多い。俺は何も知らないのだ。知るために旅をしているのだから、知ることができる機会にこうして巡り会えたことを嬉しく思って存分に知っていこうといつも思っている。



「ハンバーガーです」


「ハンバーガー?」


「もちろんこの砂漠にはありません。少し遠くの、一番近い街にハンバーガー屋さんがありまして、みんな好きでよく行くんです。エムのマークが看板に描いてあるお店です」



 ああ、あそこか。あれはいろんな街に展開している、チェーン店舗と言うんだっけ。そういう経済とか詳しい人に会ったときに話をしてくれたのを覚えている。あれはどこだったか、エムのマークが看板に記されたハンバーガーショップを俺も訪れたことがあったことを思い出した。エムのマークは地球時代でもよく使われていたらしく、その店もハンバーガーショップだったという。偶然か、地球時代の名残か。もちろん、地球で使われていたというそのエムマークの意味を知る者はこの世界にはもういない。それは高いところに設置されており、昼夜問わずにライトで照らされている。遠くからよく見えるため、近くの住人も遠くから来た人も目印にしていた。マークの意味はもう誰も分からないが、地球時代の人間もこのマークを見つけてハンバーガーショップを利用したのかもしれない。この世界でもお馴染みのマークとして認知されつつある。そのうちどこでも見つけられるようになるだろう。



「ハンバーガーいいですよね。俺もよく食べます。ええと、日常的には何を食べるんですか? 一日何回……」


「一日二食です。食べるものは街で暮らす人間と同じですよ。街で買うので同じです。砂漠だと水も手に入らないですし、見つけられて生命力の強いトカゲと暑さと限られた水分で生き抜いている細くて硬い植物くらいですから、まともに食べられるものはありません。しかしここはご覧の通り村のほとんどが森なので、野菜や果物、水がたくさん手に入ります。しかし動物がまったく住んでいないのでお肉がありません。そこで街に買い出しに行くんです。たくさん買い込んで、それを普段食べています。パスタとか、パンとか、お米とか、お肉とか、加工食品とか、人が作った人工食品とか、お菓子とか。ケーキみたいなデザートもよく買います。みんな甘いものが好きなんです」


「お金はどうしているんですか? 森に隠れて住んでいるからてっきり自給自足かと」


「インターネットとコイノニアテクニウムには繋がっているので仕事ができます。僕たちは手足がほとんど無いけど、思考を読み取る事ができるチカラで物を動かすこともできるんです。かなり昔にここに来た人間はこれを見せたら『エスパー』だって言っていたかな。ネットに繋げるのも、それと似たような感じなんですよ」


「へえ、それはすごいな。普通の人間には到底できないや。魔法みたいだ」


「魔法?」


「うん。これは旅の途中で知ったことなんだけどね。地球にはたくさんの伝説や物語、人間が妄想して作った空想の世界がたくさんあったんだって。そのひとつに魔法の世界があって、そこでは人間が火を自在に操ったり放ったり、超能力で手を触れずに物を動かしたり壊したり変形させたり別のものに変化させたり。人間が普通はできないことをなんでもできるのが魔法なんだそうで。本当にできればいいのにっていう憧れに近い空想のことだと俺は思ってる」


「そうなんだ。そんなこと考えたこともなかったや」


 

 それからいくつか知っていることを互いに話した。楽しく笑い合いながら話をして、いくつか質問もした。そのうちの一つにこんな物があった。

 


「なにかよく歌う歌はありますか。昔から伝わっているものでも、好きなものでも、流行っているものでも。なにか」


「歌ですか? うーん、そうですね」



 歌はその民族や地域、歴史や考え方を知ることができる。その人の好みとそのヒトトナリが一番わかるのが歌だ。歌はその人を表す。地球の歌を知っている人はもうこの星にはあまりいない。しかし、この星の人間も生き物も歌を歌うことを大切にしている。これは俺がこの旅で学んだ一番のことだった。一族に伝わる歌はこのカセットテープで聞くとは一生できない。これは地球の音楽しか聞けないのだ。



「残念ながらこの森に伝わる音楽とかはありません。儀式とか伝統みたいなものもないですね。でも、一枚だけCCDを持っています。これはたぶん地球の歌だと思うんですが、みんな好きでよく聞いていますよ」



 CCDとはクラウドコンパクトディスクと言って、どこでも再生できるCDのことだ。俺が持っているカセットテープがラジカセがないと聞くことができないと同じで、このCDも本来は再生機が必要だ。このCCDは指を真ん中の穴に通した状態で回転させると、そのまま空中へ飛んでいき回転を続け、やがて録音されている音楽をその場で再生する。それは騒音になることはなく、人の耳に直接聞こえてくるから不思議だ。タッチパネルがCCDの上に浮かび上がるので、そこで音量や複数録音されている曲から選んで再生することもできる。再生を終了する時もタッチパネルで終了を押すとゆっくり回転数を減らして落ちてくるので手のひらで受け止めるのだ。



 きのこ星人はほとんど見えていなかった小さな突起のような手からチーズのように伸ばしたその細い手でディスクを回して再生した。それはこのカセットテープでも聞いたことがある曲だった。なんて名前の曲だったか忘れてしまったけど。



 旅のどこかで歌を歌いながら旅をしている歌唄いの男と出会ったことがある。この曲は確かその時に聞いたとのだと思う。地球の曲を知る数少ないヒトのひとりだ。彼が言うには、この曲はおセンチなのだという。おセンチとは、センチメンタルという言葉を略してその頭に「お」をつけた言葉のことらしい。そのセンチメンタルの意味は、泣きそうになるけど涙をこらえて心の奥に秘する感情のことだという。感傷的と一言で言ってしまえば楽だろうが、それではあまりにももったいないと、そのようなことも彼は言っていた気がする。なるほど深いようで浅い気もする言葉だ。



 歌詞が表示されたので、俺ときのこ星人の家族でその歌を歌った。



 出会ったばかりの幻の森に住むきのこ星人と話をして音楽を共有し、一緒に歌うことができた。これだけで十分に幸せだった。音楽はやはり人間の英知の結晶だろうと、素直にそう思う。歌唄いの言葉ではないが、現在まで歌い継がれていることは奇跡のようなことだと俺も思う。戦争や大災害が繰り返された果てに地球は滅んで消滅したと聞いている。すべて消えてしまったのだ。地球の生命は愚か、人間も絶滅してもおかしくなったのに。その命と一緒に音楽が残った。それは奇跡だ。きっと人間はいろんな物を残したかったのだろう。文化も文明も伝統も歴史も、好きだったものも。



 魔法のようなカセットテープとラジカセを大事にしようと改めて思って、音楽に喜びを覚えたことに喜んで、この歌の時間を楽しんだ。


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