後日譚(最終話)

 「貴女、そろそろ今日も、行こうか?宮の神社の方へ。もう、原稿はひと段落しそう?」

 襖の方を軽く叩く音がして、そこから、琉莉の声がする。

 畳の上の、置き机に向かっていた私は、「ええ、大丈夫よ。ちょっと待ってて」と答える。

 私が琉莉の、琉莉が私の、お互いの妻となってから、琉莉は私の事を名前だけでなく、「貴女」と呼ぶようになった。その理由を問うと

 「勿論今まで通り名前呼びもするけど、『貴女』って呼んだ方がそっちの方がより夫婦らしいじゃない?ああ、だけど私達の場合は女同士だから、夫婦ではなくて、婦婦、とかになるのかな?」

 というような答えが返ってきた。

 確かにお互いを「恋人」から、「妻」として見るようになって以来、「貴女」と琉莉に呼ばれる事は、私には特別な意味を持つようになった。

 まだ慣れ切ってはいなくて、少し照れくさくて。けれども、妻になった琉莉に、そう呼ばれたら、気持ちがそれだけで、じんわりと温かくなるような。

 形容が難しい感覚だ。


 私は丁度切りのいいところで、万年筆を置く。

 今、原稿用紙の上に綴られているのは、日本のとある田舎町の片隅にある、小さな神社の物語。

 そこは、どの街でも見る事が出来るような小さな神社だ。

 しかし、そこにいる神様を信じて、お願いをしに足を運ぶ人々には、不思議な奇跡が沢山起こる。

 そして、その奇跡を人々に与えているのは、いつもその神社で、参拝客を待っている、巫女様の姿をした少女である。実は彼女こそが、正体は、人々の幸せの為、奇跡を起こしている土地の神様である事を、その神社を訪れる町の人々も、誰も知らない。

 その少女は、神様という正体を隠して、土地に生きる人々の友達のように親しく接して、時に自信を無くして落ち込んでしまうような、少しだけ頼りないところもある。

 しかしいざという時には、人々を苦しみから救う、不思議な神通力を持ち、救われた人々とその喜びを、何処までも純粋に、共に分かち合う優しさも兼ね備えている。

 そんな、やる時はやる、少し頼りないけれど心優しい土地の神様の少女だ。

 この物語に登場する、少女の姿に身をやつした、土地の神様のモデルが誰であるかは、私と琉莉だけの秘密である。


 「あの、新しい作品を書くようになってからは何だか、天海、原稿に向かっている時でも楽しそうね。前は何だか書きたいものを書いているというより、ただ先を書かないとって焦って悩んでばかりの様子だったのに」

 空気も冷たさが増し、木立の葉色も緋や黄が入り混じる季節になってきた。寒さに備え、藍色の道行を念の為に上着に重ねていき、書斎としている部屋から出る。その私の表情を見て、琉莉がそう言った。

 「ええ、実は何だか、前より筆がとても軽いのよ。前は腕に重りでもつけられてるかのように、原稿を前にしても、筆を持つ手も何も動かなくて、物語を書くのが苦痛になりかけていたのに。今は、私の中から、するすると、物語に出てくる人たちにこんな風に、産土神様と話して、こういう風に救われて、幸せになってほしい、っていう思いが出てきて、文字になるの。連載の1回目の原稿を見せた時、以前と、あまりの作風の変わりように、先生は児童文学者にでも転身するんですか、って、編集者さんも驚いていたけれどね」

 私は、玄関の方へ向かいながら、最近の執筆への気持ちを琉莉に聞かせる。

 「だけど、前は、私はこういう作風を書いてくださいって、編集さんに縛られている節があって重荷にもなっていたから…、こうして、自由に私の願いや、思いを書き綴れる今の方が、ずっと、書く身としても楽しいわ。」

 この、不思議な神社とそこに救いを求めに来る人々、そして、奇跡を起こす、巫女様の姿の少女に身をやつした神様の物語を書き始めてから、物語の中で、悩み、苦しむ登場人物達が、救われ、幸せになる結末の話をいくつも描いてきた。

 

 ‐宮との出会いによって、私達の心が救われ、こうして琉莉と、新たな、家族として暮らせる幸せを手にしたように。

 

 私には、宮のように不思議な神通力はない。

 だけど、私には幸いにも、物書きとしての力がある。

 だから、私が書き始めたこの作品を通して、人の世で密かに悩み苦しみ、生きている人々にも、この世の何処かにきっと救いは存在する事を知り、苦しむ心の救いになれれば良いと願っている。

 宮に出会えた事、彼女が私達の支えとなって存在してくれた事。

 それは、間違いなく、都会で、私達を拒んだ生家と失意の末に別離し、この町に逃げてきた私と琉莉を救ってくれた。

 この次は、宮に救われるばかりでなく、私もまた、自分の作品の力で、悩み苦しむ人々の心を救い、支えられる存在になりたい‐。

 私と琉莉が宮と出会ってから過ごした、不思議な日々を題材としたこの物語を、新作で書くと決めた時。

 私は琉莉に、筆を執る理由をそのように話した。

 琉莉は、私の言葉に深く頷いてくれた。

 「すごく素敵な考えだと思う…!確かに救われてばかりじゃ駄目よね。貴女も、私も。天海の気持ちは、天海が織りなす作品を通じてきっと、一番伝えたい、救いを求めて悩んでる人達の心に伝わってくれるって信じるわ」

 その時の彼女の言葉は、私が物語を紡ぐ為に、筆を走らせ続ける力となっている。

 

 神社の境内の落ち葉掃除の為の箒と塵取りなども持って、玄関の三和土から、引き戸を開けて、一歩外に出る。この街に来て、幾度目かになる冬の訪れが遠くない事を知らせる、冷たく乾いた風だった。

 家の外への道に歩き出そうとして、足を止める。

 手袋をするにはまだ気温は高めだが、吹き付ける秋風は既に冷たい。

 お互いの、手袋もない素手を温めるには一つしかなかった。

 「寒いでしょう、琉莉。ほら、手を出して」

 それを聞くと、琉莉も、すっかり慣れた様子で、私が差し出した掌に掌を重ねてくる。

 忽ちに、お互いの掌は手袋よりもずっと柔らかく、そして温かい感触に包まれ、吹き抜ける秋風から守られる。


 もうお互いに、家の外だろうと、手を繋いで歩く事に昔のような照れや恥じらいもなかった。

 仲良しこよしの子供のように、街中で並んで手を繋ぐ女二人を「いい年をこいて恥ずかしい」とか、もしも奇異な目で見たり、遠ざけたりしたければすればよいと、今は、人の目を恐れる気持ちさえなくなった。

 これから向かう先で待つ、宮。

 彼女が、私達の愛の形を応援してくれているなら。

 そして、いつか来る未来で、私も琉莉も身は亡んでしまって、魂魄だけになってしまっても、私達はとこしえの家族として、共にあり続けると契った事を、宮だけは忘れずにいてくれるなら。

 この人の世で受ける、奇異な目線や、誹りなどは全て些細な事に過ぎなかった。


 「すっかり、こういう仕草も板についたね、貴女。婚姻の前の頃は、少し意識するだけでも、すっかりどきどきしちゃって、手を握るのだけで一苦労だったのに」

 神社まで、家と家の塀や生け垣に挟まれた、いつもの道を二人並んで歩いると、私の手をやんわり握り返し、琉莉がそう言ってきた。

 あの頃‐、この町に越したばかりの頃の、私のぎこちなさは、思い出したくもない歴史だ。早々に、今の、自然な所作で琉莉の手を握れるようになった私の姿へ、置き換えてほしかった。

 「もう、お互いに、琉莉は私の、私は琉莉の妻で、伴侶なんだもの。妻の手が冷えていそうなら、これは自然な事でしょう?」

 そう言って私は、琉莉の冷やかしをはぐらかす。


 「さあ、きっとまた、宮の事だから、今頃は、境内はまた落ち葉で散らかってる事でしょう。早く私達で掃除してあげないとね。大方、あのぽっかり日差しの差し込む穴の開いた、鎮守の森で、落ち葉の布団に寝転がってでもいるに違いないんだから」

 琉莉は、空いた方の手で箒をかざして、そう言った。宮は、偶に見せるしっかりしたところと、普段のちょっとだらしないところの隔たりは相変わらず大きい。

 この秋の季節も、神社に私達が境内の手入れに行かないと、すぐに落ち葉だらけにしてしまう。

 「そうね…、でも本当、宮って何だか、私達の手のかかる、小さな妹かはたまた娘みたいね」

 琉莉の言い方にくすっと、笑いが零れてしまう。彼女の無邪気な笑い顔や、何処か放っておけない印象が、そう思わせるのだろう。

 「ふふっ…、そうね。貴女の言う通り、宮ったら確かに、手のかかる小さな妹か娘みたいだわ。でも、そういうところが可愛くもあって、目を離せないのよね。宮って」

 最近では、神社に行くと、つい、私も琉莉も、宮が可愛くて、その頭をそっと、撫でてしまう事がある。「子ども扱いしないで。僕は産土神様なんだよ…⁉」と、宮も口では抗議してくるも、最近の反応からは、そう満更でもないように見える。

 「今日も、落ち葉の布団に寝転がってたら、起こして、頭を撫でて木の葉を払い落としてあげようか」

 私が言うと、今度は琉莉が「また子供扱いして、って宮は言って、可愛く怒りそうだけどね」と笑った。


 ※

 紅葉の緋色が燃ゆる、秋の終わりの晴れた日。僕は、鎮守の森の中の、お気に入りの場所に来ていた。

 そこは、前に天海と琉莉にもおすすめの場所として紹介した、森の一角の、ぽっかりと、緋と黄を複雑に編み込んだ天蓋が途切れたように、青空が現れ、日の光が差し込む場所だった。

 その陽だまりのほぼ中心に、下にはふかふかに重なった落ち葉を布団代わりにして、僕は身を横たえる。そして、真上に広がっている空を見上げる。

 

 秋も終わりが近づく季節の、晴れた空に浮かぶ太陽。その周りを囲む日輪は、やはり、夏の盛りの頃に比べると、日差しが弱くなったように見える。

 『また会ったね、神主。こうして、空と意識を一体化させていると、貴方の魂魄が近くにいる事をすぐ、感じられるようになったよ』

 頭の中でそう、言葉を発すると、懐かしい神主の声が、日輪の向こうから聞こえてくる。

 『神様がこのような場所で横たわっていては面目がありませぬぞ…と申したいところですが、また久々に会ったのですから、小言を申し上げるのも無粋にございましょう。近頃のご様子をまた伺いに、立ち寄りました』

 そんな、彼らしい言葉が最初に響いてくる。

 『聞いてよ、神主…。天海と琉莉はね、無事家族になって、互いの伴侶になってから、もう何年か過ぎたでしょう。最近だと、何だか、僕の事をやたら可愛がろうとするというか、頭を撫でてきたりするんだ。まるで二人の妹か、娘みたいに』

 そんな話を最初に振ってみる。

 でも、それがあの二人からの、僕への一番の親愛の情の現れである事は分かっていた。本気で嫌がってなどはいない。

 今の神主の魂魄は、生前のように小言はあまり挟まず、聞いてくれる。

 だから、僕は気持ちの向くままにまた、色んな事を話しかける。

 

 『ねえ、神主…。天海から最近、ちらっと聞いたんだけど、彼女は、人の世でいうところの小説家っていう仕事をしていて、僕との出会いを題材にして、神社にいる、不思議な巫女姿の少女の神様が、苦しんでいる人々を救うっていう、そんな物語を今はずっと書いてるんだって』

 どういう思いで、天海はそうした物語を書こうと思い立ったのかな、と、僕は頭の中で、日輪の向こうにいる神主へと、疑問を投げかける。

 日輪の向こうから、やがて、僕の頭の中へと、深い思慮を感じさせる声音で、こう、彼の言葉が返ってくる。

 『あの、天海というご婦人がそうした物語を世に発表したというのは、私の推察に過ぎませんが…元を辿れば、それはきっと、貴女様のお優しさから始まった、救いの輪にございます。彼女は、貴女様に救われた経験をもとに、民から民へ、救いを繋いでいって、大きな救いの輪を成そうとしているのでありましょう』

 『救いの輪…?その発端が、僕だという事?』

 『左様でございます。民の世において、物語を生み出し、世の民に伝えるというのは、その内容次第によっては、貴女様のような神通力を持たぬ民であっても、誰かの悩める心、苦しむ心を救い出す程の力を持っているのです。天海というご婦人には、きっとその力がある。貴女様が天海、琉莉というご婦人を救った事で、救われたあの方も、また、苦しみ民を、神様とは違う、物語という力で救いたいと思うようになったのでしょう。自身を救われた民は、次には、同じような苦しみを抱く民を、自らの手で救いたいとも願う事があるのです』


 そして、締めくくるように、彼の声はこう続けた。

 『しかし、そうした救いの輪が民に広がるには、誰かが最初の一歩を踏み出さねばなりませぬ。これは、貴女様が、天海、琉莉のお二人の救い、支えとなった事で始まったのです。貴女様の働きは、あのお二人のみならず、その周りにいる民をも救う、大きな輪に広がっておりますぞ。-そう、例えるならば、石の一粒を投げ入れたら、最初は小さな飛沫が上がるだけでも、やがて円を描いて、その周りへと波紋が広がっていくように‐』


 気まぐれな神主の魂魄が過ぎ去った後、僕は彼が締めくくった言葉の意味を考えていた。

 -僕があの二人を救い、支えとなりたいと願ったのを始まりに、僕から天海、天海から民。そして民から民へと、やり方は違っても、救いの輪が広がっている。

 それは恰も池に一石を投じたら、最初は小さな輪ても、次第に周りに大きな波紋を広げていくように…。


 僕は、自らをずっと非力な神様だと思い込んできた。神主様にもよく小言を言われるくらい、自信が足りないところもあった。


 天海と琉莉の二人に会うまでは。

 神主が言っていた、苦しむ人々への救いの輪が、僕を起点に始まり、小さな水面の輪から、大きな波紋に広がりゆく、そのきっかけがあったとするならば、それはあの二人に会えた時に他ならないだろう。

 あの二人と、春の日に会えた事。そして、僕が、あの二人の願いを成就させ、支えようとした事。

 そんな小さなきっかけと、僕の思い立ちが、この土地だけに留まらず、この日ノ本の国の土地に生きる、多くの民へ救いを繋げるきっかけになり、大きな力となれたのだ。

 ‐そう思えば、僕はようやく昔よりも、「民を救う神様」として自信を持てるようになった。


 『昔…、あの春雨の降る夜に、助けを求めに来た貴女も、もう新たな生を授かって人の世に戻ってきているかな…。産土神なのに貴方を救えなかった後悔を、忘れる事はない。けれど、もし再び、日ノ本の国の何処かで新たな命として、花開いているならば…、そしてまた今生でも苦しみを抱えているなら、どうか、僕と、あの二人が出会えた事で始まった、救いの輪が貴女にも届く事を願っているよ…。それが前世の貴女を救えなかった僕からの、精一杯の償いだから』

 さらさらと、秋風が緋と黄の入り乱れる木の葉達を揺らして音を立てる。

 あの晩の記憶に思いを馳せていると、その木の葉の音に交じって、しとしとと降り、桜を散らす春の雨の音色が今も蘇ってくる。雨に打たれて、雨粒に交じった涙で頬を濡らしていた、あの民の姿も。

 -貴女のような存在を、これからも救える力になってみせるからね。天海、琉莉の二人と。

 僕はそう、天を仰ぎ、胸の内で呟く。 

 

 そうしていた時だった。

 僕の周りを囲む、鎮守の森の木立を抜けて、小鳥の囀るような、よく通る声が、僕の名を呼ぶのが聞こえてきた。

 「宮?やっぱり、ここにいたのね。貴女、秋になると、この場所で過ごすのが大好きだからね」

 落ち葉をかさかさと踏みしめる音と共に、二人分の足音が聞こえてくる。

 もう一人の、落ち着いた声も聞こえてきた。

 「もう、宮ったら、落ち葉の上で寝ていたら髪や服についてしまうわよ」

 その二人の声は、すっかり耳に馴染んだ、声の組み合わせだ。

 声のする方に目を向ければ、そこには予想の通り、天海と琉莉の二人が立っていた。

 「やあ、天海、琉莉。そろそろ来てくれるかなって心待ちにしてたよ。今日も、何か、二人の伴侶生活の、惚気話を聞かせてくれるの?」

 二人の、しっかりと両掌を合わせて繋がれた手に目を遣った後、僕は、少々の冷やかしも込めて、そんな風に声をかける。

 

 「天海との惚気話も聞きたければ、後で沢山してあげる。でもまずは、来た時に参道の上にもだいぶ落ち葉が目立っていたから、そちらの掃除を終わらせてからよ。勿論、宮も一緒に。お話はその後でね」

 琉莉らしい返しだった。多分そう言うと思った。

 僕は、名残惜しさを振り切って、陽だまりの中の、落ち葉の布団から身を起こす。ついていた落ち葉がぱらぱらと落ちていった。

 そして、琉莉は天海と共に、僕の方へ近づいてくると、

 「ああ、やっぱり、髪にも落ち葉がついてる。駄目よ、折角の綺麗な髪なんだから、もっと大事に扱わなきゃ。ほら、じっとしてて」

 そう言いながら、僕の髪に触れて、まるで幼子の髪からついたものを払ってあげるような手つきで、落ち葉を払いのけ始めた。天海も一緒に、僕の髪に手を乗せてくれる。

 「あの、そんなに髪に落ち葉、ついていないと思うんだけど…。ずっと撫でられてる気がするよ」

 もう、髪についた落ち葉もすっかり、払いのけたろうと思われる頃になっても、琉莉と天海はまだ、僕の髪を撫でている。

 やはりこの二人は、最近では僕の事を妹か、はたまた娘か何かと思っているようだ。

 「ごめんなさいね、でも、何だか最近は、宮を見ていると、やっぱり妹か娘かみたいな気分になってきて、可愛くて。つい、撫でたくなってしまう」

 天海もそんな風に言いながら、僕の頭を撫で、髪に指を通している。

 「も、もう、流石に二人とも、僕を子供扱いし過ぎだよ!」

 僕も照れくさくなり、そう言った。

 天海も琉莉も、それでやっと、僕の頭から手を離してくれた。

 ただ、このように撫でられ、二人に親愛の情を送られる事自体は、決して嫌ではないし、照れくさいながらも、嬉しいところもあった。


 天海と琉莉が伴侶となってからも、彼女達との関係はより深く、そして長く続いていき、もう、かつてのような「忘れられた産土神」としての寂しさを味わう事はないだろう。

 信じる民が、救いを求める者がいて、覚えていてくれる限り、神様としての僕が消えてしまう事は決してない。

 それに、僕もまた、天海と琉莉。この二人が、この宮の庭で、誰にも裂かれる事なく永遠に咲き続ける、二輪で一つの白百合として花開いた瞬間-家族になった瞬間を覚えている。僕が覚えている限り、二人が、現世をも超えて、魂魄でも繋がる伴侶になったという事実は消えない。


 僕と、天海、琉莉は、お互いに覚えていてくれるからこそ、片や産土神として、片や女同士の伴侶として、存在する事が出来る結びつきだ。どちらが欠けても、僕も、天海と琉莉も、今の在り方で、存在を保つ事は出来ないのだ。

 そう考えれば、確かに、天海と琉莉と、僕の繋がりは、人の世の民と、産土神という隔たりはあれども、家族、いや、それ以上に強いものになったと言えるだろう。


 「ほら、行くよ、宮」

 琉莉は箒と塵取りもしっかり家から持参してきており、すっかり準備万端なようだ。

 「さあ、琉莉も待っているし、行きましょう、宮。境内の掃除が済んだら、また、いつもみたいに、美味しいお茶を飲みながら、お話したいわ。また、琉莉との生活の募る話もあるからね」

 天海はそう言って、まだ落ち葉の上に座る僕へと手を差し出してくる。

 

 天海と琉莉という二人との、今の、かけがえのない繋がりを大事にする事。

 この日々を、神としてこの目に焼き付け、いつか現世では別れる時が来たとしても、二人が結ばれた家族であった事を遠い未来まで、忘れないでいる事。

 僕と天海、琉莉の繋がりから、天海の筆という手段を通して、この日ノ本の国に生きる、他の苦しみ民にも救いを広めていける事。


 それが、僕の神様としての今の幸せであり、二人の幸せを守る為の務めであり、二人への恩を返す道だ。

 僕はもう、産土神として、この先の道で迷う事はないだろう。

 

 「うん…、待たせてごめん。行こうか、天海、琉莉」

 僕は天海の手を取り、立ち上がる。

 そして、二人と共に拝殿の方へと向かって、歩き出した。


(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

二輪の百合は、宮に咲く わだつみ @scarletlily1125

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画