4-7 正解のルート

 無限迷宮と『完全美の女神像』の関係と同じように、この石魔せきまねぐらでも『アンサラー』が常に遺跡の中心に来るようになっている。だから、『アンサラー』を持ち出そうとして移動させると、そこが中心になるように遺跡内部の空間が広がって、結果的に脱出できなくなってしまう。


 この仮説に対して、『アンサラー』は「No」を突きつけてきた。


 しかし、リリアは諦めきれないようだった。


「本当に『アンサラー』が中心に来るようになってないの?」


「Yes」


「本当に?」


「Yes」


 現状が無限迷宮の時と似ていると、最初に気づいたのはリリアだった。それだけに、仮説を捨てがたかったらしい。


 また、マトも同じ考えのようだった。


「私たちを脱出させないために嘘をついてんじゃねーの?」


「No」


 何度確認されても、虚言を疑われても、『アンサラー』はただ淡々と同じ答えを返してくるだけだった。


「一応、今の答え自体が嘘という可能性もあるけど……」


 ゲイルは含みのある言い方をする。これまで『アンサラー』が正解しか答えてこなかったので、今回の回答も否定しきれなかったのだろう。


 またクリスに至っては、はっきりと『アンサラー』の回答を支持していた。


「アル君、地図を貸してくれる?」


「ああ、なるほど」


 渡す前に地図を見て、アルフレッドもようやく気づく。


「『アンサラー』は遺跡の一番奥の部屋にあったでしょう? だから、遺跡の中心に来るようになっているという仮説は成立しないんじゃないかしら?」


 対して、『完全美の女神像』は、発見時からすでに遺跡の中心にあった。


 もちろん、「最初は遺跡の奥にあって、動かすと遺跡の中心に来るようになる」という可能性もありえなくはない。しかし、『アンサラー』がこれまで正解を答え続けていることも考慮すると、クリスの説の方が筋が通っているのではないだろうか。


「だが、着眼点そのものは正しかったのかもしれないぞ」


 シルヴィアは地図の中心を指差す。


 そこには宝箱を示す記号が書き込んであった。


「他の魔導具が遺跡の中心に来るようになっているんじゃないか?」


 遺跡の中で入手したのは、『アンサラー』だけではなかった。それらの魔導具に原因があるのではないかと、シルヴィアは推測を立てたのだ。


 しかし、『アンサラー』の回答は変わらなかった。


「No」


 どうやら「脱出しようとすると出口の先に続きができる」という、無限迷宮との共通点があったのは、単なる偶然に過ぎなかったらしい。予想がはずれて、アルフレッドは落胆する。他の隊員たちも気落ちしたように黙り込んでしまう。


 だが、隊長のシルヴィアだけは質問を続けていた。


「出られないというのは、今の私たちには出られないという意味なんだよな?」


「Yes」


「出る方法自体は存在するんだよな?」


「Yes」


「どうすれば出られるんだ?」


「…………」


 Yes/Noで答えられる質問ではなかったため、『アンサラー』は沈黙する。


 それでとうとうシルヴィアの質問も途切れてしまったのだった。



          ◇◇◇



 正午が近づいてきていたので、一行はひとまず昼休憩を取ることになった。


 しかし、脱出の目途が立っていない以上、食材を無駄にはできない。それどころか、無限迷宮の時と違って、『水母すいぼかめ』を借りられなかったので、水さえ節約しなくてはならない。だから、今日は単純に、焼いた『万能芋』だけで済ませることになった。


 そのせいで、せっかくの食事だというのに、とても気分転換という雰囲気にはならなかった。隊員たちは黙々と芋を食べ進める。


 その最中、マトが不意に口を開いた。


「……羊か?」


 どういう意味か分からず、返答までに一拍ほど間が空いた。


「急に何?」リリアは怪訝な顔をする。


「気をしっかり持て」シルヴィアはストレスで錯乱したと考えたようだ。


「食べたいの?」クリスはラム肉の話をしていると予想したらしい。


 しかし、三人ともまったくの見当違いのようだった。


「二十の質問ですよ。やりかけのままだと思って」


 そういえば、遺跡からの撤収を始めた頃にはそんなゲームをしていた。哺乳類だとか毛が白いだとかいうところで、遺跡に閉じ込められたことが発覚して、中断してしまったのだ。


 心配した分、真相に呆れてしまったのだろう。「なんで順序立てて言わないんだよ」とシルヴィアは眉根を寄せる。


 もっとも、そのおかげで隊員たちの口元は緩んでいた。おそらく重苦しい空気を変えようと、マトあえて突飛な行動を取ったのだろう。


「な? 羊だろ、羊」


 彼女はそう回答を急かす。もしかしたら、単に二十の質問のことをふと思い出して、答えが気になったというだけだったのかもしれない。


「No」


 出題者のゲイルはそう否定した。


「じゃあ、山羊?」


「No」


「アルパカ?」


「No」


 条件は満たしているはずだが、どれもゲイルの想定する答えではないらしい。彼女は否定を繰り返していた。


「白い動物なんてたくさんいるんだから、もっと絞ってからじゃないと当たらないでしょ」


 見かねたように、リリアが助言のような苦言のようなことを口にする。


「リリアさんの言う通りですね」


 彼女の意見に、アルフレッドも深く頷いていた。


「質問が限定的過ぎたんですよ。『アンサラー』が遺跡の中心にあるという説が否定されただけで、『アンサラー』が原因で遺跡が広がった可能性はまだ残っているはずです」


 この推論を聞いて、もはや食事どころではなくなったのだろう。隊員たちは食べかけの『万能芋』を皿に戻したり、あるいは一気に食べ切ってしまう。


 さらにシルヴィアは『アンサラー』を取り出すと、今の仮説について質問した。


「Yes」


 やはり、「遺跡の中心に来るようになっているか?」という聞き方が悪かっただけなのだろう。まずは「遺跡の拡大に関わっているか?」と聞くべきだったのだ。


「でも、ここからどう答えを絞り込むんだ?」


 マトの疑問に、アルフレッドは答えない。代わりに実演していた。


「遺跡が広がったのは、『アンサラー』の自動的な機能ですか?」


「No」


「ボクたちが『アンサラー』に何かしたことが原因ですか?」


「Yes」


 であれば、そのをしなければ脱出できる可能性はあるだろう。今度はその何かについて絞り込んでいくことにする。


「ボクたちが『アンサラー』に触れたせいですか?」


「No」


「『アンサラー』を移動させたせいですか?」


「No」


「『アンサラー』に質問したせいですか?」


「Yes」


 これを耳にして、リリアがすぐに尋ねてくる。


「じゃあ、使わなきゃ出れるってこと?」


 理屈の上ではそうなるはずだろう。しかし、それを『アンサラー』に確認しようとする直前になって、アルフレッドは閃いていた。


 そもそも、どうしてボクたちは何度も『アンサラー』を使うことになったんだろうか、と。


「……マトさんは、リリアさんを殴りますか?」


「No」


『アンサラー』の回答を聞いて、マトはすぐにでも拳を繰り出す。


 しかし、リリアを殴ることはできなかった。


「ありゃ?」


「そりゃあ、こっちだって予想するって」


 前に同じ流れで殴られたことで学習したらしい。リリアは今回、マトの拳を受け止めていたのだった。


「そういうことなんだと思います」


 二人のやりとりを見て、アルフレッドは自説に確信を持つようになっていた。


「『アンサラー』の返事を聞いて、マトさんはリリアさんを殴ることにしました。しかし、同じ返事を聞いて、リリアさんは殴られないように防御をしました。この通り、『アンサラー』の回答を聞いて行動を変える権利は、回答を聞いたすべての人にあるんです。

 ボクたちが脱出する時にも、それと同じことが起こっていたのでしょう。分かれ道に出た時、ボクたちは『アンサラー』の回答を聞いて、遺跡から出られる方を選ぼうとしました。しかし、そのやりとりを聞いて、遺跡はボクたちを出さないように広がっていたんです」


「あっ」


 隊員たちは揃って、驚いたような納得したような声を上げていた。


「Yes」


 シルヴィアが確認すると、『アンサラー』もそう肯定してきた。


「でも、私たちが道を聞く前から広がっていたような」


 ゲイルの疑問はもっともなものだろう。『アンサラー』に道案内をさせるようになったのは、出口の先に新しく通路ができたので、そこを最短で進もうとしたからだった。


 しかし、クリスがこれに反論していた。


「撤収を始める前に、他に魔導具や隠し部屋がないかを確認したでしょう? あれも道を聞いたのと同じということなんでしょうね。

 で、そんな風に使い方をよく分かっている人間ほど、正解の道を選ぶために『アンサラー』を頼っちゃう、と」


 けれど実際には、『アンサラー』に道を聞くたびに遺跡が拡大して、かえって脱出が遠のいていく。『アンサラー』の価値を理解して盗み出そうとする人間ほど、深みにはまってしまうという罠だったのだ。


「Yes」


 今回も『アンサラー』はそう肯定してきた。


 遺跡の拡大に『アンサラー』が関わっていることが分かった。『アンサラー』に道を聞くと、遺跡が広くなることも分かった。だから、シルヴィアは最後の質問をした。


「『アンサラー』に道を聞かなければ、遺跡を脱出できるか?」


「Yes」



          ◇◇◇



 遺跡の拡大を防ぐため、『アンサラー』には一切質問しない。たとえ分かれ道に出ても、自分たちで進む方向を選ぶ。もし間違った道だったら、元の場所まで引き返して道を選び直す。そうやって、地道に遺跡を進んでいく……


 そんなルールを自分たちに課して、一行は石魔の塒からの脱出を図る。


 にもかかわらず、マトは質問を口にしていた。


「手で持てる?」


「No」


 そう答えたのは、ゲイルだった。


「マトならともかく普通の人は無理」


 二人はやりかけになっていた二十の質問を改めて再開していたのだ。


「寒いところに住んでる?」


「No」


「あれ? シロクマじゃないのか」


 ペットにしないとか陸上に生息するとか、他の条件も満たしているから、マトの推理は間違いとは言えないはずである。ただ同じ条件を満たすものが、ホッキョクグマ以外にもあるということなのだろう。


 しかし、もう他の解答が思いつかなかったらしい。マトは「でも、羊も山羊も違うんだよな」とこれまでに挙げた候補を振り返っていた。


「アルは分かるか?」


「多分、毛が白いというのが引っかけなんだと思います」


「引っかけって?」


「他の動物と違って、サイの角は毛ですから」


 厳密には、毛と同じ成分でできている。そのため、毛が固まったものだと表現されることがあるのだ。


 少なくとも、ゲイルはそう捉えているようだった。


「Yes.アル君、正解」


 そう答えた直後のことである。


 一行の行く手に、今度こそ出口が見えてきたのだった。

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