(60)悲劇の後始末

「父さん……」

 シソクは、警察官に連れて行かれる父親の丸い背中を物悲しげに見詰めたものである。

 通報したところ、自首した父親の屋敷には、すぐに警察がやってきた。

 圧力が掛かっていたようだが、こうなっては無視することもできない。駆け付けた警察官に父親は逮捕されたものである。


 シソクの呼び掛けが聞こえたらしく、父親は足を止めた。


 そんな父親に、シソクは尋ねた。

「何でこんなことをしたの?」


 シソクの問いに、父親は答え辛そうに俯いた。

 しばらく黙って考えた後——父親は首を左右に振るった。

「……分からない」

 そして父親は、声を震わせたものである。

「俺は、どうしてあんなことをしちまったんだろうな。大事に思った人々を……どうして……」

 罪悪感に打ちひしがれた父親は、その場に膝をついたものである。

 項垂れる父親を、警察官たちは無理矢理に立たせて歩かせた。


 人間のココロが書き換えられてしまったが故に起きた惨劇──。

 例え、それが修正されたからと言って、これまで犯してしまったその罪は消えない。

 父親の毒牙に掛かって死亡した女性たちは存在し、死亡したままである。父親が非道の限りを尽くしたことに変わりはない。

 その行為自体が消えることはないのである。


「父さん。……待っているよ」

 シソクは父親の背中に声を掛けた。


——再び父親は、足を止めた。


「何年掛かっても、ずっと待っているから。……だから、しっかり罪を償ってきてね」

 シソクの言葉に、父親の肩が震えた。ポロポロと、涙を流したのだ。

「ありがとう。その間、留守は頼む。すべて、お前に任せるよ」

 そう言って、父親は振り向いた。目に涙は浮かんでいたが、最後に——父親は笑っていた。


 心残りがなくなったように、父親は前を向いて歩き出した。


 多くの人間を死に至らしめたのだ。父親に下される求刑は、死罪か——良くて死ぬまで檻の中であろう──。

 それでも、シソクの存在が、父親を前へと歩かせた。

 すべてをシソクに託し、父親は罪と向き合うことに専念することにしたのであった。


 そんな父親を、シソクも見捨てるつもりはなかった。

 この先、いつ、何がどうなるかなんで分からないのである。

 父親がいつ帰って来ても良いように、しっかりと留守を預からなければならない。


 そう決心したシソクの目に、ふとキンコの姿が写る。

 彼女はオロオロしていて、どうしたら良いか分からず困っている様子だ。

「……ねぇ……」

 そんなキンコに、シソクは声を掛けた。

「君も、家に帰ると良いよ」

「でも……」と、キンコは言い辛そうな顔になる。

「まだ私……薬代を稼げてないから……」

 キンコに言われて、シソクは思い出したものである。キンコは確か、病気の両親に言われて薬代を稼いでいるのであった。

「それは、口実だと思うよ」

 すべてを終えた今であるからこそ、シソクも思うことがあった。

「本当に、君の両親は病気だったのかな? 本当に辛いなら、側に居て欲しいと思うものだよ。それに……本当に愛しているなら、薬代をせびろうとはしないさ。自分でどうにかしようとするよ」

 シソクに責められているとでも思ったのか、キンコは俯いてしまった。

——しかし、別にシソクもキンコを叱りたいというわけじゃない。

 シソクはさらに口調を優しく、キンコを刺激しないように言ったものである。

「みんなおかしくなっていたんだ。だから、そう言ったんじゃないかな? 本当は側に居て欲しかったけど、君を傷付けてしまうかもしれないから……だから、遠ざけたんだよ。きっと……」

「そう……かしら……?」

 キンコは首を傾げた。

 真実がどうであるかは、実際に両親に問うてみなければ分からない。

 しかし、確実に言えるのは──キンコが両親の身を案じて駆け付けたなら、その愛情によってどちらかの命は奪われていただろう。


「でも、もしそれが僕の単なる勘違いで……本当にお金が必要っていうなら、またここに戻って来るといいよ。その時は、僕も協力するから」

 シソクはお屋敷の建物を見上げたものである。

 今し方、父親から受け継いだ膨大な資産が、シソクの手に入った。ちょっとくらい、他人のためにそれを使っても父親は怒らないだろう。


「僕も、愛してくれた人たちのために、なんとか応えてあげないとね」


 色々な人たちと出会った。

 色々な愛の形があった。


 二度とあのような悲劇が起こらないように、自分たちもしっかりと地に足を付けて生きていかなければならない。


「……ありがとうね……」


 しかし、シソクは薄々勘付いていた。

 自分たちでは手の届かない人智を超えた世界で——そこに存在した一人の女神の手助けによって、人間たちはまた自らの足で立つことが出来たのである。

 それが出来る存在を、シソクは一人しか知らなかった。


 彼が愛した、愛しの女神──。


 そんな彼女に思いを馳せながら、シソクは新たなる一歩を踏み出すためにお屋敷へと向かって歩き出したのであった。

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連哀モデュレーション 霜月ふたご @simotuki_hutago

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