第5話 怪物とヒト

『真眼の神子様を、命に変えてもお守りするのだ』


 ――その言葉を心に刻んでいた。


『…日本をより良くするために、力を貸してください』


 ――古くから日本を守ってきた尊きお方のために、努力は惜しまなかった。


『皆が楽しく笑えるような…、そんな世界を目指しましょう?』


 ――このお方ならば、日本をより良くできると信じていた。


 ――そう、信じていた……






「…信…ジテ…イタ…ノ…ニ…!」


 怪物は目の前の少女を見下ろしながら、己が人間であった時のことを思い出していた。


 代々『真眼の神子』を守ってきた己の家系。

 怪異に身を落すまでは、神子の考えに共感し、才能に驕らず努力と鍛錬を重ね、日本をより良くするために奮闘してきた。


 しかし、動乱の時代を治めるのは、当代の神子の力では難しかった。


 全てを見通すと言われる瞳は何の役にも立たず、戦は激化した。

 運命を操ると謳われる力も役に立たず、飢えて死ぬ人々は増えていった。

 当代の神子は、その現状を変えようとしていた。だが、できずに月日が流れ、いつしか彼女は絶望し、なんの行動も起こさなくなった。


 そんな神子を見た時、己の心の中で『何か』が弾けた。


 ――何故、人々は争っている?

 ――なんで、こんなに人が苦しんでいる?

 ――日本をより良くするために努力したのに、どうして?


 ――


 それは『殺意』である。

 神子に対しての殺意。自分を期待させ、出来もしない夢を語る、無能神子に対する極大の殺意であった。


 その感情殺意に気づいてしまえば、後は早かった。


 嘆くだけで何もできない神子を嬲り殺し、己の手で日本を変えるべく行動した。

 世を平和にするため、日本各地を正してまわった。


 ――暴力を振るう者がいた。…殺した。

 ――盗みを働く者がいた。……殺シた。

 ――仕事を怠ける者がいた。………殺シタ。

 ――喧嘩をしている子どもがいた。…………コロシタ。


 そうやって日本を正していく内に、何故か怪異に身を落してしまったが、己の目的に変わりはない。


 日本をより良くする。そのための行い。

 皆が楽しく笑えるような世界を作るため、足を止めてはならない。


 ――――だが、


『…よぉ、クソ怪異。アタシがお前を祓いに来た!』


 その歩みは、当代最強と呼ばれる霊能力者によって阻まれ、自分は数百年もの間封印される事となった。



 ◇



「…シンガ…ンノ神子…ブザ…マナ…姿ダナ…!」


 封印から目覚めた時、最初に視界に入ったのが目の前の少女だった。


 白い髪に紅い瞳を持つその少女を見た時に、少女が『真眼の神子』と同じような気配を放っていることに気がついた。己が殺した神子とは似ても似つかず、別人なのは明らかだったが纏っている気配が酷似しすぎている。


 それに気づいた瞬間、少女神子に対する殺意と憎悪が爆発した。

 永きにわたる封印の中でも決して忘れなかった負の感情。それら全てを目の前にいる

 神子少女にぶつけた。


 ―――別人であろうが……神子。


 周りの期待を裏切り続け、何の役にも立たなかった無能。

 嘆くだけで何もできない愚者。

 姿形が違えど本質は同じ存在、殺す理由には十分だった。


 永きにわたる封印の影響で大幅に弱体化しており、逃げ回る神子を殺すのに手間取ってしまったが、それももう終わりだ。


 見た所、霊力をまともに扱えていない。

 急に自分の攻撃を避けだした時は驚いたが冷静に考えれば脅威ではない。避けられないよう確実に仕留めれば良いだけのこと。


 そう考え自身の全霊力を刀に纏わせる。

 今までのような斬撃による攻撃ではなく、もっと単純な霊力を用いた広範囲の攻撃。技も何もあったものじゃないが、相手に回避など許さずに全てを消し去る一撃だ。


「 ハハハ ハ!…今際ノ言葉ガアレバ…聞クガ…?」


 項垂れ、絶望しているだろう神子に刀を向けながら、そう告げる。それは自分からの慈悲であり、目の前の神子を嘲笑うための言葉だった。


 ――――しかし、


「…随分と嬉しそうじゃん」


 目の前にいる神子は、絶望などしていなかった。


「古いアニメの敵キャラかな?もう少し捻ったセリフを聞きたかったんだけど」


 神子は顔を上げるとまっすぐに自分を見つめる。その顔に浮かんでいたのは絶望の表情ではなく、生きるために覚悟を決めた表情だった。


「アンタの失敗は、私をすぐに殺さなかったこと」


 ぞわり…と、全身に悪寒が走るのが分かった。


「できるだけ私に絶望してほしかったから、アンタは手加減してた」


 目の前の神子が言葉を発するたび、自分の中で嫌な感覚が膨れ上がる。


「感謝するよ、怪物。そのおかげで―――」


 神子が言葉を言い終わる前にその頭部へと刀を振るう。嫌な予感を振り払うように、目の前にいる不快な存在を黙らせようと、回避不能の攻撃を繰り出す――――


『隙だらけだ【断ち切れ】!』

「――ッガアアアアアア!?」


 突如、聞き覚えのある声が自分の中で響き渡り、体の動きが停止した。


「私に、覚悟を決める時間ができた!」


 その隙に神子は己の懐に入り込んでおり、自分の胴体を貫いていた一本の刀を渾身の力でもって引き抜いた。

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モノクロ世界の怪異譚 灰頭巾 @syagenabeibe

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