夢で告白したと思ったら……えっ、現実だったの!?

音愛トオル

夢で告白したと思ったら……えっ、現実だったの!?

 わたし、山南やまなかほには好きな人がいます。

 高校生になって初めて出来た片想いのその子、みおちゃん――弘田深央ひろたみおちゃんです。1回目の席替えの時に隣になって、普段からあまり他の子と話さない子だったから心配だったんだけど……ふとしたきっかけから、話すようになりました。

 教科書を貸しただけだったんですが、


「ありがとう」


 そう言って笑うみおちゃんのくだけた表情と、耳を撫でた心地いいアルトの声に、わたしは惹かれたのを覚えています。それからも、朝のおはようを言ったり、昼休み一人で勉強をしているみおちゃんに話しかけてみたり。

 勉強をしていると思ったら、暇を持て余して絵を描いていて。それで一緒に絵しりとりをして。

 他の子とあまり関わらないタイプで、しかもみおちゃんはそのクールな雰囲気もあって、仲のいい子をあまり知りません。わたしが、そうだったら、いいな、なんて。


 そう思っていたわたしは、次の席が離れてしまって、長期休暇を迎えて、文化祭を経て、今、秋――10月の終わり。みおちゃんとは、ほとんど、話せていなくて。


「……せっかく勇気だして、連絡先貰ったんだけどな」


 隣の席に居る時に交換して、最初に少し話してから、会話がありません。だって、あんまりしつこいと、みおちゃん、嫌かなって。隣の席だったし、聞きたいことは学校で聞けばいいし……。


 なんて、1日に少なくとも1回は必ず見てしまう、みおちゃんとのトーク欄。もちろん、会話が増えることもなく。

 わたしは、今日の難しい宿題を終わらせた達成感で身体が興奮してしまって、なかなか寝付けない今も、こうして意味もなく眺めていました。何かの間違いで、みおちゃんから話しかけてほしい――


「もっと、一緒にいたいのに」


 結局深夜3時まで、寝付けなかったわたしでした。


――その日の夢。


 放課後の教室、夕暮れ、わたしとみおちゃんだけ。

 いつもみたいに静かに席に座っているみおちゃんの元に歩いて行って、わたしは掠れてしまいそうな声をなんとか絞り出して、言ったんです。


「好きです、みおちゃん」


 そこで途切れた夢。現実のわたしに、夢の自分の半分の勇気があれば学校でも話しかけられるのに。


「……通知、ないよね」


 みおちゃんからの通知がないスマホを充電して、わたしは朝の準備に取り掛かったのでした。



※※※



 ハロウィンの日は学校だし、仮装は出来ないけれど、お菓子の交換くらいはしようかな、と友だちと話していたので、朝、コンビニに寄りました。友だちに渡す用のお菓子とは別に、キャンディも買います。

 贈り物のキャンディの意味――あなたが好き。


「……あ、あげられたら苦労、しないって」


 それでも買ってしまうのですが。


 勝手に赤面しながら学校についたわたしは、いつもはぎりぎりに登校してくるみおちゃんが居るのに気づきました(毎朝みおちゃんの席を最初に見ているわけではありません――ごめんなさい、見てますめっちゃ)。今の席だと、わたしとみおちゃんは対角線。みおちゃんが教室の入り口側で、わたしが窓側。

 でもそのおかげで、自然に朝の挨拶は出来ます。心の中では特別な人への、表面上はクラスメイトへの普通の挨拶を。


「お、おはようみおちゃん!」


 わたしはいつものように、軽く手を振ってそう言った、のですが。

 毎日聞いているみおちゃんの、低く冷たく聞こえるけれど、とても優しい声の「おはよう」が、返ってきません。自分の席に座ったまま、片腕を抱いて、わたしから顔を背けるようにして、身をよじりました。


――え、なんか、しちゃった……?


「あ、えっと……だ、大丈夫?た、体調とか――あっ、ほ、保健室、とか」


 わたしの声がかなり震えて上ずってるのが分かって、耳が熱いです。と、本当は見つめるのもどきどきしてしまうみおちゃんの顔がふいに視界にはいって、その、赤い頬に気づきました。

 ほんとに、熱がある?


「――山南さん」

「う、うん」


 ああ、好きだな。

 その声で、隣で、わたしの名前を呼んでくれていた時が、遥か昔のようです。


「……これ、どう、いう意味?」

「えっ」


 みおちゃんはわたしと目を合わせないまま、おずおずとスマートフォンを差し出してきました。なんだろう、みおちゃんはわたしよりも成績がいいので勉強のことではな――「すきです」い、え……。

 わたしとのトーク画面。今日の午前4時。わたしからのメッセージ。「すきです」の4文字。


――頬を赤らめた、みおちゃん。


「朝、来てて。びっくり、して」

「――あっ、いや、あの、これはっ」

「ドッキリとかいたずらかと、思った、けど。山南さんってそういうこと、しないでしょ?だから……聞きたくて」


 パターン1、これも夢。なしなし、ただの現実逃避だって。

 パターン2、現実である。まあそうでしょう。

 可能性1、告白している。すきですって、好きですだもんね。

 可能性2,今朝夢で告白したと思ったあれ、寝ぼけて現実のみおちゃんにもメッセージ送っていたかもしれない。


「あっ、えっと」


 混乱しました、頭が。入試で基礎問題の知識をド忘れした時よりも何倍も頭が真っ白になりました。

 その様子を見た山南さんは何を思ったのか、わたしを隣に座るように促しました。隣の席の子は毎朝朝練でギリギリに来る子です。今座っても邪魔にはならないでしょう。

 まあこの時のわたしはそんなこと考えてもいなかったのですが。


「……私は」


 わたしだけに聞こえるくらいの小さな声でそう言った山南さんは、わたしに身体ごと向き合って、両手で持ったスマホで顔を隠しました。そのすぐあと、お互いのスマホから通知音が聞こえてきます。

 みおちゃんのスマホが送信の、わたしのスマホが受信の音楽を流しました。


「――あ」


 そこに映っていたのは、たった一つの絵文字でした。

 でも、その絵文字にこもっている意味は、何文字にも及びます。


「キャンディ。これって」

「――私の、気持ち。だから」

「……えっ」


 わたしの「すきです」に対して、キャンディの絵文字、それがみおちゃんの気持ち、って。えっと、つまり。

 両想い!?


「……み、みおちゃん」


 わたしはからっからの喉と、震えっぱなしの指とで何とか名前を呼んで、スクールバッグをまさぐることに成功しました。そして、その中でがさがさとパッケージを開けて、中から個包装のキャンディを取り出します。

 みおちゃんに見られないように手の中に隠して。


「まず、変な時間に連絡してごめんね。えっと、実は、ゆ、夢、見てて……ねぼけてて」

「――うん」

「だから、その。これ……今日、ハロウィンだから。みおちゃんに、渡したくて」


 そう言って、わたしはキャンディを差し出します。俯いて、顔も見れなくて。

 返事がないな、と思ってみおちゃんを見ると、片手で顔を隠しながら、きゅうう、と縮こまって、少し震える指先をわたしのキャンディに伸ばしていました。


「ありがとう。嬉しい、すごく」


 宝石でも貰ったかのように胸元にそっとキャンディを当てたみおちゃんと、この日初めて目が合いました。今まで見せてくれたことがなかった、それは満面の笑みでした。

 わたしは居てもたってもいられなくて、でも教室の中だからなんとか落ち着いて、言いました。


「わたしも、嬉しい。同じ、気持ちで」


 キャンディを贈り合うハロウィンがあっても、いいですね。

 どうか夢じゃありませんように、と願いながら、わたしはみおちゃんに一歩近づいたのでした。

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