愛が重すぎる呪いの人形ちゃんのお話
十坂真黑
愛が重すぎる呪いの人形ちゃんのお話
私と玲冶は生まれた時からいつも一緒。
「千代ちゃん、大好き!」って、小さい頃の玲冶は何度も頬ずりをしてくれた。
私も玲冶のことが大大大好き。ぎゅうってしてあげたかったけど、それをするには私の腕は短すぎる。
それでも私の好きは玲冶にも伝わってる。
そうだよね?
それから十年、二十年と時は経って。
玲冶は今年で二十五歳。
私は箪笥の上で埃をかぶっている。
玲冶はいま、生まれ育ったこの家で、一人きりで暮らしている。
だから玲冶の寝顔を見れるのは私だけの特権。
玲冶はもう昔みたいに私に話しかけてくれない。多分、私のことなんか忘れてる。それでもいい。一緒にいるだけで私は幸せ。
それを、この美咲とかいう女は。
泥棒猫は。
「いってらっしゃ〜い、玲冶くん♪♪」
私のささやかな幸せを、ぶち壊してくれやがった。
*
「え~お人形カワイイ! 玲冶くんってこういう趣味あったんだ」
その日、玲冶が初めて女を家に連れてきた。
「日本人形だよね。あたし初めて見たかも!」
女はカワイーと馬鹿みたいに繰り返して私を抱き上げて、着物の帯を引っ張ったり、無遠慮に髪を触ったりする。
玲冶は興味なさそうに言った。
「うちの家変わっててさ。生まれた時に一人一体持たされるの」
へえ~と答えながら、あろうことか女は私の着物を下から覗き込んだ。
「あ、ちゃんと履いてる」……なんて失礼な! 玲冶にも見られたことないのに!!
「美咲、部屋はどうする? うち無駄に部屋余ってるからどこでもいいけど」
「玲司くんと同じ部屋じゃだめ? せっかく同棲するんだからさ♪」
「まあいいけど」
「やったー! 玲司くん大好き♪」
そう言って、玲司に抱きつく。
もおームリ! 我慢できない!
なんなのあの女! 私の玲冶にあんなにベタベタして!
しかも同棲!? それって一緒に住むことだよね! 許せない!
玲冶も玲冶だよ! こんなバカみたいな女を選ぶなんて!
この女から玲冶を取り戻さなきゃ……!
私はかっと目を見開き、美咲を睨む。
決めた。
こんな女、さっさと追い出してやる!!
翌日。
仕事の玲冶を送り出した後、美咲は車のキーを手に外に出た。買い物に行くらしい。
最寄りのスーパーまでは車で三十分、買い物に使う時間も考えると、猶予は一時間半くらい。
美咲が出掛けたのを確信し、私は箪笥から飛び降りた。
人形は、妖力とよばれるエネルギーを使って人間と同じように動いたり、喋ったりできる。けど、そのことを人間に知られてはいけない。
私は二階の廊下を進んだ突き当りの部屋――開けずの間の前にやってきた。
とととんとん、とリズミカルに扉を叩く。
すると「千代?」と、髪の長い日本人形が顔を出した。
親友の縁だ。
「縁。今から緊急で話し合いたいことがあるの」
縁は髪を揺らしながら頷く。
中に入ると、すすけた畳の上に分厚い埃が被っている。相変わらずかび臭い。
縁は押し入れの襖を開けた。中に衣装ケースがあって、そこには無数の日本人形が詰めこまれている。
真っ白な日本人形たちの顔が、衣装ケース越しにうっすら浮かび上がっている。
縁は優しいからここで話すときは、押し入れの中のこの子達にも話が聞こえるよう、いつも襖を開けてあげる。
でも私は、この光景を見る度に肝が冷える。だって、まるで人形の墓場なんだもん。
玲冶も不気味がってこの部屋には入らない。だから開けずの間。
昔からこの家では生まれた子供に日本人形が与えられた。有事の際、人形たちが子供の身代わりになるように、という願いを込めて。
けれど時代の流れとともに風習は廃れていき、不要になった日本人形は衣装ケースの中に積まれていく。
ここにいる皆も昔は動くことができたのに、一体ずつ永い眠りについた。今ではもう私と縁、それから窓辺で外を睨んでいる桜しか残っていない。でも、桜は喋れない。持ち主が死んでからそうなってしまった。
「二人とも、家に新しく女が出入りしているのには気付いてる?」
私は二人に言った。
「ええ。違う足音がしたもの。桜ちゃんったら、尚子さんだってきかなくて、廊下に飛び出そうとしたの。止めるのが大変だったのよ」
尚子は玲冶の母親だ。桜の主だった人。
ちなみに縁は玲冶の姉、有希の人形。有希は結婚した時に、縁をこの家に置いていってしまった。縁はしばらく落ち込んでいたけど、少しずつ元気を取り戻してきた。
桜が慌てた様子で窓を叩いた。
「どうしたの、桜?」
窓を覗くと、庭に車から美咲が出てきたところだった。
ウソ、こんなに早く戻ってくるなんて。まだ三十分も経っていない。
「千代、早く戻って!」
縁が言う。頷き、慌てて廊下に飛び出す。
「やっだもー、財布忘れるなんて!」
美咲の声。階段が軋む音と共に、だんだん近づいてくる。
人に動いている姿を見られると人形は力を失う。それが妖界の掟。そしたら私、二度と動けなくなっちゃう。
急いで戻らなきゃ!
「ぎゃ!」
美咲の悲鳴が聞こえた。
まずい、見られた?
次の瞬間、私の身体は生温かいもので包まれた。
目の前が真っ暗になる。顔にむわっと生臭い息がかかった。
「こら、まる! 家の中に上がっちゃダメでしょ。あーあ、人形に悪戯しちゃって」
ぽてっ。私は床に落とされた。
赤い舌と黄ばんだ牙が目の前にあった。
……これ、犬? 長い毛糸の塊じゃなくて? どうやら犬が私を咥えたみたい。
昔うちにいたゴールデンレトリバーと比べると随分小さいけど、私からすると怪獣だ。
美咲は犬を抱き上げた。
「あんたの場所は庭!」
美咲は私を箪笥の上に戻すと、犬を抱いて玄関を出て行った。
まさか犬まで連れて来ていたなんて。気付かなかった。
エンジン音が遠ざかるのを確認して、私は縁達の元へ戻った。
「話の続きだけど。私、あの女を追い出したいの。力を貸して」
「千代は玲冶君のことが大好きだものね。けど私たちは人形。主の幸せを祈らなきゃ」
縁の言うことはいつも正しい。
「玲冶君なら、結婚してもきっと千代を大事にしてくれる。それで十分じゃない」
私は髪を振り乱した。
「玲冶をあんな女にとられるの、絶対イヤ!」
縁がため息を零す。
「大体追い出すって……どうするつもり?」
「それを今から考えるのよ」
不意に、窓の前にいた桜の身体が青白い光に覆われた。カーテンが不自然に持ち上がる。
妖力を使ったのだ。
「ポルターガイスト?」と私が尋ねると、桜は嬉しそうにこくりと頷いた。
「妖力を使って脅かすってわけね。いいアイデアだよ!」
「桜ちゃんまで。妖界の掟、忘れたわけじゃないでしょう?」
「人間に動いている姿を見られたら妖力を失う。逆に言えば、動いている姿を見られなければ何をしても問題ない!」
私は二人に向けてウインクをした。
「ついてきて、二人とも」
人間用の階段は、私達には大きすぎる。飛び跳ねるようにして降りて、一階の台所に向かう。
「冷蔵庫の横の隙間に未開封のネズミ捕りがあるの」
「ネズミ捕り?」
「ベタベタするやつ」
縁は顔をひそめた。「アレ、私嫌い。前に一度、髪がくっついたことがあるの」
縁は美しい髪が自慢。艶やかな黒髪が腰のまである。
「これをあの女が通る場所に仕掛けて、嫌がらせするの!」
「そんなにうまくいくかしら」と縁が不安そうに言う。
桜は妖力で物を動かすのが得意なので、冷蔵庫の隙間からネズミ捕りを取り出してもらった。毛皮が接着面にくっつき泣いているネズミのパッケージが描かれている。
その泣き顔が痛々しくて、胸が痛む。私達も気を付けなくちゃ。
三人で力を合わせてネズミ取りを玄関にセット。
これであの女が罠にかかるはず。
とりあえず今日は一つ罠を仕掛けて様子見することにした。
準備が終わると、すぐに定位置に戻る。縁と桜は開けずの間の衣装ケースの中、私は箪笥の上。
しばらくして美咲が戻って来た。
あとは悲鳴が上がるのを待つだけ。
……が、何事もなかったように、美咲は荷物を手に二階に上がって来る。
驚いた様子も無い。まさか、あの罠をかいくぐって来た?
そんなあ。あんなに頑張ったのに……。
「まる、一体どうしたんだ?」
その夜、帰宅した玲冶が言った。まるは庭に繋がれている。玲冶が何に驚いたのか、私には分からない。
「勝手に家に入ってネズミ捕りにかかっちゃったみたいなの。くっついた部分はさみで切ったんだけど」
「大変じゃん。でもネズミ捕りなんか仕掛けてたかな」
玲治が首を傾げる。当然。だって私たちが仕掛けたんだもん。
「まるが悪いんだよー。ダメって言ってるのに勝手に入ってきて」
謎は解けた。けど、なんだか力の抜けるようなオチだ。
「まるも家に上げてやりゃいいじゃん。部屋は余ってるから、一部屋まる用にしてあげれば」
と、玲冶がとんでもない提案をした。
「ありがとー! さっすが玲冶くん♪」
美咲はさっそく、犬を抱えて部屋に戻って来た。
玲冶のいう通り、毛並みはぐちゃぐちゃになっていた。
抱き上げられながら、犬はじっと箪笥の上の私を見ていた。
ネズミ捕り作戦は失敗だった。それどころか結果的に、邪魔者(犬)を家に上げる手伝いまでしてしまった。
その晩、私は開けずの間に向かう。
結果の報告と、新たな作戦会議。けど縁はは気が進まないみたい。
「千代。あなたがいくら玲冶くんのことが好きでも、あなたは人形。玲冶くんと
分かってるよ、そんなこと。でもこの想いはホンモノなの。人形だから、人間だからって割り切れるようなものじゃないの。
縁なら、分かってくれてると思ってたのに。
ムッとして、つい言ってしまった。
「有希に捨てられたからって、私に当たらないでよ!」
嘘。そんなこと思ってない。縁はいつも私のことを考えてくれている。
けど、口に出してしまった言葉はもう消すことはできない。
「そんな……ひどいよ、千代」
縁はポロリと涙をこぼし、衣装ケースの中に引きこもってしまった。
桜が非難するように私を見た。
「何よ。言いたいことがあるんなら言えば? あ、喋れないんだっけ」
すると桜も呆れたように衣装ケースに戻ってしまった。
ああ。最低だ。口を開けば嫌なことばかり。何で私ってこうなんだろ。
もう二人には頼れない。私だけでやらないと。
私は縁のように美しい髪を持っていないし、桜のようには物を動かせない。
それでも、私だけにしかできない、とっておきの秘策がある。
美咲は鼻歌を奏でながら洗濯物をたたんでいた。
もし今美咲が振り向いたら、私の人形人生は終わりだ。
でも、この術はある程度対象との距離を縮めないと使えない。ゆっくり、背後から美咲に近づいていく。
一メートルくらいまで距離を縮めたところで、私は足を止めた。
妖力を美咲の中へ飛ばし、意識に侵入する。
――これが私の力。数分間だけ、人間を操ることができるのだ。
視点が高くなる。いま私は、美咲の中にいる。
足元の日本人形(私だけど)を掴んで、私(美咲)は洗面所に向かった。憑依中も、常に私の本体が近くにないといけない。
洗面台の引き出しを開ける。中には玲冶のバリカンがあることを私は知っている。
これで美咲の髪を残らずそり落としてやる! 人形と同じように、女も髪が命。
スイッチを入れ、あとは頭に刃を滑らせるだけ。
その時だった。
「わん!」
まるが足元で吠えた。
そのせいで術が解けて、美咲が意識を取り戻してしまった。
「あれ? あたしなんで……」
美咲はバリカンを手にしていることに気づくと、「ぎゃっ」と悲鳴を上げた。
美咲は真っ青な顔で、洗面所に転がった私を見下ろした。
「あの人形何か変じゃない?」
美咲が青ざめた表情で玲冶に切り出した。
「変って何が」
玲冶は朝は機嫌が悪い。今日みたいな休日はいつもお昼過ぎまで寝ている。でもこの日は美咲が仕事だから、横でばたばたと支度をされて、目が覚めてしまったらしい。
「実はあたし霊感ちょっとだけあるんだ。あの人形、不気味な感じがするの」
「俺、霊とか信じてねえし」
美咲はむっとした様子で語気を強める。
「だったら捨ててよ!」
「人形捨てるとか、縁起悪いだろ」
「霊とか信じてないって言ったじゃん!」
玲冶は面倒くさそうに頭を掻いた。
しめしめ、と箪笥の上で私はほくそ笑む。 このまま仲違いしてしまえ。
「人形と私、どっちが大事なの!?」
玲冶、いい加減目を覚まして。この女のどこがいいの?
けど、私の想いは玲冶には届かない。
「……美咲に決まってんじゃん」
「じゃあ捨てておいてよ! あたしが帰ってくるまでに」
「わかったよ……」
玲冶はしぶしぶといった風に承諾した。
そんな。嘘だよね? 玲冶……。
「不気味って、失礼だよな」
美咲が家を出ると、玲冶は私を抱き上げ、顔を覗き込む。
子供の頃と変わらない、淡い茶色の瞳。
やっぱり玲冶は昔と変わらず、私のことを大切に思ってくれてるんだ。
安心したところで、彼は不意に瞳を曇らせた。
「ごめんな」
え?
玲冶は私を手にしたまま部屋を出る。廊下を進み、突き当りにある部屋に入る。
開けずの間。
玲冶は迷わず押し入れに向かった。中には人形の詰まった衣装ケースがある。
その中に、私を放り込んだ。
襖がぴしゃりと締められる。暗くて何も見えない。心臓なんかないのに胸がどきどきしてきた。
目が暗闇に慣れてきて、私はケースの中で見覚えのある黒い艶髪と、桜の髪飾りを見つける。
「縁、桜! この間はごめん。お願い、外に出るの手伝って!」
返事はない。
それどころか、二人とも起き上がろうともしない。
まだ怒ってる? 私はそっと縁の肩を揺する。反応なし。「ごめんっ」と謝ってから縁の髪を引っ張っても、何も言わなかった。桜も同じ。
「縁、桜。……ねえ、起きてよ。私だよ。千代だよ」
結局、二人が動き出すことはなかった。
なんで? 私がひどいこと言ったから? そのせいで二人はただの人形になってしまったの?
人形達の墓場で、私は途方に暮れた。
「今朝はごめんね。どうかしてたみたい」
家に帰るなり、美咲は頭を下げた。
「大切な人形だもんね。あたし、ひどいこと言った」
箪笥の上に昨日まであった物がないことを確認したうえで、美咲は再び玲冶を見る。
「もう……捨てちゃった?」
「いや。押し入れにしまっただけ」
そこで美咲が、まるの爪が床を蹴る音に気付く。
「まる!」
まるが私を咥えて現れたから、玲冶は驚いた表情をした。
「まる、どうやって。押し入れの中にしまったのに」
美咲がまるの頭を撫でながら言う。
「この子結構賢くて。勝手に扉開けちゃうんだ。玲冶君が人形を隠してるとこ見てたのかも」
そうなんだ、と玲冶は納得した様子だ。
「まる。めっ、だよ。日本人形て繊細なんだから」
「いいよ、ありがとな、まる。持ってきてくれて」
玲冶が優しく目を細める。
まるがへっへっ、と荒い息で返した。「どういたしまして」って言ってるみたいに。
――人間たちが寝静まった深夜のこと。
「お礼なんて、言わないから」
「へっ」と彼は熱い息を吐き出した。
「俺は犬神の家系だからよ、普通の犬よりもちょいと賢くて、できることが多いんだ。これくらいどうってことねえよ」
衣装ケースの中で途方に暮れた私を救い出したのは、驚くべきことにまるだった。彼は特別な犬らしい。私達人形が動いて喋れるのだから、驚くことでもないけれど。
「友達のことは、まあ、残念だったな」
まるのその一言で、私は親友達との永遠の別れを思い出した。
「だが遅かれ早かれああなる運命だったんだ。必要とされなくなった人形は、いずれ妖力を失う。それが自然の摂理ってもんさ」
分かってる。けど、あれが最期になってしまうなんて。胸がしくしく痛い。こんなこと初めてだ。
「友を失くしたんだ。泣けばいい」
「……泣かない。だって私に涙の跡があったら、玲冶がびっくりしちゃうから」
「人形ってのも大変だな。泣きたいときに涙の一つも流せないんじゃ」
まるは感心したように呟く。
美咲の怪しい行動に気付いたのは、それから数日後。
玲冶がいない隙を見計らって、スマートフォンで誰かとこそこそ話している。
「家に日本人形があるんですけど、ちょっと気になって……。人形自体は処分したくないんです。もし何か憑りついていたら、それを祓うことはできないでしょうか」
十中八九、私のことだ。
「はい……え、家ですか? あの、人形を持っていくんじゃだめなんですか。……分かりました。でも彼にはバレたくないので……来週の土曜日でいいですか?」
「霊能者って奴か」
このことを報告すると、まるはいかにも興味がなさそうに言った。
「もう少し興味持ちなさいよ。あんたもまとめて除霊されるかもしれないんだよ?」
「俺は犬神の末裔だからな、ちんけな霊能者なんぞに怯える必要はねえ」
そういうと、犬用ベッドで包まってしまった。このおじいちゃん犬め! まるは今年で十二歳になる老犬なのだ。
こうなったら私一人で何とかしなくちゃ。
……ところが、具体的なアイデアが出ないまま、その日を迎えてしまう。
仕事の玲冶を送り出すと、美咲はさっそくスマホを耳に当てた。
「彼が家を出ました。それでは十一時にお待ちしてます」
時間きっかりに玄関のチャイムが鳴った。
「心霊撲滅研究所の白井です」
現れたのは、和服姿の男の人と、作業着姿の太った男。
「わざわざありがとうございます。それで、この人形なんですけど」
美咲が私を男達に差し出した。
「なるほど……。確かに禍々しい妖気を感じます」
男が険しい顔で私を見る。人形に表情がなくてよかった。じゃないと私、いま絶対顔が引き攣ってたよ。
「この家で亡くなった幼い子供の霊が憑りついています。すぐに除霊しなければ」
……はあ?
私は生まれた時から人形。死んだ子供の霊なんかじゃない。その後もそれらしいことをつらつらと語っていたけれど、この男の言うことは全てでたらめだ。
とすると、こいつら偽物か。
肩の力が一気に抜けた。
けど、エセ霊能者の言葉には続きがあった。
「この家はかなり古いようですね。そういう場所には霊が籠りやすいんです。更にここは忌み地という不吉な土地。人形の霊を祓ったところで、また新たに別の霊が憑くでしょう。
家全体を完全に除霊します」
「え」美咲の顔が強張った。
「除霊中は危険ですので一、二時間ほど外出していただきたいのですが」
男の剣幕に押されて、美咲は頷く。
「わ、分かりました。まる、行くよー。……まる?」
ところがまるは、話の途中でその場から逃げ出していた。
「わんちゃんは大丈夫です。後で庭に繋いでおきます」
「すみません。よろしくお願いします」
美咲は予想外の展開に気が動転しているらしい。男たちの言いなりだ。
「終わりましたらまたご連絡させていただきます」
美咲の車が遠ざかっていくと、さっそく白井と名乗ったエセ霊能者はソファにふんぞり返った。
「ばっかじゃねえのあの女。まじで信じてら」
小太りの男が相槌を打つ。
「そうですねー、ここ地主の屋敷でしょ、掘り出しもんあるんじゃないすかあ」
「さっさとやろうぜ」
男たちは顔を見合わせ、にやりと笑った。
「しかし気色悪い人形だな」
白井は汚い物に触れるように私を床に放り投げる。
部下らしき太った男が、置いてあった美咲のトランクを開けた。
「さすがに金目のもん置いて行ってないみたいっすね」
「お金もクレカも全部お祓いしますって言っときゃよかったな」
ぎゃははと、下品な笑い声を立てる。
こいつら、偽物なだけでなく悪事を働こうとしているらしい。
それから男たちは開けずの間に向かった。
二人にばれないよう、こっそり後を追う。
「お前はそっちの箪笥ん中探せ」
白井は部下にそう指示を出して、自分は押し入れを開けた。
「なんだこの人形、気持ち悪っ」
衣装ケースにはぴっしり詰まった人形たちが眠っている。
「この家、まじで呪われてんじゃね?」
「リーダー見てくださいよ、これ本物っすかね?」
箪笥を漁っていた小太りが声を上げる。
尚子のアクセサリー入れだった。彼女の形見の指輪や宝石がたくさん入っている。
男たちは笑いながら指輪や装飾をポケットに詰め込んでいく。桜が見てたら、呪い殺さんばかりに怒ってるはず。
でもあの子はもう……私が止めなくちゃ。でもどうしよう。
そこへ、まるが吠えながら部屋に飛び込んできた。
激しい剣幕で男たちに牙を剥く。
「ちっ」
男が舌打ちをする。それから荒々しい仕草で足を振り上げた。
まるはびっくりして後方に飛びずさった。
「ケガさせたらやばいっすよ」
「興奮して階段から落ちたって言っとけ」
「そうっすね」
小太りの方もそれで安心したのか、手にしていた鞄をまるに振りかぶった。
まるは甲高い威嚇声をあげて、小太りの方に飛びついた。
「いたっ! こいつ噛みやがった!」
それを見て、なぜかリーダーの方の男が笑う。
「人間様にたてつく犬は死刑だっ!」
そう笑いながら、まるの腹を蹴った。
蹴られながらも、まるは目を血走らせながら男たちに食らいつく。
なによ。すかしてたくせに、必死になっちゃって
……けど、私だってそう。
玲冶の思い出の詰まったこの家を、これ以上こいつらに汚させたくない。
なんとしても、こいつらをこの家から追い出してやる。
私は覚悟を決めた。
ふわりと浮上して、物陰から姿を現す。
イ マ ス グ コ コ カ ラ
デ テ イ ケ
地の底から響くような、おどろおどろしい声。
「な、なんだ?」
リーダー格の男が恐る恐る振り返る。
人に動く姿を見られれば、私は妖力を失い、ただの人形になる。
構うものか。私の役目は玲冶と、玲冶の大切なものを護ること。
私に気付いた男たちは、あんぐりと口を開けた。
「ひぃっ!」
「にに、人形がっ!!」
小太りが尻もちをついた。
その隙を見逃さない。
私は小太りに飛び掛かった。
術を使い、小太りの意識を乗っ取る。
小太りの身体を操って、今度は窓際に逃げていた和装の男に組みかかる。
「おい、やめろ! くそ、離せ!」
背にしていた窓ガラスは二人分の重さに耐え切れず、ばりんと割れた。
「わあああああああっ!!」
男達はもみくちゃになって、二階の窓から落ちていった。
落下する瞬間、私は男の視点から部屋を振り返った。
まるがじっとこちらを見ている。
頼んだからね。
あんたの飼い主と、私の大切な人を、よろしくね。
*
――あれから半年が経った。
「今までありがとね」
「……じゃあ、元気で」
同棲してからたった半年で、俺と美咲は別れることになった。
原因は……一言でいうと性格の不一致だ。
同棲を始めた当初、俺に内緒で家に詐欺まがいの業者を呼んだこともあって、大喧嘩に発展したこともあった。あれも原因の一つかもしれない。
「まる? 行くよ」
美咲がまるのリードを引いた。まるは彼女の犬だから一緒にこの家を出て行く。
だが、まるは動かない。部屋の中をじっと見ている。
つられて目線を向けると、箪笥の辺りだ。
思わずぎょっとしてしまう。
箪笥の上に置いた日本人形が、瞬きをしたように見えたのだ。
――そんなわけないか。疲れてるんだな、俺。
美咲がリードを強く引っ張ってようやく動き出したまるは、尚も未練ありげにこちらを振り返る。
そんなに気に入ったのならまるにやろうかと思ったが、やめた。
馬鹿げた話だが俺は小さい頃、あの人形に助けられたことがある。
その時俺は小学校に上がる前で……確か一人で留守番をしていた。
そうだ、一人で暇を持て余した俺は開けずの間に入ったんだ。
両親の寝室だった場所。ほとんど入る機会はないから、密かに開けずの間と呼んでいる。
当時からあの部屋は苦手だった。押し入れの衣装ケースに日本人形が詰め込まれているのを見てトラウマになった。が、その日は何をトチ狂ったのか、冒険気分で押し入れ中に入ってみた。
人形の入った衣装ケースをずらすと、子供一人くらいなら入れるスペースはあった。襖を閉めると暗闇に包まれ、かび臭さと静寂がやけに響く。
怖くなりすぐに出ようとしたが、襖を少し開けたところでぴたと動かなくなってしまった。おそらく立て付けのせいだろう。今ならどうってこともないが、子供は力も弱いし、怖がりだ。
俺は押し入れの中から一生出られないんじゃないかと怖くなり、泣きじゃくっていた。
『れいじ』
突然、舌ったらずな声で名を呼ばれた。
その声は幼い女の子のもので、襖の向こうから聞こえた。
「……だれ?」
返事はない。
ところで、両親の部屋には姿見があった。
少し開いた襖から部屋を覗いたとき、鏡に写っていたのだ。
小さな日本人形が、押し入れの襖の前に立っているのが。
「ちよちゃん!」と言いかけて止めたのは、そんなことをすれば彼女が困るんじゃないかと思ったからだ。なんとなく。
『だいじょうぶ。今あけてあげる』
その途端、嘘のように襖がするすると開くようになった。
押し入れの中から出ると、部屋の真ん中に日本人形の千代がぽてりと落ちていた。
子供の白昼夢と馬鹿にされそうだが、今でも俺は、あれは本当にあったことだと確信している。
「また二人っきりだな」
何気なくそう呟いてみる。
すると、これまた目の錯覚だとは思うが、日本人形が微笑んだ気がした。
愛が重すぎる呪いの人形ちゃんのお話 十坂真黑 @marakon
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