第5話

広い原っぱが広がる公園で一組の親子が遊んでいた。

気が付けばそれを傍観していた俺は聞き覚えのある声にふと目を見開いた。

「おいで、秋斗」

両手を広げて子供を抱きしめようとしていたのは母さんだった。

そして嬉しそうに駆けていく俺もまだ小さい。

ぎゅっと抱きしめられて幸せそうな二人を眺める。

心温まる光景に俺の心までぽかぽかしてくる。

過去の思い出のようなワンシーン。

でも家の側にあったその公園に俺は母さんと行ったことがない。

だからこそすぐにこれは夢だと分かった。

あの頃には戻れないとしてもこれが現実であって欲しい。

母親の愛情というものを知ってしまったからこそそう願ってしまった。


「これがあなたの理想ですか」

突然辺りに響き渡った知らぬ男の声に俺は身構える。

「そんな警戒しなくても、取って喰いはしませんよ」

「誰」

俺は急に背後に現れた男から一歩離れると端的に聞いた。

黒いスーツに身を包んだ彼は予想よりも若い。 

まだ二十代ほどに見えるが、実際のところはわかりそうもない。

「誰でしょうね」

怪しい笑みを浮かべる彼に質問に答える気はなさげだった。

そもそも彼が人間なのかどうかも怪しいところである。

「なにしたいの、俺の夢の中に入ってこないで」

俺は真っ赤な瞳で彼のことを睨む。

そんなことをしても意味があるとは思えないが、今の俺ができることはその程度であった。

「お〜、怖いこわい。 それがかの有名な真実の瞳ですか…。 確かに見透かされてるようで嫌ですねぇ」

彼ののんきな声を聞きながら俺は内心焦っていた。

こいつが何をしたいのかわからない。

それどころか理由のわからないことまで言い始める。

俺は彼を知らないのに向こうは俺のことを知っている。

そんな冗談じみた状況にものすごい嫌気が差す。

それと同時に湧き上がった怒りに衝き動かされようとした瞬間であった。

「そこまでです」

リンとした女性の落ち着いた声が響くと共に辺りの空気は張り詰めた。

「あなたの好きにはさせませんよ」

俺のことを守るかのように立ちはだかった女性。

彼女は目の前で頬の引きつった笑いを浮かべる彼とは正反対だった。

真っ白な着物に身を包んだ彼女から感じるのは真っ赤に燃えるような怒り。

「あなたは誰…? どうして怒ってるの?」

どうしてなのか彼女には強く言うことができなかった。

それどころか彼女からは懐かしく優しい雰囲気を感じる。

なにも答えずににこっと微笑んだ彼女は俺の頭を優しく撫でた。

「まだこっちに来てはいけないわ。 元の世界に戻りなさいな」

俺の頬に軽くキスをした彼女は、俺の体を押した。

ゆっくりと体が倒れていくと共に俺の意識は朦朧としていった。


次に目を開けると見えたのは白い天井。

どうやら病室に戻ってきたようである。

俺はさっきの出来事がどこか夢に思えずぼうっとくうを見つめていた。

「白沢さんおはようございます。 …白沢さん?」

いつの間にか来ていた柚木さんに声をかけられて俺は我に返った。

「お、おはようございます」

首を傾げて心配そうに見つめる柚木さんを誤魔化すかのように俺は言葉を続けた。

「も、もう朝ごはんですか?」

「ふふっ、そうですよ」

彼女はにこにことしながら俺の前に料理を並べていく。


俺は旬の食材をふんだんに使った和食に舌鼓を打つ。

ここにいられるのもあとどのくらいだろうか。

近い未来に想いを馳せながら横にいる柚木さんの表情を伺う。

柚木さんは少し深刻なような不安なようななんとも言えぬ雰囲気を醸し出していた。

「どうしたんですか?」

箸を置いてそう問えば、柚木さんはあからさまに瞳を揺らした。

「あっ、いえ、その…」

誰が見ても狼狽えていると分かる反応に俺は小首を傾げる。

そこまで言いにくいことなのだろうか?

「俺に答えられることならなんでも聞いてください。 嫌なら嫌と言いますから」

柚木さんは深呼吸をひとつすると俺の目のあたりをじっと見つめた。


「白沢さんってますか?」

石で殴られたかのような強い衝撃が頭を駆け巡る。

なぜそれを知っているのか、そしてどうして俺がそうだと思ったのか。

聞きたいことは山ほどあるのに言葉が出てこない。

「あっ、えっと、それは…」

「そんな単刀直入に聞いてはいけないよ、柚木さん」

言い淀んでいた俺を庇うかのように部屋の中に入ってきたのは先生であった。

「吉野さん…」

柚木さんが小さな声で呟く。

先生は彼女に視線を向けることもなく、俺の方に足を進めてきた。

「それにしても興味深いことを聞いているね。 もし白沢さんが見えるなら大発見だ」

先生もなにか知っているような口振りだ。

子供のように無邪気で、それでいてどこか怖い。

そんなふうに思わせる空気を今日の先生は纏っていた。

俺の警戒が伝わったのだろうか。

突然先生は動きを止めると謝ってきた。

「ごめんごめん、大学で嘘の見える能力を持っている人について研究してたもんだから。 ついつい気になっちゃってね」

先生の言葉に嘘は見えないけれど、俺は訝しげな視線を送り続ける。

そもそも俺以外にも変な力を持った人がいるというのだろうか?

それよりも今気になるのはただひとつ。

「大学で研究されてるの?」

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本当だよ 柴ちゃん @sibachan1433

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