第34話 みぞれ鍋

 年末の王宮主催パーティーの話題が人々の口にのぼる頃になると寒さが一層厳しくなり遠くの山が白く化粧をし始める。

 雪が降っても積もることの少ない王都にも冷たい冬の風が吹き込み誰もが足早に通り過ぎていく。

 学園の生徒にとってはパーティーより冬季休暇より何より休み前の学力テストの方が重要な話題になる。

 ここで成績が悪ければ冬季休みを返上して補習が詰め込まれる、それこそパーティーどころではない。

 温かな外套を羽織ったアデルハイドも震えそうな寒さにぶるりと肩を震わせて居酒屋「花結び」に入った。


 「これだけ寒くなって来たし鍋の種類を増やしましょうか」

 現在「花結び」で出している鍋は鶏肉とたっぷりの水菜と白菜の入った水炊きに鱈や鶏団子をメインに白菜を始めとした野菜をたっぷり入れた寄せ鍋だけだった。

 味噌味やキムチ鍋も考えたが、ただでさえ冬場は煮炊きが多く鍋を洗う手間を考えると落ちにくい焦げや色移りを心配するあまり、この二つは来年に持ち越した。

 焦げても良いように鉄鍋を注文しているところだ。

 「たっぷりの大根を使ったサッパリとしたみぞれ鍋を考えてきたのよ」

 ふふっとアデルハイドは笑って見せた。

 裏口が開いて遅れてフェリクスとディオンがやって来た。

 「学園ではどうしても集中出来なくてな」

 そうフェリクスに小突かれたディオンがヘラリと笑う。

 アデルハイドもフェリクスもアリッサやマリアでさえ不安のない学力テストだが、ディオンの方は少し危ういらしく先日からフェリクスがスパルタでディオンの教師役を買って出ていた。

 「なら自習が終わるのに合わせて新メニューを作るわね」

 アデルハイドが激励代わりにそう言えばフェリクスは嬉しそうにディオンはガッツポーズで答えた。


 たっぷりの大根おろしを用意する、水気は絞って三分の一ほど取り分けておく。

 鍋に鰹出汁を入れ出汁用の乾燥昆布をひとかけ、塩、酒、醤油で味を整えて豆腐と白菜に白葱、シメジと椎茸を入れ火をつけ沸騰させてから中火にする。

 牡蠣を加えさらに煮ていき火が通ったところで春菊と大根おろしを加え一煮立ち。

 薬味にはもみじおろしと柚子胡椒を添える。


 熱々の鍋をテーブルに運べばぐったりしていたディオンがパッと顔を上げワクワクと鍋を凝視する。

 目の前で蓋を開ければ「おおっ」とディオンだけでなくフェリクスも声をあげた。

 「大根?おお!牡蠣がぷりっぷりだ!」

 「白菜も甘みがあるし、出汁をたっぷり吸った大根おろしがサッパリしながらも深い味わいがあるね、牡蠣との相性もいい」

 「この柚子胡椒?ってのもいいな、柑橘の爽やかな香りとピリッとしたキレのある辛さが……あ、アリッサ嬢ビールください」

 「僕は熱燗で」

 賑やかにも年頃の男性二人、あっという間に鍋が空になる。

 鍋の下に設置しておいた前世の卓上コンロを見本に作らせた魔導石を使ったコンロにアリッサが火を付ける。

 渡された饂飩をザッと鍋に入れ蓋をして暫く煮る、ワクワクとするフェリクスとディオンの前で蓋を開けて取り分けておいた大根おろしを入れ小口切りにした葱を散らした。

 「締めの饂飩です、どうぞお召し上がりください」

 ニコッと笑ったアリッサがカウンターに戻る。

 「出汁を吸った饂飩と大根おろし、めちゃくちゃ合う!あっ殿下!取り過ぎですよ!」

 「そんなに取ってないだろ」

 やんやと賑やかさにアデルハイドが笑う。

 「あ、雪が……」

 会計を済ませた客を見送ったアリッサがチラホラと降り出した雪に声を上げた。

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2024年11月27日 13:00
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転生悪役令嬢の居酒屋 竜胆 @rindorituka

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