07曲目 リトルタイムストップ

「レコード?」



 聳え立つ三角形の大きな岩を掘って中を空洞にし、そこに住む人々の村を訪れた時だった。村長のおじいさんはとても興味深いものを見せてくれた。それはレコードという名前のモノで、黒い薄い円盤の形をしている。話によるとこの薄い円盤に音楽が、曲が刻み込まれているという。機械にセットして回転させると音楽が鳴り、鑑賞することができると。それは魔法のようなモノに思えた。おじいさんが言うには地球ではこれがとても多く生産され、普及していた時代があったと言い伝えられているそうだ。もちろん記録はない。この星に降り立った最初の人間から何百年も受け継がれてきたに違いない。その言葉を元に再現したのだろう。再現することだけなら現代の人間の能力を駆使すれば容易い。専門の機械も道具も素材も必要ない。人間の進化には目覚ましいものがある。



「お主もとても珍しいモノを持っているようだ。それは今の人類でも簡単には生み出せないだろう。大切にされるがいい」


「はい。これは地球の音楽を流すことができるんです」


「ほう」


「どんな仕組みか、どんなマジックかはわかりませんが地球時代に作られた音楽をランダムで流して保存します。再生しているこの機械はラジカセと言います。音楽を記録しているのはカセットテープと言います」


「ほう」


「レコードは音楽を記録できると先ほど聞きました。このラジカセから音楽を流して録音してみるのはどうでしょうか」


「ほう。それはナイスアイディアじゃな。何かいい曲はあるかな」


「最近記録した曲があります。バンドサウンドだとは思うのですが、歌詞のどれがタイトルに当たるのかはわかりません。もしかしたらまったく関係ないタイトルかもしれませんし」


「ほお。そのラジカセでは情報は分からないのかな」


「楽曲の情報、タイトルや使用楽器、アーティストや作曲作詞みたいな情報までわかる時は読み上げてくれるからわかるのですが、ほとんどがノイズしかでてこなくて。まったくわからない曲を、いいぞ、いいぞ、素晴らしい曲だな、と楽しんでいます」


「ほう。それでは、その曲をレコードに刻む前に聴かせてもらえるかな」


「ええ、もちろん。お待ち下さい。準備します」



 やがて音楽が流れ出した。それはラジオのようにその部屋を満たし、繰り返された。



 地球にはテレビという情報や娯楽をいつでも映像で見ることができるサービスが庶民の間で普及し、日常の一部となっていたという。時代とともにその形は変化したと言うが、地球ではその終末の時まで受け継がれて愛されていたらしい。きっと最後の瞬間まで必死に映して伝えたことに違いない。



 この星で見ることができる動画サービスといえば、それはどれもたくさんの溢れかえった広告で埋まってほとんど見ることができない。全部有料配信だと言うのに広告はなくならない。無料で配信しているサービスはひとつもない。高い料金を取られるので、お金持ちの中でも物好きが見るコンテンツになっている。そんな誰も見ないもの、誰が作って流しているんだか。きっとリアルで生きている人が少ないのも一因。肉体を持たない人間も多い。脳も精神も捨てた先に、さらに何を求めるのだろうか。なにが人間で、なにが人間ではないのか。俺は人間なのだろうか。確かめるすべはまだ無いけど、たとえ俺が人工物だとして、それは生物と定義するのか。認めてもらえるのだろうか。俺が人間であると。



 この星の当たり前な日常は、庶民の情報と娯楽はラジオとインターネットとコイノニアテクニウムが頼り。事件や出来事は文字と通知で十分なのだ。だからみんなこの世界のことを、世界のほとんどで起きていることを知らない。大きな出来事、たとえば星の裏側の街に巨大隕石が落ちましたとかそんなのしか知らない。知らなくて良いのだ。自分たちの街で起きた小さなことを口々に噂するぐらいが、日常生活送るうえではそれで十分なのだ。全世界のことを、この星のすべてを知る機会を、情報を浴びるように与えられとしてもきっとそれに意味はない。興味関心はそこにはない。



 この世界を取り仕切る政治は一応各地にある。しかしあってないようなもの。生き延びてきた人類がこの地にやってきて何百年。国による統治とインフラ等の維持管理はとうの昔に不要になった。地球の人間から見たら魔法のように見えるかもしれない人間の技術と文化文明で世界は動いている。回っている。国という概念が失われ、街や村単位で生活を送るのがこの時代のこの星の文化であった。だから俺は街から街へバイクを走らせて移動し、この星の知らないことを学ぶ旅に出ているのだ。多くの人間が不要だと判断して捨ててしまった知的な知性の知識を拾い集めるために。



 人間がこの地にやってきて何百年と曖昧なのは、最初期の記録を誰も取っていないから。遡ろうとしても見つからないから。知りたいと思う人が、学者みたいな人がいないわけじゃないけどほとんどの人はそんな大昔のことに興味はない。それはこの星の長い人生時間からすれば些細なことかもしれないが、逃亡人類が辿り着いて生きてきた時間は、人間の尺度からすればとても長い歳月である。人間は地球の生き物であることは間違いないと言われる。つまり、地球が消滅することを事前に察知、何らかの方法で脱出してこの星に来たことになる。それではこの星の人間の興味はどこにあり、何を楽しみに生きているかといえばそれは「自分ではない別の人間として生きる」ことだ。疑似体験という言葉がここでは正しい。己の可能性を見出す前に諦めて楽しい世界に気軽に。こんな星の世界ではどれだけ偉大なことをやっても、成し遂げても誰も褒めてはくれない。いい年頃になったらすぐに実行する人も少なくない。情報だけなら、娯楽も小説も漫画もなにかしらの物語もゲームの世界もハミングバードも二歳の頃から知っている。作られた動画を与えられる必要はない。自分で動画は作れる。映像化できる。自分の解釈で。



 コイノニアテクニウムのひとつを使えば希望通りの設定でこの世からおさらばできる。お好みの容姿、都合の良い異世界に転生転移。俳優もバンドマンもアイドルも勇者も思いのまま。底辺の身分からの大逆転劇も描ける。飽きたらやり直してまったく別のことをすればいい。一通り終わったら生きるのを辞めればいい。過去の人類がどんな人間だったかは知らないけど、この星の現代はこんなところだ。そんな手軽に手に入る理想とはほど遠い、不便でリアルな生活を選んで生きている人がいるのは、それこそどうしてなんだろうな。夢の世界でやり尽くした果てに最後は人間らしさを求めて生き、死んでいきたいと思ったのかしれない。最初から夢想無双に手を出さずに地に足をつけているのはそれこそ意味なんてないのかもしれない。知りたい。俺の旅における人間のことを知るとはそういうことなのかもしれない。



 ついでに。この星の人口はこのような進化を果たした人間が九割オーバーなので減少傾向にある。しかしゼロにはならないらしい。はて。それこそどんな理屈なんだろうか。



「どうでしたか」


「良い曲ですな。なんとも染み入るような、しかして心の中で静かにしかして刻んだベースのリズムとギターのリフで踊るような、そんなとても良い曲ですな」


「はい。俺もそう思います。地球の音楽はどれも人間に合っている。地球の人間には敬意しかないです。こんなにも素晴らしい文化を持っていたなんて。きっと地球で生きた人間の文化は幾つもあったんだろうと想像するのですが、音楽はその極みに近いのではと思います」


「なるほど。地球の人間の文化の極みとな」


「俺は地球のこと、地球で生きていた人間が作ったこの星、そして人間とはどういう生き物なのかを知りたくて旅をしています。音楽はきっと最初からそれら全てに答えを出しているように思います。あとは俺が本当の意味でこの地球の音楽を理解できたときに、俺の知りたいことがすべて手にできる。そのためには色んなことを知り、触れて己の知見を深めなければいけません」


「ほお。最近の若いものはしっかりしているの。実に偉大なことを成し遂げようとしておる。お主の旅がどのような形で終わったとしても、それは人類にとってきっと有意義であることは間違いなかろう」


「レコードに記録しますか」


「おお、そうじゃな。こちらの準備をする。しばし待たれよ」


「はい。お願いします」



 それからレコードを回して記録した。少なくともこの曲は新しい再生方法を手に入れた。音楽の再生だけなら再生機は必要ないし、保存する媒体も必要ない。音楽を好む人は多いとは思うけど特別なモノはなにも使わないのが現代の主流だ。ネットとコイノニアを合わせて使えばできないことはほとんどない。だからレコードみたいなモノを好んで使えば、きっと変わり者だと近所の噂に。

 


「旅人さんよ。これ、旅の役に立つかはわからぬがこれをお主に差し上げよう」


「これは?」


「レコードとレコードプレイヤーのデータじゃ。生モノには敵わぬが、そこら辺の紛い物より本物。作られた時代によってレコードの大きさとかが細かく違うらしいが、細かいことはよくわからん。そのへんは全部対応して便利になっているはずじゃ。録音と再生も別のを使うと記録にはあったが、面倒なのでひとつにした。お主はラジカセとカセットテープがとても味わい深いことを教えてくれた。作って聴いてみようかの。お主の持つ本物にはイチミリも近づけないだろうけども。老人が楽しむのには十分じゃ。ありがとよ」


「そうですか。是非とも楽しんでください。私も新しい音楽のスタイルに出会えて嬉しいです。こちらこそありがとうございます」


「ふむ。この世界には音楽が、歌がある。当たり前のようで、疑うことすらしない当然の常識ではあるが、それが当たり前ではないことを忘れてはいけない。音楽は人間が故郷を失ってもなお子孫に受け継いできたのじゃ。生きていく手段を伝えていくのと並行に。今も昔も心のどこかで人間を支えていくのだよ。地球でもこの星でもな。ほほほ」



 その翌日の朝、その村を出発した。「お体に気をつけて、お元気で」とおじいさまに別れの言葉を言うと


 

「わしはまだこの世界に借りがあるからの。死ぬには早すぎるぞよ。ほほほ。さらばじゃ、音楽を愛する若き旅人さん」



 と挨拶して元気に笑顔で手を振ってくれた。俺はバイクを始動。不必要なアクセル音を小さく立て、別れの鐘とした。


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終末、始終と地球最後のカセットテープ 小鳥遊咲季真【タカナシ・サイマ】 @takanashi_saima

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