第3話

 これからどこに連れて行かれるのか分からぬまま暗い夜道を不安に駆られながら歩くこと数分、道中は会話らしい会話もなくまた逃走することもなく従順に謎の救世主様の後をついて歩くと豪勢な一軒家に到着した。安心して欲しいなどと口では言っていたが、いざついていってみたら今にも崩れ落ちそうな廃墟に監禁なんて最悪な結末を想像していたので綺麗な豪邸は警戒心を緩めるに値した。

 建物は一人で住むには有り余る部屋数を有するであろう二階建てのこれぞ上流階級という風格を漂わせ、屋内には彼の仲間がたくさんいるのだろうことは容易に思い描けた。

 現在地は湖へと続く森道を抜け村方向へと続く道ではなく正反対の方向へ伸びる道を進んだ場所となっていた。周囲には他に建物は見当たらず木々に囲また一軒家が存在感を放っており、どうやら連れてこられたのは富裕層や貴族が所有する別荘と呼ばれるものだと思われる。

 思わず端から端まで舐めるように見渡し荘厳な作りに目を奪われ立ち止まっているとガチャと木製の扉が開く音が耳に届く。正面へと向き直ると温かな光を背に救世主様が開けた扉を手で支えながら空いている片手で早く中に入るよう促していた。一抹の不安は決して消えることはないが、だからと言って盤面を覆すこともできずだんだんと冷え始めてきたこともあってか開け放たれた入り口へと足を走らせる。

 室内は外装に一切引けを取ることなく、到底価値が理解できないであろう絵画や絨毯、戸棚や机が配置され洒落た空間が構築されていた。耳を澄ませば暖炉で燃え上がる薪が奏るパチパチという心地よい音が聞こえてくる。

 煌びやかな空間に浸り私は何をしに来たのだろうと忘れてしまいそうになっていると、背後から扉が閉まる重たい音が薪の音をかき消し我に返る。


「すまないがそこのソファで少し待っていてくれ」

 

 部屋の中央に配置されているソファの方へと促され、見るからに上質な素材で作られているであろう気品溢れるソファに腰を下ろすと救世主様は二階へ繋がる階段へと姿を消した。まるで全身を包み込んでくれているかのような安心感と温もりに包まれ想像以上の座り心地にうっとりしながら背をもたれかけ現状も忘れくつろいでしまう。

 何事も常に最悪を想定していれば憂いなしとは今は亡きお爺ちゃんの言葉であり薄暗い牢屋に放り込まれての尋問を思い描いていたため、現状の待遇があまりにも場違いなように思えてならない。これも私の警戒心を完全に緩め切り口を軽くするための布石かと思惑にまんまと嵌ってしまう寸前に気がつき、慌てて肌触りの良い生地から背を離すと背筋を正し気を引き締め直す。

 しかし心の中には悪魔の囁きがこだますることもまた確かであり、今を逃せば二度と高級ソファに身を置くことはないのだから今のうちに堪能しておけと語りかけてきて心中では正と悪が鬩ぎ合いながら待っていると階段口に救世主様、そして背後には女子が一人立って現れる。

 二人は対面のソファの元まで歩みを進めると女性だけが腰を下ろし、救世主様は背後にたたずんだ。その様は二人の関係性を明確に表しているように思えてならなかった。


「はじめましてお嬢ちゃん。私はアイリス、まずは名前から聞かせてもらおうかしら」


 身に纏う雰囲気や態度こそ柔和であり優しそうな印象を受けたが、発せられた言葉からは冷徹であり残忍といった真逆の印象を受けた。嘘や冗談は通じない、一つ一つの発言に最新の注意を払わないと命取りになりかねないと一言耳にしただけで察する。


「名はカトリアと申します。現状を理解できないままここに連れてこられ困惑しているというのが正直なところです。よろしければ詳しくお話をお聞かせください」


 本能が恐怖を上下関係をはっきりと感じ取ったからだろうか、私の口からは学校の教師にすら一度たりとも使ったことのないかしこまった言葉がつらつらと並べられた。


「そう、カトリアね。それではまず初めにこんな夜中に村外れの湖で何をしていたのかそれから教えてちょうだい」


「信じてもらえるかは分かりませんが私は鬱憤を晴らすために湖で魔法を放っていました。ただそれだけのためにあの場所にいました」


「魔法で気晴らしねえ、まあ大人であろうと子供だろうと学生だろうと大なり小なり日々の生活で溜め込むものはあるし理解はできるは。それで湖にはいつから訪れるようになったのかしら」


「湖に来るようになたのは先月の中頃からです。魔法を派手に放っても苦情が来ない場所を探し彷徨っていたときにたまたま発見しました。それからは週に二、三回の頻度で足を運んでいます」


「先月の中頃、週に二、三回。なるほどね……」


 アイリスさんは頭の中で何かと照らし合わせるように聞き出した情報を反復し、顎に手を当てながら吟味するように頷いたりを繰り返す。


「ここからが本題なのだけれど、湖に出現したという巨大な魔物についてお嬢ちゃんはどこまで知っているのかしら」


「私は何も知りません。これまで湖に何度も来ていたのは確かですがあんな怪物がいたなんて聞いたことも見たこともありません。そうでなければ憂さ晴らしのためだけに湖に近寄ったりはしませんよ」


 嘘も隠し事も何もする必要がないほどに、先刻湖から出現し命を脅かした存在のことについては何も情報を持ち合わせていないとかぶりを振る。


「確かにお嬢ちゃんの言う通りね。現にもしミカドが助けなければお嬢ちゃんは今頃魔物に食べられるか押し潰されるかで亡き人になっていただろうからね。しかしこう言う見方をすれば話は変わってくる。例えばお嬢ちゃんはあの湖で密かに魔物を飼育していた。魔力を注ぎ力を与え成長を促す。そして本日、飼育していたはずのペットは手に負えないほどの成長を遂げ制御できなくなってしまったと」


「どうして私がそんなことする必要があるんですか。魔物を育てる?誰が人々に害を及ぼす忌むべき存在を育成しようと思うのですか。それに万が一にそうだったとしても私が今日目にした怪物は存在どころか名前すらわからない未知の生命体でした。それをどこから連れてきたと言うのですか」


 本気で魔物の飼育などと言っているのかと心の内を疑いながら捲し立てるようにそんなことがあるはずないと口早に否定の反論を返す。


「そう熱くならないでくれ。お嬢ちゃんは知らないかもしれなが魔物の育成については王都で最近逮捕者が出たところだ。とある学者が密かに研究し王都転覆を企てていたとか。私は決して冗談を口にしたわけじゃない、ただ一つの可能性として尋ねてみただけだ」


 意思疎通が図れない魔物を育て上げ利用する、にわかには信じられず訝しげな視線を送る。するとアイリスさんは一度立ち上がり書類が山のように積まれた机の上へと向かい一枚の紙切れを引っ張り出した。一枚の髪を手に戻ってくるとそのまま手渡され、記された内容を確認すると全てを信じるしかなくなる。紙には学者の取り調べで得られた情報が詳細にまとめられており、目を通すだけでも心臓を掴まれたような身の毛もよだつ内容だった。


「これで信じでもらえたかな。本気でその紙に記されているような極悪人とお嬢ちゃんが同じだなんて思ってはいないは、今のところはだけど。もう明かしちゃうけど私たちがこの場所に滞在することになったのはあの湖を調べるため。最近、湖の魔力濃度に変化が見られたことで調査を言い渡され来てみるとお嬢ちゃんと謎の魔物が現れた。これはただの偶然かしら」

 

 私は本当に何も知らない。だというのにそれを証明する手立てが何一つないことが非常にもどかしかった。これ以上押し問答を続けたところで無駄な体力を消費するだけであり、それに明日もというか時刻は零時を過ぎ日付が変わり今日になってしまっているかもしれないが私は学生であり学校に行かなくてはならないのだ。どう落とし所を作ったもんかと頭を悩ましていると、すぐにその機会はアイリスさんの口からもたらされた。


「まだまだ謎はたくさん残っているけど今日のところはこのくらいにしておきましょうか。明日も早いし、何より夜更かしは美容の大敵よ、そうよね〇〇ちゃん」


 自己紹介したはいいもののずっとお嬢ちゃん呼びであり子供扱い、もっと悪く言えば見下されているとすら感じていた呼び名から、本名を呼ばれたことで距離が縮まったような親近感が少し湧いた。

 美容に関しては常日頃から睡眠時間など気にしてこなかった、ましてやどちらかというと睡眠時間が短い私に同意を求められても反応に困るというもの。それでも家に返してくれるというのであれば、大いに賛同し美容が一番と謳い帰ろうではないか。

 アイリスさんは背後に立ちっぱなしだった救世主様もといさらっと名前が明らかになったミカドさんに小声で何か耳打ちし伝えていたので、終わったと一息つき窓の方へと視線を移す。外には暗闇が広がっておりどれくらい話していたのか時間の経過は計れなかったが、今から帰っても十分に睡眠は取れるだろうと思えた。

 長話でも疲労を感じさせない影の立役者であるソファにもたれかかりもう次はないだろうと惜しむように堪能していると話し終えたアイリスさんがこちらを向き直り、ミカドさんは何か指令を受けたのか外へと出て行った。

 お見苦しい姿を晒してしまったと一瞬で姿勢をシャキッとさせそのまま立ち上がると一礼して帰宅しようとしたのだが、頭を下げたときに手を拘束する魔法が目に入り危ない危ないと帰る前に解除を頼み込む。

 アイリスさんに解除をお願いしてから疑念が一つ、救世主様しか解けなかったらどうしようと頭をよぎったが任せなさいと頼もしい言葉が返された。私はミカドさんを追いかける手間が省けたとアイリスさんに向けて両手を突き出す。彼女は左手を手首の拘束魔法に掲げ魔法を発動しようとしているように見えた。アイリスさんの左手が青白い光に包まれていくなか、ここでミカドさんの言葉を今更ながらに思い返し慌てて両手を引き魔法の範囲外に逃れた。


「な、な、何をしているんですか。この拘束は魔法を感知すると爆発するんですよ。そうなればあなたも私もどころかこの家すらただじゃ済みませんよ」


 実際に魔法の行使こそしていないが、湖では爆発すると確かに言われ私は素直に従うしかなかったのだ。あと一歩遅かったらアイリスさんの魔法に反応して塵になってしまっていたかもしれない。


「爆発って……それはミカドがあなたを脅すためについた嘘よ。それを信じちゃうなんて。あー面白い、最高ねあなた」


 これまでの威厳あふれる姿はどこへと言いたくなるほどにアイリスさんは笑った。遊戯師であれば彼女をこれほどまでに笑かしてやったことを生涯の誇りに思うかもしれないが、今の私は羞恥心を堪えるのがやっとでありこの場から逃げ出したい思いに駆られている。それでも拘束を解いてもらわないわけにはいかず、いつまでも笑いが止まないと髪をかき上げながら見せつけてくる彼女の目の前に両手を再び差し出し、若干怒鳴るように早く解いてくださいと迫った。


「よし、これでオッケー。で、それにしたって爆発しちゃうなんて……純粋……」


 アイリスさんは解除こそしてくれたがするや否や再び自分で口にしては笑いの壺を自分で刺激し笑いの沼にはまっていった。あなたの人生に忘れられない話を一つ刻むことができたならよかったよかったと自暴自棄になりながらも、もうこの場にいる必要性は無くなったと退場すべく出口の方へと足を向け歩き出す。


「ちょっと、どこいくのかしらカトリアちゃん。あなたの部屋はそっちじゃなくて反対側の扉よ」


 一刻も早くこの不愉快な空間から立ち去ろうと出口手前までたどり着いたとき、今まで笑っていたのが嘘のような重たく澄んだ声色に呼び止められた。あなたの部屋とか聞こえたが私の住居はここではなく、遠い昔にこの家に住んでいた記憶もない。一変して静寂に包まれた部屋でアイリスさんが座っている方向へと向き直り首を傾げた。


「誰も帰っていいなんて言ってないわよ。今日のところは解散なだけであなたは容疑者の一人であり未だ潔白は証明できていないのだから数日間はこの家で私たちの監視のもと過ごしてもらうわ」


 冗談じゃない、私は本当にあの怪物とはしいては湖の魔力変動には一切関与していない。それに引き止めようがもう遅い、立ち位置は出口のすぐ目の前であり逃走が容易にできてしまう。手の拘束も解かれいざとなれば魔法も行使できるのだ、誰が素直に従うもんですかと扉に手をかけた。

 扉は岩のように重く押しても引いても開くことはなかった。焦りは募り全体重をかけて押し続けるも手応えはなく、恐ろしいことに背後からは高いヒールが打ち鳴らすカツンカツンという身が凍るようなカウントダウンが近づいてくる。

 押してもダメ、引いてもダメ、叩いてもダメ、となると残された選択肢は魔法の行使であり至近距離での使用になるため多少は巻き添えを喰らうかもしれないが仕方がないと扉に手を掲げた。


「ファ……」


 呪文を唱えようとしたまさにその瞬間だった、背後から肩を掴まれ口元は震え言葉は途中で掻き消えた。


「何をしても無駄よ。あなたはもうこの屋敷からは出られない。あなたの潔白かそれとも悪事かどちらにしても調べるには時間がいるの。だから素直に言う事を聞いて用意した部屋で休んでちょうだい。部屋はあなたが思ってるような粗末なものではないから安心してくれていいわ。それに学校もしばらくは休んでも問題ないよう手続きをしておくわ」


 学校に行かなくていい、それは非常に魅力的な言葉であり私の心を懐柔するにはあまりあるものだった。


 

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魔法で古代生物を蘇らせちゃった!?私はただ鬱憤を晴らしたかっただけなんです いけのけい @fukachin

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