第3話 CASE C


優しい人がいた。




どのくらい優しいかというと、彼は怒れないのだ。



優しい人がた。




どのくらい優しいかというと、彼は仕事を他人に振れないのだ。



彼は部下や同僚や会社のために、休日も出勤してほぼ全ての業務をこなした。


彼がいる間は、部下も同僚も、彼に任せておけばいいので仕事といえば掃除くらいだった。その掃除でさえ、部下や同僚が帰った後で彼はこなした。


彼は優しかった。


どんな部下の失敗も、彼は許した。


彼は優しかった。


会社と家庭で板挟みになっても、両方にいい顔をした。



ただ優しかっただけではない。彼は常に努力していた。会社のほぼ全ての業務を彼はこなし、部下や同僚に楽をさせていた。

つまるところ、彼は優しかった。



ただ優しかった訳ではない。彼は体調不良もおして出勤した。自分がいなくなったら会社が回らないことも彼は知っていたからだ。

とどのつまり、彼は優しかった。



彼の死後、


上司も部下も同僚も彼の業務を引き継げるものはおらず、会社の評判が嘘のように落ちると、会社は地域から撤退した。


彼の死後、


彼の周りの人間は口をそろえてこう言った。


「彼は優しかった。」


・・・彼は・・・



「あいつさあ。なんか嫌われないようにしてんのバレバレで、そこが鼻についたよな。」


「結局引き継ぎも何もしないでいなくなってしまったので、倒産は我々の責任では無いです。」


「優しいというか・・・怒らない人でした。」




彼の人生は六文字で言い表せる。


だが、彼の死後の事を、残された妻や子供の事を、彼が残していったものを考えても、彼の顔が思い浮かばないのだ。



優しい人だった。


こういうのを、なんといえばいいのだろう。





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