第3話 神様、この娘がメインヒロインですか?
パンツ一丁にされてどれくらいの時間が経過しただろうか。数分しか経過していないのか、1時間くらい経ったのか。
未だに腹を抉るような痛みが消える気配はなく、だからといって通りかかった人々が助けてくれるわけでもない。
これ、絶対俺を派閥に組み込もうとする『巫女』だとかその仲間の冒険者――改めティコディオテス?だとかにしか助けてもらえないってオチだろう。
俺としては一人の心優しい同い年くらいの美少女に助けてもらいたいな…。エルナ、俺ここで苦しんでるぞ。君さえよければ俺のメインヒロインになってくれないか?
いや、あの
正直、メインヒロインが破天荒な娘なら色んなことに巻き込まれて暇しない人生を送っていけそうな気がする。
ずっと怪しい気配を変えることのなかった空は、ついに雨を降らせ始めた。パンツ一丁の俺にはその一粒一粒がそれなりのダメージになる。
この世界にHPの概念がないことを祈るばかりだ。
もしかすると、俺はこの世界の神様に嫌われているのかもしれない。
運よく魔法も冒険も空想上のものだった平凡な世界からこんな夢みたいな世界に転移したのだから、その代償と考えれば仕方ないことなのかもしれない。
とすれば、これからも生きていく上で運の悪いことが続いてくってことだ。
例えば、その地域に発生しないイレギュラーなモンスターが出現したり。
例えば、誤解や偏見から格上のティコディオテスに絡まれてボコボコにされたり。
例えば、派閥同士の抗争に巻き込まれて両方から敵として攻撃されたり。
例えば、王都で悪党と戦う時に使った魔法が王女様に当たり、処刑されたり。
最後のヤツが考えすぎだったとしても、ありそうな話だ。
この世界は世知辛い。きっと前世のアニメやラノベの舞台だったあんな世界やこんな世界よりも世知辛い。
でも、その全部が惚れたヒロインがやらかした結果だったり、ヒロインの体質で引き寄せたものだったりしたら?
その時は許せるし、許すしかない。
この世界を鋼の精神で生き抜く為にも、不在のヒロインと早く巡り合うことが大切だ。
パンツ一丁の男のヒロインになってくれようとする娘なんて言ってしまえば相当おかしいんだろうけど。
腹痛に抗って地を這いつくばる。とにかく遮蔽物を探してその下に入ろう。人に服をせがむのはそれからでもできるし、この雨でスマホを水没させてしまってはとても悔しい。
雨水に濡れてかじかんだ腕はレンガで舗装された地面がとても痛く感じる。
スマホを濡らさないよう前かがみになりながら壁伝いに立ち上がる。
そのまま壁に手をつきながら少し歩く。
住宅と住宅の隙間に、小さな屋根の下に網を置いたゴミ集積場のような場所を見つけ、俺はなんとかしてその屋根の下に転がり込んだ。
さすがに世界は違えどゴミ収集は朝のようで、ゴミがそこになかったことはとても救いだった。
俺はこれから、どう生きていこうか。
どこかの派閥のアジトを訪ねて『巫女』に頭を下げて派閥の一員になればある程度安定した生活は約束されるだろう。
それでも、派閥内の蹴落とし合いやいがみ合いみたいなのに巻き込まれるのはゴメンだし、他のメンバーが既に実力のあるメンバーで構成されていたら、俺の肩身が狭いだけだ。
かといって、盗人になってスラムで生活するなんてのは避けたい。
追いはぎをする技術も度胸もないし、この雨の下で右の頬に気にするような赤くうみをもったにきびの持ち合わせもない。
生きるためには仕方ないなんて言って、自分の悪事を正当化する真似だけはしたくない。
ここはいっそ何か工芸品か料理の店で見習いになって、その店を受け継いでいく生き方も悪くはない。
ただ問題があるとすれば、俺がそういうことに全く興味を持っていないことで、途中で追い出される可能性もなくはないことだ。
もしそんなことになったら、今以上に路頭に迷うことになるだろうし、そう考えるとこの道は避けて然るべきだな。
そもそも、この国で行われている『パルセナ・ポエモス』に参加する派閥は女性がリーダーじゃないとダメなのか?
男の俺だって、『巫女』である条件を「女性であること」以外クリアすれば参加できるはず。
そもそも、『巫女』になる為には何が必要なのかすら俺は知らない。きっと血族は関係してるんだろう。
誰かがこの路地裏に入ってきた。その誰か――少女も雨を避けられる場所を探しているようで、このゴミ集積場を見つけるとスライディングするかのような速さで入ってきた。
その少女はくせ毛のようにところどころカールした――というか若干ボサついた黒髪のロングとポニテのセットでペリドットのように鮮やかで澄んだ黄緑色の瞳、アホっぽさそうな童顔を持つ和装の少女であった。アホっぽい部分は頭頂部のアホ毛が強調している。
和装とは言っても、よく時代劇や朝ドラで平民の少女が来ているような
もしかして、本当に江戸時代から転移してきた娘だったりして。
いや、瞳の色からしてこっちの人なんだろうけど…。
もしかするとこの娘はどこか別の国から拉致されてきた娘で、悪の組織から逃げてここまで来た、のかもしれない。
気が付くと、少女の方もこちらを見つめていた。
じー…、という声の幻聴が聞こえるのではないかと思わせるほどのアホ面でこちらを見ている。正直怖いまである。
もしかすると、俺に見つめられたことが嫌だったのかもしれない。いや、それならそっぽを向くくらいの反応を示してくるはず…。
まさか、本当に彼女も日本生まれの人間で、同郷の人間かどうかを見極めようとしている?
「お、お前、さっきから俺の方をじっと見てるがどうかしたのか?」
「仲間にならないか?」
「…ん?」
仲間って何だ?雨が降ってここに逃げ込んでくるのは独り身だからってわけではないのか?そもそも、何の仲間?
もしかしなくても、この少女はどこかの派閥の構成員で、俺をその派閥に勧誘しようとしてる?
「仲間って?」
「ブーちゃんの派閥に入ってくれないかってことだよ」
ブーちゃんって誰だよ。俺が知ってる前提で話されても困るよ。いや、まさかその人物はこの世界で知ってて当たり前の存在、的な?
「俺ばそのブーちゃんとやらを知ってる前提で話されても困るぞ」
「ブーちゃんはブーちゃんの一人称なんだけど」
ああ、一人称か。知らんがな。
「つまりお前の派閥に入れってことか?じゃあ構成員は全員で何人なんだよ」
「いないよ」
「え?」
「ブーちゃんまだここに来たばっかりだからこーせーいんなんていないよ」
「一応確認するが、お前は『パルセナ・ポエモス』の出場者なのか?」
「もちろん、出るに決まってるでしょ。じゃなきゃ何のために不法入国したのか、って話だよ」
構成員0、そして不法入国。この少女は多分、いや絶対に関わっちゃいけないタイプの『巫女』だ。
こんな『巫女』の派閥の構成員になったら、『パルセナ・ポエモス』にあっさりと負けてしまうような…。
とも考えたが、この娘がメインヒロインなら面白い人生が送れそうな気がしなくもない。
「分かった、お前の派閥に加わってやろう。俺の名前はワタリエ・フータ。パンツ一丁の一文無しだ」
「え?うわ、ホントにパンツ一丁じゃん」
「今まで気づいてなかったのか」
「気づかなかったから何だ。ていうか変わった名前だね。苗字と順番が逆なんて」
「まあ、色々あったというか」
「ふぅん。ブーちゃんはブレシア・アラキダ。極東の国から来た『巫女』だ」
その『巫女』の少女――ブレシアは、満開の笑顔を咲かせた。
神様、この娘がメインヒロインですか?
巫女玉座争奪譚—―パルセナ・ポエモス―― glam@星詠み ボカロP @hoshiyomist
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