記憶の中の君は、今でも、あの夏空の下で佇んでいる。

 生きている限り、夏は何度でもやって来る。

 けれども、肌を黒く焼かれながら、太陽の光を反射させて、きらきらと輝くプールに、水着一枚で飛び込んだ、あの夏を忘れない。冷房の効いたリビングで、かすかに聴こえる虫の音と共に、ちゅるるんっ!と冷やし中華を啜った、あの夏を忘れない。ついでに、三日連続で晩御飯が冷やし中華だったことも忘れない。

 幾度となく巡る夏。そのどれを取っても、一つとして同じ夏はない。そんな当たり前だけど当たり前すぎて忘れていたことを、繊細な情景が、思春期の心が、「if」を思わせるやり取りが、思い出させてくれた。

 僕のファーストキスを奪った彼女は、もういない。名前すら覚えてないから、きっと、二度と会うことはないだろう。会ったとしても分からないだろう。

 けれど、そんな思いを裏切るように、日差しがきつくなり、シャツの下が汗ばみ、蝉の声が五月蠅い、あの季節になると、いつも、彼女のことを思い出す。
 
 世界は無限の可能性に満ちている。毒餌を口にした猫が、飲み込む寸前で、吐き出してしまった世界線もあるのだとしたら―


 記憶の中の彼女が、再び、僕の前に現れる世界も、きっと、どこかにある。