第12話 女子校あるある③
一学期も後半になると夏のような暑さの日もある。
「あっちー、暑くて死にそうだぁ」
足を広げて、スカートをバサバサしながら下敷きで股間を扇いでいる女生徒がいた。
男子がいないと、女子という生き物はここまでおっさん化するのだ。
また、ある生徒はスカートを超ミニ丈にまでウエストで折り込んでいる。
ちょっと、振り返っただけでスカートの裾から下着が見えそうな短さだ。
サトシは、このような際どい光景さえも見慣れつつあった。
見慣れてはいても、教員として一応注意をしなくてはならない。
なにしろ白金女子学園の教育理念に、『品格』という言葉があるからだ。
これは、どう見ても品格に欠ける行為だろう。
「ほら、そこ! 学校の教育理念に品格とあるのを忘れていませんか? 股を広げて、なんてことしているんですか。暑いのはわかりますが、まだ、終業のチャイムは鳴っていません。
あと数分間はまだ授業中ですからねー。暑くても大胆な行動はやめてくださーい」
「あー、先生。今見たでしょー」
「何のことですか、桃瀬」
「スカートをバサバサしていた柚木くんのパンツ、見たでしょー」
ここで、「見ていない」と言って視線を逸らしたら負けである。
慌てて否定すると、女生徒たちは「絶対、見た。キモい」と言ってくる。
一人が「キモい」と発言すれば、周りの子も「キモーい、最低!」が始まる。
そうなったら、最悪だ。
サトシには、キモい先生というレッテルが貼られてしまうことだろう。
そして、一度貼られたレッテルが剥がれることはない。
白金女子学園に就職して数か月のうちに、サトシは女子校という荒波に飲み込まれない操縦方法をある程度は習得していた。
コツさえ覚えれば小さ小舟の教員でも、難破することはない。
では、こういう時はどう対処すればいいかと言うと、
「ああ、気持ち悪いものが見えたら、ちゃんと注意しますから。ギリセーフでしたよ」
と、一蹴するのが一番無難だ。
「よかったー。ギリセーフだったんだぁ」
大抵、これで終わる。
やっと終業のチャイムが鳴った。
「では、今日の授業はここまでです。教科書の78ページ、ここの演習問題は宿題にします。各自ちゃんと、やってくるように」
「起立、礼」
*
「独身男性教師だから」というフィルターをかけて見ている女生徒たちは、サトシのことをかっこいいと思っている生徒もいる。
実際、かっこいいかどうかは別問題だ。
そう、別問題だ。
ここは重要なので繰り返す。
女子校という温に中で過ごしている生徒たちは、日ごろ接する男性といえば教師と家族しかいない。
若い男性なら、定期的にやってくる電気工事の職人さんでさえ「超かっこいい」という評価基準になるのだ。
流れる汗をタオル拭きながら修理作業しているだけで、恋の対象になる。
だから、サトシが癖でメガネをクイッと上げる片手で上げるだけで、
「キャーー!!」
という黄色い歓声があがる。
初めて女子校に来たばかりのころは、生徒たちの黄色歓声に照れたり戸惑ったりしていたが、今のサトシは余裕で切り返す。
「サトシ先生、愛してるー」
と、背中から生徒にしがみつかれても、
「はいはい、先生も愛してますよ」
と軽く受け流し、廊下を歩く足を止めることなく進むことができるようになった。
プロフェショナルである。
サトシが廊下を歩けばキャーキャー言われることにも、だんだん慣れてきていた。
「サトシ先生、一緒に写真撮ってくださーい!」
「ああ、先生は顔出しNGです。お断りします。」
「えーーーー」
サトシは、女生徒からチヤホヤされてもサッパリとあしらう。
とにかく、さらりと受け流すのが一番だ。
サトシの丁寧語はそのための丁寧語だった。
常に一定の距離を保ちつつ、これ以上は踏み入るなという結界を張っているのだ。
仮に、教師が下心を持って応じたらどうなるのか。
女子高生という彼女たちは、途端にそれを見抜く。
「あいつさ、うちらと話していると超嬉しそうじゃない?」
「ほら、見てよ、顔が赤いもん」
「なんかさ、童貞っぽくね?」
彼女たちはクスクス笑いながら噂をする。
それだけ女子高生のセンサーは鋭い。
サトシは、過去にその犠牲になった教員を見たことがある。
その教員の末路を見てから、サトシは決してニヤニヤして近づく事はしないと、固く心に誓っているのだ。
サトシが1年A組の教室を出てから、職員室までの続くこの廊下は、様々な変わった種族に出会う。
いつか、人類学の学会で発表するくらい価値ある情報だとサトシは思っている。
廊下で友達とすれ違いざま、あいさつ代わりにお互いのスカートをめくり合う種族。
「おう! なっちゃん、こんちはー」
バサッ
「おう! こんちはー」
バサッ
共学ならスカートめくりされたら悲鳴をあげるものだが、女子校では違う。
彼女らにとってスカートめくりは挨拶のひとつであり、生存確認なのだ。
また、同じように廊下ですれ違う場合でも、胸をタッチし合う種族もいる。
彼女らも、全く羞恥心も遠慮もなく、お互いの胸を鷲づかみしてすれ違う
「おう! 元気?」
ムンズ
「おう! 元気じゃん」
ムンズ
自分たちで胸を触り合うのはセクハラにはならない。
これも胸タッチの風習が挨拶となっている。
なかなか、一般社会では目にすることができない珍種だ。
また最近は、新しく繁殖しはじめた珍しい種族もいる。
廊下でダンスを踊って、友達がスマホで撮影するチックタック族だ。
「ワン・ツー・ワンツースリー……」
ひと通り踊って、ポーズを決めて静止。
「はい、オッケーでーす」
「この動画、配信できる?」
「できるけどさ、制服姿で配信して教頭に怒られない?」
「そだね。うちの教頭、うるさいからね」
最近、チックタック族について職員会議の議題にも上がるほど、急成長している種族である。
サトシはこの不思議な種族がはびこる廊下を抜けて、やっと安息の地、職員室の自分の机にたどり着く。
(この廊下はドラクエかよ)
次の更新予定
サトシ先生は美しき十代の乙女に手を出さない 白神ブナ @nekomannma07
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