4-6 広がる遺跡の謎
遺跡の内部の空間が拡大している。
そう言って、前衛のシルヴィア班は足を止めてしまった。だから、中衛のリリア班、後衛のクリス班も彼女たちの下へ駆け寄る。
「本来なら、ここに出口があったはずだ」
集まってきた隊員たちに、シルヴィアは改めてそう説明した。
しかし、通路は途切れることなく、さらに先へと続いていたのだった。
「ええ、その通りです」
アルフレッドは描いた地図に目を落とす。「私のもです」とリリアも同調する。
トラブルで地図を失った場合に備えて、隊員たちにはなるべく道順を記憶することが推奨されている。にもかかわらず、誰からも異論は出なかった。
やはり、遺跡の内部が広がったということで間違いないようである。
「このまま進んでみる?」
クリスは出口の先にできた新しい通路に目をやる。
「何があるか分からないんだ。一旦様子を見るべきじゃないか」
シルヴィアは今まで歩いてきた道を振り返っていた。
「罠だとしたら、あからさま過ぎない?」
「見え透いた罠なんていくらでもあるだろう」
「出口はここにしかなかったでしょう? 仮に罠があるとしても、気をつけながら進むしかないんじゃないの?」
「この場所に出口があっただけだ。この先に出口があるという保証はない」
副隊長と隊長の間で、積極論と慎重論とに意見が割れてしまった。その上、どちらの言うことにも一理あった。だから、アルフレッドら隊員たちも考え込んでしまう。
唯一、マトだけは挙手をしていた。
「『アンサラー』に聞いたらいいんじゃないですか?」
「……なるほど」
言われてみれば単純な話だが、それゆえ盲点になっていた。先程まで対立していたシルヴィアとクリスも、思わずという風に声を揃える。
『アンサラー』はYes/Noで答えられるものなら、あらゆる質問に答えてくれるのである。それは脱出経路に関しても同じなはずだろう。
『マジックバッグ』から取り出すと、シルヴィアは進言通りに質問をした。
「この道の先に出口はあるか?」
「Yes」
『アンサラー』は淡々とそう答えた。
「進むってことでいいわよね?」
もともと積極派だったクリスはそう結論づけるが、慎重派のシルヴィアはさらに質問を重ねていた。
「罠はあるか?」
「No」
それで彼女もようやく、「それじゃあ、行くか」と納得したようだった。
もっとも、万が一ということもありえるから、決して警戒するのをやめたわけではなかった。隊員たちは新しくできた通路を一歩一歩慎重に進んでいく。床から槍が生えてこないか、壁から矢が飛んでこないか、天井からガーゴイルが飛んでこないか……
その最中、シルヴィアは再び足を止めていた。
しかし、それは罠を見つけたからではなかった。
「分かれ道か……」
一行の行く手では、通路が左右に分岐していたのである。
このような分かれ道に遭遇した時、特に判断材料がなければ直感で道を選ぶしかない。もし間違った方を選んでしまった場合には、引き返して別の道を選び直さなければならないのだ。
だが今回、第十一部隊は大きな判断材料を持っていた。
「右の道が出口に続いているか?」
「Yes」
今回も『アンサラー』の回答通りに、一行は右の道を選ぶことにするのだった。
もともと遺跡が広がったことで、中衛のアルフレッドとリリアは地図を描き足していた。その上、今度は分かれ道まで出てきたことで、二人はますます
それからも、似たような展開が何度も続いた。
「左の道が出口に続いているか?」
「No」
「正面の道が出口に続いているか?」
「No」
分かれ道に出るたびに、正しい道がどれかを尋ねる。そして、『アンサラー』の答えた通りの道を選ぶ。
こうすれば理論上は、遺跡が広くなったあとでも、最短ルートで出口にたどり着くことができるはずである。
あくまでも〝理論上は〟だが。
「出口はまだかよ」
マトが大声で不満を漏らす。
日中は『アンサラー』に道を聞きながら通路を歩く。夜は食事と睡眠を取って英気を養う。そして、朝が来たらまた歩くのを再開する……
一行が新しくできた通路を歩き始めてから、すでに数日が経ってしまっていたのだった。
「…………」
隊長として責任を感じているのだろう。マトが愚痴をこぼすのを、シルヴィアは咎めることができないようだった。
「まさか閉じ込められた?」
「そうとも考えられますね」
リリアの意見に、アルフレッドは頷いていた。最悪の場合、死ぬまでこの
「? 『アンサラー』は出口はあるって」
「出口があっても、遠過ぎて出られないんじゃないかってことでしょう」
遺跡の内部が極端に広くなったせいで、新しい出口は一生歩いてもたどり着けないような場所にできてしまったのかもしれない。ゲイルの疑問に、クリスはそう答えた。
しかも、死ぬまで遺跡の中だと言っても、寿命まで悠々と生きていられるかは怪しかった。拡大する前は特別広い遺跡ではなかったため、食料や水は普段通りの量しか用意していなかったのである。このまま脱出できなければ、遠からぬ内に餓死や渇死しかねないだろう。
「じゃあ、それを聞いてみますか」
誰よりも早くマトがそう提案した。
だが、今回は盲点だったというわけではない。道の先に出口があるか尋ねた時から、ずっと頭の片隅にはあった。ただ答えを聞くのが恐ろしくて、無意識に考えることを避けていたのだ。
「私たちは遺跡から出られる?」
怖いもの知らずにも、マトはそう質問してしまう。
これに、『アンサラー』は明瞭な発音で回答してきた。
「No」
◇◇◇
一行の間には、重苦しい空気が漂っていた。
思案するような風に、あるいは絶望するような風に、隊員たちは目を伏せるばかりだった。誰も一言も発しようとしない。
必ず正解を答えるはずの『アンサラー』が、遺跡から出られないと答えたのである。当然、脱出不可能という結論が正しいことになってしまう。だから、隊員たちは口を閉ざすしかなかったのだ。
しかし、その沈黙をシルヴィアが破った。
「マトはリリアを殴るか?」
「No」
『アンサラー』はそう答えた。意味もなく暴力を振るうような性格ではないから、今度の回答も正解だろう。
にもかかわらず、マトはリリアを殴っていた。
「なにすんのよ」
「殴れって意味だと思って」
今度はコメディアンのような言い訳を始める。
だが実際、マトなら殴ると思ったから、シルヴィアも『アンサラー』に質問したのだろう。クリスはそう考えているようだった。
「『アンサラー』の回答は、あくまでも私たちが質問した時点でのものでしかないの。回答を元に私たちが行動を変えることまでは想定してないのよ。だから、回答を聞いたあとで行動を変えれば、回答の内容を覆せるってことじゃないかしら」
また、仮に行動を変えることを想定できたとしても同じことだろう。たとえばマトの性格をよく知っていて、「マトはリリアを殴るか?」という質問に「No」と答えたら、逆に殴るようになることを予想できたとする。
しかし、だからといって「マトはリリアを殴るか?」という質問に「Yes」と答えることはできない。もしそんなことをすれば、〝質問に「No」と答えたら、逆に殴るようになる〟という予想の前提である〝質問に「No」と答えたら〟という部分を満たせなくなってしまうからである。
このように、回答を聞いてから質問者が行動を変えられる以上、未来の出来事について完全な正解を答えることは原理的に不可能なのである。
「その通りだ。だから、『アンサラー』が脱出できないと答えたからといって、絶対に脱出できないわけではないはずだ」
そう頷くと、シルヴィアは再び『アンサラー』に向き直った。
「そうだろう?」
「Yes」
この回答に、隊員たちの表情がやわらぐ。緊迫した雰囲気が弛緩する。
ただ完全に緩み切ったというわけではなかった。
「でも、具体的にはどうやって?」
「問題はそこだな……」
ゲイルの質問に、シルヴィアは考え込んでしまう。脱出の可能性があることは推測できても、脱出方法までは思いついていなかったようだ。
これを聞いた瞬間、ゲイルは壁を殴りつけていた。
「やっぱり無駄……」
壁を破壊できないことは、出発前にすでに調査済みだった。それでも念のため、ゲイルは確認をしたようだ。
ただこの無為な行動が、他の隊員にインスピレーションを与えたらしい。
「アル君、前にもこんなことあったよね?」
「何のことですか?」
「無限迷宮だよ」
聞き返すと、リリアはそう答えた。
「……確かにそうですね」
遅ればせながら、アルフレッドも気づく。言われてみれば、以前調査した遺跡でも同じような現象に遭遇していた。
「なんだっけ?」
「『完全美の女神像』が必ず遺跡の中心に来るように、『女神像』が移動すると、それに合わせて遺跡の内部が広がるというものです」
追加調査を担当したので、説明されれば思い出せたようだ。アルフレッドの話に、「ああ、あれかー」とマトは相槌を打っていた。
リリアはさらに説明を付け加える。
「あの時は『女神像』を置いていくことで、遺跡がそれ以上広がるのを防いで脱出したのよ」
「同じ方法で出られるということ?」
「無限迷宮の時も、出口に到着したと思ったら、その先に続きができてたから。似たような仕掛けなんじゃないか思って」
半信半疑というゲイルに、リリアは仮説の根拠を提示した。他に、壁が破壊できないという点でも二つの遺跡は共通していた。
「事前調査で報告されていない点を考えると、『アンサラー』を入手したことがきっかけで、遺跡に変化が起きた可能性が高いです。ですから、試してみる価値は、いえ尋ねてみる価値はあるのではないでしょうか」
アルフレッドもそうリリアに賛同する。
この方法が上手くいく保証があるわけではない。しかし、『アンサラー』に質問するだけだから、リスクがあるわけでもない。そのため、隊員たちから特に反論が出ることはなかった。
むしろ、希望が見えてきたことで、隊員たちの表情はさらにやわらいでいた。特に発案者のリリアは、もう脱出できた気になっているようだった。
「せっかく便利だったのに、結局置いていくのかー」
「中で使えるんだから、それで十分じゃない」
「でも、毎回砂漠を横断しなきゃですよ」
「どうせしばらくは研究局の人間しか使えないわよ」
未練がましいリリアを、クリスがそう
シルヴィアは一度苦笑を漏らすと、そのあとで
「『アンサラー』が遺跡の中心に来るようになっている?」
いつも通り、返答はシンプルだった。
「No」
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