第11話 大自然、書を捨て街に向かえ!

ムスカ=スートラは、馬の手綱を引き渡して、その代わりに鉄剣を譲り受けた。そして、銅貨を少々、布袋に入れて、懐にしまった。

「少し寒くなったな」

行商人の従者は、無言のまま取引を終えると、荷車を曳いて馬を連れ立って、道沿いにベースキャンプの方にゆっくりと車輪を動かした。

この世界では、バルハラ地方には、ゲインズプールを中心とした緑が滴る大自然が栄えていて、その内部は、広大な盆地のように山脈が囲んでいる。ところどころに、絶え間なく歩道があって、それを頼りにすれば、いつかはゲインズプールの中心街に辿り着くように、仕向けられていた。

ムスカ=スートラは、鉄剣を鞘から抜き去り、一度、空を伐ってみた。刀身は、よく手入れされ、磨かれている。青い空に浮かんだ雲が映り込んだかと思えば、自分の姿が見てとれた。

「みんな、おれは少し、強くなったよ。みんなは、今頃、どうしているのかな」

そう言って、道なりに沿って、中心街に向けて歩き始めた。

トンビのような野鳥が青空で遊んでいた。

ところで、澤田角行は、岩壁に沿って、階段を登り、山脈をくぐる様に存在している洞窟に向けて、足を伸ばしていた。

階段の踊り場からは、遠くの方角で、ジャマンサが露店で品物を物色している姿が見受けられた。鉄屑を売り捌いている素材屋らしかった。

澤田角行は、遠くから背中を眺めるに留めると、洞窟の奥深くに歩を進めていく。

さて、ジャマンサは掘り出し物を見つけたところである。

「おい、オヤジ。これは何だ?」

「ポラロイドというものさ」

ジャマンサは、写真機を見つけて、手持ちのルーペで調べている。

「これは、値が張るぞ。なにしろ現像に時間が掛からんからな。50枚以上も撮れるんだ。バラッカ地方でしか手に入らない貴重品だ」

ジャマンサは50枚ねぇ、という印象で頷いた。

「わかった。じゃあ、馬を譲ろう。その代わり、それをくれ」

「ん?これか?」

世界地図の織物が、露店に掲げてあったので、全部、持って行くつもりなのだ。

「けち臭いことをいうなよ。いいだろ?」

「毛並みがいいメッセ地方の馬の骨だな。いいだろう」

ジャマンサは、ポラロイド型の写真機を手に入れて、リュックに保管すると、長旅のために、世界地図の織物を上に乗せ、締め上げた。

他方、クウヤは、袈裟を着たまま滝を前にして、禅を編んで瞑想の真っ只中である。クウヤの心眼を通して滝に映るのは、己の幻か?それとも、小悪魔のいたずらか? 目を閉じて、精神を統一していると、滝に写るのは双子ジェミニの天使、ノア・ユヴァーハとエルタ・トゥユである。

「さて、クウヤよ、悟りは得られた。この世界は書き直されたのだ」

「騙されては駄目。そんなの嘘だと思うわ」

クウヤの額には汗が流れている。

「嘘ではない。この世界の本質を伝えに来たのだ」

「真実はひとつ。それなのに、この世界は、あの世とこの世で出来上がっている」

クウヤのバッグでは、黒猫が眠り込んでいる。

「この世界をひとつにせよ。クウヤよ」

「間もなく、争いに巻き込まれる。それ自身が、あなたの悟りだわ」

クウヤには、気の迷いが生じていた。

「書の世界は、悩みを解決しない。世界の綻びこそが火種になる」

「迷っては駄目。正義と悪を見抜くことだけが試練なのよ」

――動けない。

これが、これこそが不動心なのか!?

否、無知蒙昧だ。

じゃあ、どうすればいいんだ?――

滝との問答は、続いていた。

焚き木が煙に変わって、ギルバードは乱暴に火を消し止めた。

「ん?どうしたの?」とアンドロは呼び止める。

「いや、イヤな予感がしたものでね。早く乗ってくれ」

ギルバードは馬の手綱を引いて、野営を片付けてから、後部の鞍にアンドロを乗せて走り出した。アンドロは、テンガロンハットを抑えつけて、追っ手が来ないかを確かめた上で、ギルバードに向かって確認した。

「書を捨て街に出よ、というけれど、こんなに燃やして大丈夫?」

「大丈夫。どうせ外国語で読めやしないんだから。しかしな、風向きが怪しいぞ」

アンドロの馬は銃座を蹴ったときに、ひづめが割れて、使えなくなった。爪先の悪い馬と交換に、大量の金貨を得て、そのごく一部に燃料として、古本を買い漁って、野営としたのであった。

間もなく、ゲインズプールに到着するが、ギルバードは、「書を捨て街に出よ」というメルクマールを痛いほど熟知していた。なぜなら、ゲインズプールとは、空前の知の棟梁が治めていると、魔法学園の図書室で読んだからだった。

――書を捨て街に出よだ!?そんなこと知るかっ!

馬の蹄が土埃を巻き上げ、ドラムのように大地を踏み鳴らしていた。


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