第4話 人違いです!

「…アンタの言いたいことは分かった」


 目の前の怪物を警戒しながら、そう呟く。

 恐らく、この姿を見せない人物の言っていることは間違ってない。

 現状は私が思っているよりも、ずっと大変で危険なのだろう。


『信じてくれたか!なら…』

「でも、私はアンタを手伝うことはできない」

『…は!?何でだよ、状況わかってんのか!?!?』


 無理なんだよ、私はアンタを手伝うことはできない。

 何故かって?それは―――――――


「私、霊能力者じゃないから!」

『…………は?』


 こちとら、一般人も一般人よ。

 …霊力?なんてのも知らないし、使ったこともない。


 隙を作るから霊力で攻撃しろ!なんて言われても、私は霊力ソレの存在すら知らなかったよ。


「だからアンタが隙を作ったとしても、私は何もできないよ」

『……嘘だろ?』

「嘘じゃないよ」

『…え?でもお前の体には霊力が流れてるし、怪物アイツの攻撃を見て躱してただろ!?』


 私の体に霊力が流れている、という言葉には疑問を持ったが思い当たる節が一つだけあった。目にも止まらぬ怪物の攻撃を私が避けられたのは、この声の主がいう霊力とやらのおかげなんだろう。

 じゃなきゃ、あんな攻撃を見て避けられるわけないし。


 …でも、あんな事ができたのは今日がはじめてなんだよなぁ。


「アンタの言う通りだけど違うんだよ…。普段の私なら絶対に避けられない」


 言ってて悲しくなるが普段の私は運動音痴の帰宅部である。あんな動きが日頃からできていれば、体育の授業に苦労はしてない。


『いや…え?お前、本当に霊能力者じゃないの?』

「残念ながら…違います。霊力なんて使ったことないよ」

『…霊力が流れていても使えないんじゃ意味がねぇんだよ…!』

「なんかごめん……」


 でも私も被害者なんだよなぁ、恩を仇で返されたから。

 …思い出したら腹立ってきたな。


『…このままじゃ二人とも死ぬな、確実に』

「は?なんて?」


 脳内で怪物へ呪詛を吐いていると、そんな言葉が聞こえた気がした。

 なんか絶望的な言葉が聞こえたんだけど気の所為だよね。


『死ぬって言ったんだ、アタシとお前の二人ともな』

「…スゥーーー。理由を聞いても?」


 …聞き間違いじゃなかったか。


『アタシが怪物の隙を作って、お前が霊力を使い攻撃する。それだけが唯一の勝ち筋だったんだ』

「…でも、私は霊力はあるけど使えないから無理と」

『そういうことだな』


 …まぁ、待て。

 まだ詰みと決まったわけじゃない。


「…ちなみに、アンタの知り合いの霊能力者とかはいないの?」

『…いたら、呼んでるに決まってんだろ!』


 援軍も期待できないと。

 …あれ?これ詰んでね???


『まぁ安心しろ、予定通りアタシが怪物の隙を作ってやる。全力で走れば逃げ切れる…かもしれない』

「そこは断言してよぉ!嘘でもいいから!!」

『仕方ねぇだろ、無責任なこと言えないんだから……っ!?ヤバい!』


 脳内に響く声の焦ったような言葉と同時に、目の前の怪物に変化が現れる。


 怪物が纏っていたオーラが溢れ出し、渦のように怪物を包みこんでいく。

 そのオーラは生き物のように蠢き、主を守るかのように周りの物を切り裂いて吹き飛ばした。


 やがて、オーラが吸い込まれるように消えていき視界が晴れ、怪物が姿を表す。


 その姿は一部を除いて全く異なっていた。


 ボロボロだった鎧は更に砕け原型が分からないほどに壊れており、錆だらけだった刀は刃こぼれが目立ち赤錆まみれになっている。纏っているオーラは禍々しさに加え嫌な雰囲気を漂わせていた。


「…シンガン…ノ…ミコ…殺ス…!」


 それでも、変わらない部分は怪物の目だ。

 絶対に私を殺すという想いが、狂おしいほどに伝わってきた。


「…………っ!!!」


 私の口から悲鳴は出なかった。

 ただ、目の前の怪物が放つプレッシャーに思考が停止していた。


『床に伏せろ!!!』


 躊躇はなかった。

 突然の指示に疑問を持つことすらなく、目の前の脅威に本能が私を動かした。


「…ユルス…マジ…!」


 怪物がそう言葉を放った瞬間、私の後ろにある壁がなくなった。


 …そう、壁に穴が開いたんじゃなくて

 自分で言ってて、意味わかんねーなこれ。


『…おい!大丈夫か!?』


 見ての通り、死ぬ五秒前みたいな状況だけど元気だよ。

 

「アンタも無事みたいだね」

『…まぁ、アタシは大丈夫だ、頑丈だからな』

「そりゃ良かった。…アイツは私をどうしても殺したいようだから、今のうちにアンタだけでも逃げな」


 目の前にいる怪物は、ゆっくりと私に近づいてくる。

 次の攻撃を避けるのは、さすがの私でも不可能だ。


『…なぁ、アイツの言ってた言葉に心当たりはあるか?』

「…話聞いてた?」


 今のうちに逃げろって言ってんだけど?


『聞いてた聞いてた……で?』


 何も聞いてねぇコイツ…。

 でも、心当たりって言われてもなー。


「もっと具体的に言ってくれない?」

『…シンガンノミコって言葉に心当たりは?』


 シンガンノミコ?ああ、怪物が私に向かって言ってたヤツね。


『…あの怪物はお前をそう呼んでたろ?』


 う〜ん…、心当たりはないなぁ。

 あの怪物がボケてるか、人違いなんじゃない?

 人違いでこんな目に合ってると考えたら、理不尽にも程があるけど。


「…別人と間違えてるとか?」

『…いや、人違いなんてことはありえねぇ。ヤツが怨敵を間違えるはずがないからな』


 その言い方的にアンタなんか知ってるでしょ。

 っていうか、そんなこと聞いてどうなるの?


「…私、今かなりピンチなんですけど?その情報いる?」

『…ヤツの言ってることが本当なら、この状況をひっくり返せるかもしれねぇ』

「…え、マジで!?」


 ここから入れる保険があるんですか!?

 でも、現状は詰んでるように見えるけど、本当にこの状況をどうにかできるの?


『どうにかするのはお前だ!』

「………………ゑ?」

『お前が怪物の言ってる通りの人物なら、こんな状況どうとでもなる!』


 脳内に響く声の主は自信をもって、こう言い放った。


『お前がなら!』

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