4-8 『アンサラー』の答え、二人の答え

 遺跡の外には、地平線の果てまで延々と暗闇が広がっていた。


 この日も第十一部隊は、朝から石魔せきまねぐらの中を歩き通しだった。けれど、内部が想像以上に拡大していたせいで、脱出できたのは夜になってしまってからのことだったのだ。


 だから、隊員たちには歓声を上げるような体力や気力は残っていなかった。


「お疲れ」


「お疲れさまです」


 そんな風に、労うような安堵するような声を掛け合うばかりだったのである。


「今回もアル君がお手柄だった」


「いえ、そんなことは。皆さんの議論あってのことですから」


 ゲイルの賞賛を、アルフレッドはそう否定する。謙遜しているわけではない。真相にたどり着けたのは、他の隊員たちの意見を参考にできたからだった。


 しかし、続いてマトまで持ち上げてきた。


「よっ、第十一部隊の頭脳!」


「やめてくださいよ」


「調査局の賢者!」


「褒め過ぎですって」


「コアトルズのゴシックロリータ!」


「…………?」


 一体、どういう意味だろうか。特に知的だというイメージはないが……


「もしかして、アカシックレコード?」


「それそれ」


 ゲイルが確認すると、マトはそう頷いた。アルフレッドは「全然違うじゃないですか」と呆れ顔になってしまう。他の隊員たちも苦笑を漏らしていた。


 けれど、ただ一人、リリアだけは違った。


「……隊長、『アンサラー』を使ってもいいですか?」


「私的利用は禁止だと言っただろ」


「いえ、ちょっと気になることがあって」


 前回のように、「宝くじは当たるか?」とか「出世できるか?」とか、そんなことを聞くつもりはないらしい。リリアの表情は真剣だった。


「道を聞くと遺跡が広がるってことは、元の持ち主は『アンサラー』を盗まれないようにしてたってことですよね?」


「別に魔導具の盗難を防ぐ仕掛けがあるのは珍しいことじゃないと思うが」


 むしろ、魔物が配置されていたり、罠が設置されていたりする方が、遺跡としては一般的なくらいだろう。シルヴィアはそう反論した。


「それにしたって、部屋にあんなにたくさん鍵を掛けるのはやり過ぎじゃないですか? あれじゃあ、持ち主だってまともに使えないでしょう?」


「確かにあの数を開けるのは、マスターキーがあったとしても手間よね」


 もしマスターキーがなく、錠前ごとに別の鍵を使わないといけないとすると、さらに手間がかかることになるだろう。そのせいか、クリスはリリアの意見に賛成していた。


 二人に言われて、シルヴィアも盗難対策が厳重過ぎることは認めたようだった。


「だが、それがどうかしたのか?」


「持ち主は自分を含めて、誰にも『アンサラー』を使わせたくなかったんじゃないかってことです」


 考えてみれば、遺跡は『アンサラー』を使えば使うほど、出られなくなるという仕組みになっていた。まるで「この魔導具を使うべきではない」と、侵入者に印象づけたがっているかのようである。


 しかし、その意味がアルフレッドには分からなかった。


 いや、正確には分かりたくなかった。


 だというのに、リリアはそれを確かめようとする。


「私たちが『アンサラー』を回収したことは、人類の幸福に繋がる?」


「No」



          ◇◇◇



 アルフレッドにはやるべきことがあった。だから、雨が降りしきる中だというのに、早朝から調査局の事務室を訪れていた。


 しかし、部屋の中には、すでに他の隊員の姿があった。


「おはようございます」


「おはよう」


 研究局の書いた論文だろうか。まだ始業前にもかかわらず、リリアの机の上には紙の束が山積みになっていた。


 けれど、彼女が話題に出したのはそのことではなかった。


「アル君、新聞読んだ?」


「まだですけど……何か気になる記事でもありました?」


「何って宝くじだよ。今日が発表日じゃん」


 アルフレッドがすっかり忘れているのを見て、リリアはムキになったように言う。彼女にとっては、そこいらの事件や事故よりも重大なニュースだったからだろう。


「まぁ、はずれだったんだけどさぁ」


「そうなんですか?」


「せっかくいろいろ計画立ててたのになー」


 確かに、前にもリリアは当選した時の話をしていた。株や土地を買う。起業をする。そして、コアトルズを辞める、と。


「それは残念でしたね」


「アル君のもはずれだったし」


「別に当たっていてもあげませんからね?」


 そういえば、もし当たったらアドバイス料に四割分けてほしい、と言われたこともあった。勝手に番号をチェックしているあたり、単なる冗談でもなかったのかもしれない。


 しかし、アルフレッドが渋い顔になった原因は、何もリリアのせいばかりではなかった。


「結局、『アンサラー』の回答通りになったということですか……」


 検証した通り、Yes/Noで答えられる質問なら、やはり『アンサラー』は正しい回答をしてくれるようだ。


 つまり、「『アンサラー』の発見によって人類は不幸になる」という回答も、正しいということになってしまうだろう。


「じゃあ、これ。予知とか予言関係の魔導具の資料」


「やっぱり、リリアさんもですか」


「まあね」


 こちらに紙束の一部を渡しながら、リリアはそう頷き返してきた。


「『アンサラー』の回答はあくまで回答した時点のもので、そのあとの行動次第でいくらでも覆せるんだもんね」


 事実、『アンサラー』が殴らないと答えたのに、マトはリリアのことを殴っていた。脱出できないと答えたのに、第十一部隊は遺跡の脱出に成功していた。だから――


「だから、真面目に仕事すれば、私が金持ちになれる可能性もあるってわけだ」


「そっちですか」


 現状以上には出世できないと言われたことをまだ気にしていたようだ。それでわざわざ早出までして、点数稼ぎに勤しんでいたらしい。


 それどころか、呆れるアルフレッドを無視して、リリアは予知の魔導具に関する論文に向かっていた。


「月並みだけどさぁ、頑張れば未来は今よりも少しはマシになるって信じるしかないよね」


「……そうですね」


『アンサラー』が本当に人類を不幸にするだけの魔導具なら、持ち主は誰にも使えないように破壊していたに違いない。いつか誰かが上手く使いこなす方法を思いつくと考えたから、封印するだけに留めておいたのである。後世の人間を信じて、『アンサラー』を託したのである。


 リリアの言う通り、自分たちにできるのは、未来が少しでもよくなるように頑張ることだけだろう。答えはすでに出ているのだ。


「集まってくれ」


 始業時刻になると、シルヴィアはそう言って隊員たちを集合させた。


「今回の調査は――」


 遺跡の場所や規模など、事前調査で判明している情報を彼女は説明していく。


 もう次の調査が始まるというのに、いや始まるからこそ、アルフレッドは『アンサラー』のことを思い返していた。その正しい使用方法について、改めて考えを巡らせる。


 実を言えば、すでに一度それらしいものは実践できていた。


〝一応、私的利用ではないと思うので……〟


 遺跡からの撤収を始める直前に、アルフレッドは『アンサラー』に質問したことがあった。


〝『楽園の方舟アーク・オブ・アルカディア』は実在しますか?〟


〝Yes〟


 人々を理想郷へと導く究極の魔導具は、まだ発見されていないというだけで、確かに存在しているのだ。


 同じことを考えていたらしい。説明の最中だというのに、リリアは小声で囁いてきた。


「頑張ろうね」


 ボクの答えは「Yes」に決まっていた。






(了)

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コアトルズ:魔導具統制機構 蟹場たらば @kanibataraba

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