06曲目 ワンダーフォーゲル

「この星は地球を再現しているんだよ。地球にあったものを、失ってしまったものを取り戻そうとしているんだ」


「再現」


「少し考えてみればすぐにわかる。人間に快適な空気、水、気温、土。建築に使われる材料も、食器に使われた土も、空に浮かぶ白い雲も、暗くなると見える星も。誰もが分かるように、誰でも分かるように元々この星のものではない。すべて作られたものだ。人工的に。だが、既にあたかも元々この世界の自然界にあったかのように今の世代の人々は認識している。すべては地球の再現をこの星で成し遂げようとしている過程にすぎない。地球の再誕、再構築。人間の世界を取り戻そうと、地球で暮らしたことがない人間が地球の暮らしを作っている。偶然か必然か、今日までにこの星で作り上げられてきたその形は地球の文化、文明に酷似している。この推論もあながち間違いではないというわけさ、旅人さん」


「なぜわかるのですか」


「私には地球の記憶が、一部だが残っている」


「えっ」


「驚くことはない。同じように記憶を保持している人を何人も見てきている。私ひとりが特別じゃない。数が少ないから希少に思えるが、それは誰にでも起こり得たことなんだよ。生まれ、目覚めたときに地球の記憶があっても何もおかしなことはない。人間だからな」


「人間は、地球の記憶を受け継いでいるのですか」


「そうだ。思い出せないだけで、覚えているものだよ。遺伝子レベルで記憶されて、受け継がれている。記憶として現れるかどうかは分からないけどな」


「俺にも、ありますか。その記憶」


「もちろんだ。君は先ほど自分が人間じゃないかもしれない、人工生物かもしれないと言ったがそれはたぶん間違いじゃなく、正解でいて間違いだ。君はどんな形であれ人間として生まれ、人間として生きているのだから人間に変わりはない。そこに心臓はあるんだろ? 形や大きさに差異はあれども人間の心臓は同じだ。ロボットにはない。何かきっかけがあれば記憶ではなくても、そうだな、デジャブとかで視るかもしれない」


「デジャヴ?」


「ああ。既視感、とも言うんだが、そうだな。まだ見たことがないはずのモノや出来事なのに目にしたときに、あれ? これ前にどこかで見たことあるぞと思ってしまう事がデジャヴだ。その大半は以前見た似たような景色やモノゴトをその初めての場面に脳が当てはめることで起きる錯覚のようなモノだが、それが潜在記憶、つまり人類が築き上げてきた地球での思い出である可能性を否定できる証拠もまた存在しない。地球の真似事をしているような星だ。なにが起きてもおかしくはない。同じように見えても、同じように作ってもそれは同じじゃない。もしもここを新たな地球だと言い張るのだとしたら、それはその名の通り『ニュー・アース』とか呼んだほうがいいと私は思うよ。ここは地球ではないと、区別しないと」


「既視感、ですか」


「旅をしていると言ったっけ?」


「ええ。この星を知るために、人間とは何かを知るために、かつてあった地球を知るために旅をしています」


「それでそんな珍しいもの持ち歩いているんだ」


「これは、俺が目覚めた時には既に横にあったんです。カセットテープとラジカセ。不思議なことに地球の音楽が聞こえる」


「どうして地球の、地球に住んでいた人間が作った音楽だってわかったんだ?」


「それは、どうしてでしょう。よく考えると、自分でもわかりません。本当に最初の頃はこのテープに書かれている『earth』の意味も分からなかったのに。どうして聞いただけで地球の音楽だって分かったんだろう」


「それこそ、君が持っている地球の記憶なんじゃないか? きっと地球の音楽を誰よりもたくさん知っている君だけの理由がそのうち見つかるさ」


「理由?」


「そう、理由。生きる理由とか、生まれた理由とか、この世界における存在理由とか。人間はありふれた生き物だから、誰もが同じことを考える。誰もが同じことを追い求める。そして各々答えのようなモノを見つけては自分の答えだと妥協してこの世を去っていく。それが運命」


「なるほど、とても勉強になります。やはり、あなたは山の下に住む人々から仙人と呼ばれるお方で間違いない。なんでも見通して、なんでも知っている。俺の知りたかったことも、これから知るべきことも教えてくれた。ありがとうございます」


「仙人だなんて、そんな。少し覚えていることが人より多いだけの、人里を避けて山に住み着いたバカな人間だよ。みんな私のことを笑っているのさ。他の人間と違う人間を無意識に排除して自分を正当化する。古の人類から受け継がれた良くない無意識だよ」


「それはなんとなく分かります」



「そうか。それは賢い。それにしても、わざわざこんなところまで登ってきて話をしたいと言い出したのは君がたぶん初めてだよ。そうだな、君が私に礼を言いたいのであればせめて私のことを忘れないでいてくれないか。私がいたことを、私がここにいたことを忘れないでくれ。誰にも知られずに、幻や伝説みたいな霞になって消えるのは悲しい」


「もちろん。いつまでも覚えていますよ。仙人のお言葉を胸に刻んで、俺はもう少しこの星で旅を続けます」


「それがいい。世界を楽しんでくれ、旅人よ。かつてこの宇宙に存在していた人間と地球のことを思い出しながら、楽しんで」



 俺はこうして地球の記憶を持つ仙人が住むと言われる山を後にして下山した。登っている時より降りる時のほうが大変だとは、登山が初めての俺は知らなかったから大変だった。


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