4-5 隊員たちの未来

 魔導具の返答を聞いて、シルヴィアは硬直してしまう。アルフレッドら隊員たちも思わず顔を見合わせていた。


 未来の質問に答える機能があるということには、それだけ重大な意味があったからである。


「今後十年以内に国内で大地震は起こるか?」


「Yes」


 ノヴスオルドでは地震はめったに起きない。震災と呼べるレベルのものとなると、数百年に一度あるかどうかである。それゆえに対策は十分とは言えなかった。


 しかし、シルヴィアはこの回答に動揺していなかった。


「五年以内か?」


「No」


「七年以内?」


「No」


「八年以内?」


「Yes」


「被害に遭うのは西方地区か?」


「Yes」


 彼女の質問の意図は明白だった。


「いつどこで災害が起こるか分かれば対策を打ちやすい」


 ゲイルはそう言った。たとえば地震の発生を防いだり、震度や規模を小さく抑えたりする機能のある、『要石かなめいし』を集中的に設置するという手が考えられるだろう。また、『万能芋』で食料を、『水母すいぼかめ』で水を備蓄するという手もある。


「暗殺やテロ事件なんかも防げるかもね」


 クリスはそう続いた。こちらも魔導具で武装した護衛をつけたり、会場に入場制限を設けたり、さまざまな対策が考えられる。


 一方、シルヴィアは慎重だった。


「もちろん、回答に誤りがなければという話だがな」


 これまで魔導具はずっと正解らしきものを答えていた。しかし、シルヴィアの懸念する通り、本当に正解だという保証はない。性能に限界があったり、故障していたりするせいで、誤答が混ざっている可能性は十分あるだろう。


 あるいは他人に魔導具を悪用されないように、遺跡のあるじが対策をしているということもありえる。数回に一回は必ず誤答するとか、質問の前にキーワードを言わないと誤答するとか、そういった仕掛けが施されているかもしれない。


「私の名前はリリア・リー?」


「Yes」


「武器に使う魔導具は『千節棍せんせつこん』?」


「No」


「今日の朝ご飯はライス?」


「No」


 何度か質問して、「やっぱり基本的には正解を答えるっぽいですけどね」と確認を終えると、リリアは本題に入った。


「明日のこの地域の天気は晴れ?」


「Yes」


 このやりとりに、シルヴィアは感心げに頷く。


「なるほど。それなら、すぐに確認できるな」


 七年以上八年以内に起こるという震災では、真偽を確かめるのに時間がかかり過ぎる。解析のためのサンプルとしては、明日の天気の方が適切だろう。


 ただそれだけでは、サンプル数が足りないと考えたようだ。リリアは同じ趣旨の質問を続ける。


「調査局周辺は晴れる?」


「No」


「明後日は晴れる?」


「No」


「もしかして、しばらく雨続き?」


「Yes」


「アル君が買った宝くじは当たる?」


「なに聞いてるんですか」


 確かにそろそろ当選番号の発表日だから、ちょうどいいといえばちょうどいいが……


「No」


「しかも、はずれですし」


 調査隊員としては、解析に貢献できたことを喜ぶべきなのかもしれない。しかし、個人としてはいまいち釈然としなかった。


「じゃあ、私の宝くじは?」


「No」


「うえっ」


 ショックを受けたようにリリアは妙な声を上げる。けれど、アルフレッドの件があったせいか、誰からも同情の声は上がらなかった。


 あてがはずれたせいだろう。リリアは次に別の方法で金を稼げないかを考え始める。


「私は班長より上の役職に出世できる?」


「No」


「九等官より上の等級になれる?」


「No」


「じゃあ、金持ちには?」


「No」


「嘘でしょ。最悪……」


 リリアは絶句してしまう。


 しかし、やはり彼女に同情する隊員はいなかった。それどころか、シルヴィアは説教まで始めていた。


「魔導具を私的利用するなよ。というか、お前の場合、そういうところが査定に響いて、出世できないんじゃないのか」


「いやいや、これも検証の内ですって」


「天気や宝くじの話で十分だろう。これ以上は研究局の仕事だ」


「えー」


 そもそも出世できるかどうか、金持ちになれるかどうかは、数年数十年かけなければ確かめられない事柄のはずである。リリアが本当に検証のつもりで質問したのかは、かなり疑わしいところだった。


 それに、魔導具の機能はもう概ね把握できた。差し迫った危険性もなさそうだった。シルヴィアの言う通り、あとは専門の研究者に任せるべきだろう。


 けれど、そう理解した上でアルフレッドは口を挟んでいた。


「最後にひとつだけいいですか?」


「何かな?」


「この遺跡に未回収の魔導具があるかどうかを確認するんです」


「ああ、なるほど」


 地図を見るかぎり、今いる部屋が遺跡の最奥のようだった。見落としがなければ、答えは「No」になるはずである。だから、調査の助けになるのはもちろん、この魔導具の検証にもなるという、一石二鳥の質問だった。


「No」


 書物や美術品など、魔科学文明時代の技術・文化を伝えるものは魔導具以外にも存在している。そこでシルヴィアは続けて「他に宝箱はあるか?」「隠し部屋はあるか?」などと尋ねる。だが、答えはどれも「No」だった。


「それじゃあ、撤収するか」


 シルヴィアは改めてそう宣言する。


 しかし、ここでもアルフレッドが口を挟んでいた。


「すみません。もうひとつだけ」


「?」


「一応、私的利用ではないと思うので……」


 不思議がる隊員たちにそう断りを入れる。


 今すぐ聞く必要のある質問というわけではない。けれど、決して個人的な感情から聞きたい質問というわけでもなかった。


 すなわち、アルフレッドが尋ねようとしていたのは――



          ◇◇◇



 行き止まりに出るまで進み続けて、通路の先はすべて調べた。新発見の魔導具の機能で、取り逃した魔導具がないことも確認した。


 調査局としての仕事はもう終わったと言っていい。だから、例のごとくシルヴィア班を先頭にして、一行は来た道を引き返す。


「リリアはどうだ?」


「思いつかないんでパスで」


 シルヴィアは別の隊員にも同じことを尋ねる。


「アルフレッド君は?」


「神智学者によれば、霊的世界には過去から未来までの、あらゆる情報が記録されたデータベースがあるんだそうです。それにちなんで、『アカシックレコード』というのはどうでしょう?」


『魔導具』では他のものと区別がつかないし、『Yes/Noで質問に答えてくれる魔導具』では長過ぎる。このままではさすがに不便だろう。それで隊員たちは、新発見の魔導具の名前について話し合っていたのである。


「ゲイルは?」


「二十の質問みたいだから、『アンサラー』は?」


 これを聞いて、今度はマトが尋ねた。


「なんだっけ、それ?」


質問者クエスチョナーは〝生き物ですか?〟とか〝ペットにしますか?〟とか尋ねる。回答者アンサラーはそれに〝Yes〟か〝No〟かで答える。二十回質問するまでに、回答者の思い浮かべたお題を当てられたら質問者の勝ち」


 新発見の魔導具を使う時、「十年以内に大地震は起こるか?」「Yes」「五年以内か?」「No」という風な形で答えを絞っていって、災害に関する予想を立てた。確かに、二十の質問と似たところがあると言える。


「分かりやすくていいわね。私は『アンサラー』に一票だわ」自分の案を答える代わりに、クリスはそう同意していた。


「確かにゲイル先輩の案の方が直感的ですね」アルフレッドも自分の案を引っ込める。


 他の隊員たちも同じ考えらしい。特に反対意見は出なかった。


「それじゃあ、『アンサラー』に決定だな」


 シルヴィアはそう総括する。


 にもかかわらず、マトはまだこの話題を引っ張っていた。


「二十の質問って初めて聞いたかも」


「やってみる?」


「やるやる」


 ゲイルの提案に、マトはすぐに飛びつく。


 往路で罠がないことは確認してあったし、ガーゴイルもすべて退治してあったから、帰路の安全はすでに確保されていると言っていい。そのため、わざわざ二人の雑談を止めようとする隊員はいなかった。


「それは生き物ですか?」


「Yes」


「ペットにしますか?」


「No.普通はしない」


 まだたった二回しか質問していないから、答えを絞れるはずがない。だというのに、マトは「うーん……」と悩み始めてしまう。


「哺乳類かどうか聞いたら?」


「ああ、なるほど」


 クリスの助言に、マトは大いに頷いていた。考えてみれば、最初の二回の質問も、ゲイルが例に挙げた通りのものだった。初心者だから、マトはどんな質問をすればいいか分からなかったのだ。


「哺乳類ですか?」


「Yes」


 ゲイルがそう頷くと、マトは早速重ねて質問をした。


「次は何を聞いたらいいですかね?」


「それを考えるのを楽しむゲームだろう」


 シルヴィアは呆れたように口を挟む。


「Yes/Noで答えられる質問にして」


「ゲイルはもう少し手加減してやれ」


 勝ち負けよりも交流を目的として行うゲームだろう、と彼女はますます呆れていた。


 結局、今度も助け舟を出したのはクリスだった。


「毛や肌の色を確かめるのはどうかしら?」


「じゃあ、毛の色は茶色?」


「No」


「黒?」


「No」


「なら白か」


「Yes.灰色っぽい気もするけど」


 マトが質問して、ゲイルが回答する。二人のやりとりに、時折隊員たちがああだこうだと口を出す。そんな風にしながら、一行は遺跡からの撤収を進めていく。


 しかし、もうすぐ出口に着くというところで、シルヴィアは立ち止まってしまったのだった。


「どうかしました?」


 隣にいたマトが何の気なしに尋ねる。


 対して、シルヴィアは重々しげに口を開いた。


「……遺跡が広がっているんだ」


 彼女の言う通りだった。


 出口だったはずの場所から先には、荒野も青空もなかった。


 ただ薄暗い通路が延々と続いていたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る